外伝 二話 獣人の村
依頼を受けてから四日後、私は約束の期日に間に合うようにカイラルを出発した。
街の外へ移動する時の相棒であるシュトルム……背は低いけど力は強い私の馬を引いて、カイラルの北を流れるパルイア河を船で渡してもらい、アルカイン山脈の麓にある村を目指して馬を歩かせていく。
四日も掛かってしまったのは調べ物と、調べた情報から判断した準備に時間が掛かってしまったからだ。
きちんと調べてみると、アルカイン山脈に関わる伝説の話は無数に存在していた。
当然ながら色々な話があるのだけれど……どれも共通しているのは氷の上位精霊『イルファータ』が『魔法使い』に封印された……というもの。
おかしな話だと私は思う。不自然なのだ。
上位精霊も精霊……なのに封印しているのは『精霊使い』ではなく、『魔法使い』である。
一つの例外もなく。
私は一般的に魔法使いの魔法と呼ばれる人間の作った理論魔術も、自然の力を借りる精霊魔術も使うことが出来るが、精霊と相対するときは必ず精霊魔術を選ぶ。
人の理で現象を引き起こす理論魔術は、精霊相手には不向きなのである。上位精霊になればなるほど、理論魔術で精霊を封印することは難しくなってくるのだ。
理論魔術は自然の働きを一定の状態に押し込めてしまう。
だが、自然というのは本来刻一刻と変化していくものである。ずっと押さえつけるには、どれほどの魔力が必要になるというのか。
これが精霊に力を借りるということなら、まだわからないでもない。
だが、自然の化身である上位精霊を強引に封じる……それがどれ程困難なことであるのかは、使い手である私にはわかる。
「大魔術師ダグラスが城塞都市カイラルを救うために、悪の精霊使いが呼び出した氷の上位精霊『イルファータ』を命と引き換えに封印した……か」
アルカイン山脈が近付くにつれ、気温が下がっていく道をのんびりと馬に歩かせながら、寒さで固まった身体をほぐすために腕を天に向けて伸ばした。
吟遊詩人の詩、当時の資料、歴史書……全ての文献に共通する一文である。
だが、私は疑っていた。
果たして命を賭けたくらいで、人が上位精霊を封じることが出来るだろうかねと。
そして、私は調べ上げ、ある一枚の論文を見つけたのである。
その論文は私に一つの予測をさせるのに十分な資料だった。
目的の村は目に付くのが小さな畑くらいしかない、貧しそうな村だった。
村の中では犬のような耳を付けた獣人があちこち弓を持って歩いており、狩猟を中心に生活しているのだということを思わせる。
雪山でも狩りが出来るほどの腕があるのかと、私は彼らを見ながら感心していた。
珍しい獣人達の村。護衛の依頼主は獣人だったのか……と、村を見回す。
もう一つの依頼主の方も獣人の夫婦だった……さりげなく夫婦を知っているかどうか確認してみようと、じゃれ合っている子供達に私は近づいていく。
「ひっ! きゃぁぁぁぁっ!」
「あうぁ……うわあぁぁっ!」
旅人に慣れていないのか私を見た子供の獣人達が走って声を上げて逃げていった。
……子供は苦手。何故か私を見ると逃げるし泣くし。
私は耳を伏せて逃げていく子供達の後ろ姿を見送り……しばらく、立ち尽くす。
(ま、まあ、他の誰かに聞けばいいか)
私は頭を振って気分を切り替え、待ち合わせ場所である村で一番大きな家を目指して歩いていった。うん、きっと旅人に慣れていないんだ……と、言い聞かせながら。
扉を叩いて中に入れてもらうと、私を迎えたのは痩せた目付きの鋭い初老の獣人と若そうなドワーフだった。家の主である初老の獣人は、私を暖炉の置かれている部屋まで案内し、私に椅子を勧める。
若いドワーフも私に頭を軽く下げ、空いている椅子に腰を降ろした。
「ようこそ。歓迎しよう。私は村長のバラドだ。そちらのドワーフはゼムド」
「私はラキシス。今回の護衛の依頼を引き受けたわ。護衛対象はこちらで聞けという話だったのだけれど……」
二人の様子を見る。どちらも、何だか融通が効かなそうな……いや、真面目そうなというべきか。堅い雰囲気を持っている。
村長、バラドは表情を少しも変えずに頷いた。そこから感情らしきものは伺えない。
事務的なと言えばいいのか……そんな雰囲気。私は内心で眉をひそめた。
「護衛対象は村の一人の子供だ。村の習わしでな……ある場所まで護衛してやって欲しい。詳しくはゼムドに確認してくれ。村から案内も一人付ける」
「冬の雪山に子供を連れて行くなんて、厳しい習わしがあるのね」
私の皮肉にも二人とも反応しない。
彼等は自分達が非常識な依頼をしているというのはわかっているはず。
基本、ギルドの報酬は先払いのはず。この護衛の仕事でもお金は先払いされている……そのお金はどこからでたのか。習わしの一言で片付けるのはいかにも厳しい。
私はゼムドを見る。私が説明を促していることがわかったのか彼も私の方を向いた。
「拙僧はゼムド。ラキシス殿のご高名は聞き及んでおる」
「そう」
「今回の仕事は獣人族の少女、シーリアをアルカイン山脈へと護衛するのが任務じゃ。距離は片道で三日。保存食、登山道具はこちらでも用意できるが?」
ゼムドは私を値踏みするような眼で、じっとこちらを見つめる。
さてさて、何を考えているのか。どうも相手の表情は読みにくい。
「こちらで全部準備しているわ……出発はいつ?」
「護衛は他の者は先に集まっておる。明日で大丈夫かの?」
「私は何時でもいいわ。他の護衛の紹介もよろしく」
わかった、とゼムドは頷く。あくまで事務的なことだけの説明。
これでは、私の仮説を確信には出来ない……そう考え、少し情報を得るためにも揺さぶろうかと口を開きかけ……。
「じぃじ~おはなしおわった?」
「し、シーリア殿」
目の前のドワーフの表情が急に慌てたものに変わる。
彼の無表情を崩したのは、白い髪に透き通るような赤い瞳のくりっとした目を持つ4、5歳くらいの少女だった。彼女も獣人のようで、犬の耳とふさふさな尻尾が付いている。
身体に見合った小振りの尻尾をふりふりと揺らしながら、彼女はゼムドの頭にしがみつくように飛び乗った。大分懐いているらしい。
「じぃじ、きゃははっ! たかいたかい」
「こりゃ。頭の上に乗ってはいかん」
村長の孫かなにかだろうか。私は問いかけるようにバラドを見る。
彼は少女を嗜めるでもなく、興味なさそうにやりたいようにやらせていた。
「その子が護衛対象だ」
「なるほど。シーリアちゃん、こんにちは」
複雑な内心を隠し、私は子供向けに鏡に向かって何度も何度も練習した笑顔を、ゼムドの頭の上で楽しそうに笑っている少女に向けた。
すると、彼女は笑うのを止め……。
(う、泣かれるかな。またかぁ。うううう、何で?)
そんな風に戦々恐々としながら、シーリアと見つめ合い……。
「おねえちゃん、だれ?」
不思議そうな顔で私に問い掛けてきた。泣かない!
練習の成果はちゃんと出てくれていた。自分の才能が恐ろしい。
喜びが表情に出ないよう、必死に抑えながらゼムドの頭に乗っているシーリアに近づき、目線を合わせるように少しだけ屈む。
「私はラキシス・ゲイルスタッド。冒険者よ。よろしくね」
「ぼうけんしゃってなに?」
冒険者がわからないのか小首を傾げ、聞き返してくる。
子供とあんまり話をしたことのない私は、必死にどう説明すれば彼女にわかってもらえるか……わかりやすいかを考えてから答えた。
「正義の味方よ。とても強いの」
「えええええ、どれくらい?」
「凄く強いの」
「すごく? すっごく?」
「ええ、すごくすごくすっっっごく強いのよ。最強なの」
「ええええええ、おねえちゃんつよいんだー!」
どうやら理解してもらえたらしい。私は少女の頭を撫でて頷く。
中々、見どころのありそうな少女だと思う。
「……ラキシス殿、拙僧の頭の上で会話しないで欲しいのじゃが」
ゼムドの声で私は我に返ると、私は彼に今日の宿に案内してもらうことにした。
彼に聞くことは護衛の途中で聞けばいい。そう考えながら。