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地味な青年の異世界転生記  作者: 鵜 一文字
外伝 ラキシスとシーリアの出会い
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外伝 一話 エルフの朝




 ベッドから出たくない……春はすぐそこまで近付いているはずなのに寒すぎる。


 私は毛布を三枚重ねにして、くるまりながら起きなければいけないという気持ちと、そのままごろごろしたいという気持ちとで戦っていた。


 目が覚めてから三十分はそうしていただろうか。

 流石に今日は起きなくてはならない。そう決心し、毛布を取ろうとし……。



「後……もう少しいいよね?」



 目を瞑りそうになり、ダメダメっ! と、もぞもぞベッドから這出る。

 冬の冷えた空気が、薄着で眠っていた私の肌を刺し、一気に眠気を奪い取っていった。



「寒いし働きたくないなぁ」



 そんなふうにぼやきながら、昨日のうちに枕元に置いてあった今日の服に着替え、足の踏み場もないほど本が転がった部屋をかき分けて、鏡の前に置かれている椅子に座る。


 私には働かなくてはならない理由があった。

 城塞都市カイラルの役人から一ヶ月先に予定されている税金の支払い額の通知が来たのである。そして、手持ちの金額はその金額に足らなかったのだ。これはまずい。


 私の住んでいる場所は、城塞都市カイラルでも一等地であり、非常に住み心地のいい場所ではあるのだが、その分税金も高い。


 最も、私の実力であればすぐに稼げる程度ではあるが……税金を払わなければ大変なことになるため、時間に余裕を持たせて働く必要があったのである。


 まあ、通知から一週間以上経っているのは、冬の寒さと魔性のふかふかベッドが悪いのであって、私は悪くない。



「うー酷い寝癖」



 所々跳ねた自慢の金色の髪の毛を、櫛でストレートに戻していく。

 髪の手入れをするときは、自分の長い耳が邪魔になって頭の後ろ側はやりにくかったりする。仲間と旅をしていたころはやってもらっていたが、今は自分でやるしかない。


 その仲間も、今では引退して四児の母。たまに無駄に長い寿命があることに苛立ちを感じることもある。私にはいい恋人なんて出来ないのに……と僻んでいるわけではない。


 仲間が次々引退していくのだ。こればかりは仕方がないことではあるけれど……。

 エルフと他の種族では寿命が違いすぎるから。


 かといって、森に戻る気はないけれど。


 目が覚めれば、後は早い。私はてきぱきと身嗜みを整えると朝食代わりに果物を一つ齧り、仕事を求めてカイラルにある、この国の冒険者ギルドの本部へと足を運んだ。


 私の実力に相応しいいい仕事があることを祈りながら。



 城塞都市カイラルの第一市街にある、ピアース王国の冒険者ギルドの本部は、本来の同業者の集まりという意味の『ギルド』とは全く異なる、国の一機関である。


 役所じゃなくてギルドと名乗っているのは成り立ちに理由があるそうだけれど、あんまり私は興味がないので調べてはいない。


 ま、どうでもいいことかなと私は思う。大切なのはこの施設では、様々な仕事が紹介されていて、解決すれば領主が責任を持って報酬を払ってくれるということだ。


 お金を稼ぐだけなら、迷宮に潜ればいい。

 だけど、私のような優秀なエルフが面白くもない迷宮に潜るのは、このカイラルにとっても好ましいことじゃないはずである。


 それを証明するように、ギルドの役人達の不安そうな視線が私に集中している。きっと、一番難しい依頼をこなしてくれることを期待しているのだろう。



(しょうがないなぁ。でも期待には答えないとね)



 このギルドは私がいないと駄目なんだから……と、内心で微笑みながら、表情には出さず、掲示板に貼られている依頼を一つ一つ確認していく。


 いつの間にか冒険者ギルドから冒険者達が消えている。

 いつも感じることだけど、みんな仕事熱心なのだ。きっと自分の仕事を見つけてすぐに仕事に向かっているのだと思う。


 依頼を探していると……二枚、気になる依頼があった。

 一枚だけなら気にも止めなかったんだけど……。


 とりあえず二枚とも掲示板から剥がして、カウンターの向こうにいる役人を呼びつけて、気になった依頼の紙を見せる。



「この依頼なのだけれど」

「は、はいっ!」



 何故か目の前の若い役人は顔が青い。風邪でも引いているのかしら?

 そんな疑問を覚えつつ、質問を続ける。



「片方はアルカイン山脈への護衛。もう片方はアルカイン山脈に住み着いているらしい、氷の上位精霊の再封印、もしくは退治、解放」

「は、はい、そうですね」

「何故、ただの護衛の方が依頼料が高いのかしら?」



 そう、何の目的での護衛なのかは書かれていないが……冬のアルカイン山脈の厳しさ、住み着く魔物の強さを思えば、護衛の方は依頼料こそ中々の報酬だが、相場通りと言える。


 だが、もう片方の氷の上位精霊の退治の依頼はというと、誰もこの程度の報酬では引き受けないであろうという報酬であった。

 しかも、この難しい依頼で金貨や銀貨だけでなく、半端に一番価値の低い貨幣である銅貨まで記載されている。


 上位精霊というのは災害なども司る自然の化身とも言うべき、精霊によっては弱小の神に匹敵するとすら言い伝えられている強力な存在である。


 それを封印するには、相当の技量を必要とする。私でも出来るかどうか……退治などはまず不可能。私は慎重な性格だから、危険なことは出来ない。



「確かアルカイン山脈には氷の上位精霊『イルファータ』が封印されている。そんな伝説があったわね。この依頼は……それを倒せということかしら?」

「いや、その……私共もよくわかりませんで……依頼主が違うんです」



 首を傾げる。二枚を見比べると確かに署名が違った。

 護衛をして、さらに封印して報酬が増えるというわけではないようだ。


 よく見ると紙の新しさも違う。護衛の方は最近だが、もう一枚は古いし……なんだか、金額が何度も消されて上乗せされている。


 ふむ……と、顎に指を当てて思案する。

 もし、伝説通りアルカイン山脈に氷の上位精霊がいたとすれば、山脈から近いこのカイラルにもある程度の影響があるはずだし、私も精霊の働きを感知できるはず。


 だが、一番氷の精霊の力が増す冬でも、そのような働きは感じたことがない。と、なればガセか……と思うと、この依頼書の必死な様子を見る限りそんなはずはない。


 と、なれば護衛も、もしかすると、この氷の精霊に関係しているのではないか?


 関係なくても同じアルカイン山脈だし、改めて上位精霊を探して話をしてみればいい。精霊は狂っていない限り一方的に襲ってくることはないはずだから。


 色々と裏がありそうだ……これは面白い依頼かもしれない。そんな匂いがする。

 私は役人に見られないよう、紙を見ながら小さく笑った。



「こちらの古い方の依頼主はどんな人なのかしら?」

「あ、その、そっちの依頼主は死んだんです」

「……はぁ?」

「獣人なんですが、夫婦で冒険者になって……魔力石を換金しては依頼料を上げていってですね。無茶したのか、半年くらい前に夫婦揃って……」



 ふむ……と、役人の泣きそうな顔を見ながら考える。

 やはり、これは本気の依頼なのだろう。理由はわからないが命を賭けるほどの。


 その執念が、この依頼を私に引き合わせたのではないか?

 私は古ぼけた一枚の……ぼろぼろの依頼用紙に夫婦の魂を感じていた。



「申し訳ありませんっ! 誰も受けるわけないんで外そうかと思ったんです! 勘弁してくださいっ! べ、別のいいご依頼を紹介しますから!」

「構わないわ。この二枚、私が両方とも引き受けましょう」

「えええええええっ!」



 この夫婦はどうして命を賭けたのか。それはきっと、彼等にとっては命より大切なことだったのだと思う。そして、彼等の想いに応えることのできる能力を私は持っている。


 ならば、この超一流の天才冒険者、ラキシス・ゲイルスタッドが依頼を引き受け、解決するのは最早運命に違いない。


 どんな困難な依頼であろうとも、どんな手段を使おうとも私は必ず達成してみせる。

 危険な依頼だけれど……引き受ける価値のある依頼だと思う。



「遺志を引継ぎ、依頼を解決することは、ギルドへの信頼に繋がるでしょう」

「そ、そうですが……いや、でもですね! 失敗すると、カイラルがとんでも……!」



 私を心配してくれている若い役人を片手で制し、静かに彼に告げる。



「心配はありません。私であれば解決出来ます」

「い、いやでもですね……う……はい」

「よろしい。では護衛の方の依頼人への紹介状をお願いします」



 か弱く見える私が無茶をしようとしていると思ったのだろうけれど……。

 見かけで判断するなんて若いわね。うん。


 私はその役人に紹介状を書かせると、アルカイン山脈について詳しく調べるため、数多くの書物が保管されているカイラル王立学院に向けて歩きだした。


 久しぶりの血が滾るような大冒険の予感と、名も知らぬ依頼人夫婦を必ずや安心させるという使命感に心を震わせながら。




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