第八話 弁明
山登りで過ごした有意義な休日も終わり、俺は再び訓練の日々へと戻っていた。
身体的な才能には残念ながら恵まれていないため、鍛えてはいるものの中々強さには結びついていない。年齢が年齢なので仕方ない面もあるが。
子供としての時間はまだまだある。長期的に考えていく。
それに対して勉学方面では元々大学生だったこともあり、全く困っていない。ジンさんは読書家でもあるため、薬草学関係以外の書籍を持っているので薬草学を学びつつ、国の歴史やその他の伝承、冒険記なども借りて読んでいる。
歴史書は主観的な立場で書かれていることも多いため判断が難しいが、自分のように転生したことに気づいたものが皆無ではないと思わせる内容もちらほらと見えた。
この世界で日本語が共通語なのもたまたま、奇蹟といった類ではないようである。
お陰で自分は楽ができていると、思わず先達に手を合わせてしまう。
自分がそんな共通語を樹立したような偉人になることはないだろうが、不思議な体験をしているのが自分だけではないことを知り、少しだけ同胞意識のようなものを感じることができたりもした。
平穏で充実した楽しい日々を過ごしていたある日、猟師のガイさんの狩りと修行を終え、クルスとも途中で別れた俺を一人の少年が待っていた。
見覚えはある。前にクルスに絡んでいた三人のうちの一人だ。仕返しにでも来たのだろうかとむっと顔をしかめてしまう。
「や、やあ。喧嘩をしにきたわけじゃないんだ。そんなに怒らないで欲しいんだけど……」
喧嘩をした太った少年、細い少年とは話したことがあるが、よく考えればどこにでもいそうなこの丁度二人の真ん中くらいの体格の少年とは話したことはない。
油断はしないが、とりあえずおどおどしている少年に話は聞くことにした。
「あーその。こないだの喧嘩のまま終わったら、ちょっとマイスが……ああ、君が喧嘩したやつね。ちょっと可哀想かなと思って。あ、もちろん叩いたのはマイスが悪かったと思ってるよ?」
罰が悪そうに話す少年を観察する。
茶色の髪の毛、細めでちょっと垂れ目気味。話している感じ気は弱そうだが、人は良さそうに見える。子供にしては話し方もしっかりしているようだ。
「ふーん、それで君はマイスに言われて言い訳に来たの?」
「あ、僕はホルスね。あいつには内緒で来たんだよ。自分も悪いってわかってるけど素直じゃないから」
もっと力尽くな関係を想像してたけど、どうもそういうわけでもないらしい。
逃げるときにマイスを見捨てなかった点といい、仲がいいのだろうか。男同士の友情というならそれはそれで羨ましい気がした。
「で、ホルス君は何を話に来たの?」
「うん。クルスのことだよ」
「……ふむ?」
そういえば、彼らは俺がクルスと仲良くなる前に彼のことを探していた。
少しだけ長くなるかもしれないので、二人とも適当な場所に腰を降す。
「クルスはさ。昔はあんなじゃなかったんだ」
「らしいね」
「僕らとも……まあ覚えてないだろうけど遊んだこともあるのさ。そういう意味ではケイトよりは普通だったよ。君は昔から変だったし」
「変なつもりはなかったんだけど」
苦笑する。まあ、俺に関しては確かにそういわれてもおかしくない。
子供は子供同士集まって遊んだりすることが多い。上の子供が下の子供の面倒をみたりもする。きっと彼らは同じグループで遊んでいたのだろう。
「でもあいつ変わっちゃてさ。僕はほっておこうっていったんだけど、マイスはほっとけなかったんだね。初めはもっと普通に誘ったりしてたんだけど、どうにもできなくてね」
「なるほどね」
「まーそれで色々とやったんだけどわけがわかんなくなって、最後は結局力尽くでもって感じになっちゃったんだよね。どうも無駄だったみたいだけど」
ホルスは苦笑し空を見てふーと息を吐いた。不器用な友人を思っているのかもしれない。
彼の行動が良かったのか悪かったのかはわからない。ただ……
「僕も仲良くなれたのはたまたまだよ。自分がやった誘い方が偶然良かっただけだね」
これは本音……というより事実だ。本当にたまたまだった。
それに俺の知らない二年の間、俺たちが出逢った頃よりももっと酷かった可能性だってあるのだ。もし、出会った時よりひどい状態であれば上手く仲良くなれたかどうか。今となってはわからないがマイスの強引な行動も何かしら効果があったのかもしれないし。
「ま、同じ歳みたいだしなぁ。考えればこれでよかったと僕は思うよ。ただ、マイスも二年くらい頭使って結果は良くなかったけど頑張ったんだ。僕はそれを知ってるから友達をやってるし、出来れば嫌わないでやってほしいと思うんだよね。特にクルスには」
そして彼は俺の方を向く。ホルスは少しだけ微笑んでいた。
「君がクルスの友人って聞いて僕は嬉しかったけど、マイスは安心だってもっと喜んでたよ。単純だからねあいつ」
「そか……。意外だよ」
「ただ君にはいつか絶対に勝つって燃えてたけど」
そういって彼はげらげらと笑った。
「ほとぼりが冷めたら、三人でクルスに謝りに行くよ。そのときは……間に入って欲しい。頼めるかい?」
「うん。わかったよ」
「いやー、本当に助かるよ。かなり叩いたこと気にしてたからね。有難う」
やれやれと左手で頭を掻く。
子供同士なのに、どうにも良い友人関係を築いているらしい。いや、こういうのに年はあんまり関係ないということなんだろうか。
子供という偏見で関わるのを避けていた自分は、誤っていたのかもしれない。
もし、彼の話がすべて真実であるならば……だが。
「ホルス君はなんで一人で僕のところに来ようと思ったの?」
「ホルスでいいよ。友達のためにできることをしようと思っただけだよ。マイスじゃ君に頼むなんて思いつきもしないだろうから。君が間に入ってくれる方が仲直りもうまくいきそうだし。おかしいかい?」
俺はいいやと笑って首を横に振り、これから改めてよろしくと握手した。その手をホルスはまじまじと見つめる。
「簡単に信じてくれるんだね。ケイトは」
「疑うより信じようと思ってるよ。人と内容は選ぶけど。今回はほら、喧嘩した彼は隠し事下手そうだからすぐわかりそうだし」
「あ、そうだった。そりゃばれるなぁ」
そういって二人して笑った。
彼はもう一度よろしくといって去っていき、俺も家路についた。ふと音がした気がして後ろを向く。何もなかった。
「……気のせいか?」
今度は生き物のステータスが見れるようにして見るが何の表示もなかった。
まあいいかと呟いて深く気にすることなく家へと歩いていった。