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第三十六話 逆襲



 翌朝、俺達はシーリアに学院の寮に住んでいるヘインを呼び出してもらった。


 カイラルの領主一族の少女、ユーニティアは事件の後始末で忙しいらしく、今日は会わなかったらしい。彼女には悪いが俺達としては都合が良い。


 俺はヘインにユーニティアへの丁重なお礼の伝言を頼み、明日にはカイラルを旅立つことを告げた。ヘインは俺達の事情を察してくれたのか、



「そうか……また、寂しくなるな。何かあればまた連絡してくれ」



と、残念そうな表情をしながらも、深く理由は追求しなかった。


 こうして俺達は再会とお互いの無事を約束し、幼い頃からの親友にしばらくの別れを告げた。

 きっとまた、生きてさえいれば会う事もできるだろう。


 俺はヘインと握手しながら、そのときには俺も彼に負けないよう、成長しておきたいなと考えていた。向こうもそう思っているのかもしれない。


 なんとなくだが、そんな気がしていた。



 ヘインと別れた後は、長い間お世話になった『雅な華亭』で昼食を取り、宿の女将であるエーデルおばさんと、息子のリックさんにも別れを告げた。


 エーデルおばさんはその大きな身体で豪快に笑い、



「冒険者なんだから仕方無い! でも、カイラルにまた来たらうちを使いなよっ! あんたもあの悪餓鬼の兄さんに負けんじゃないよ!」



と、ばしばし俺の身体を叩き、山盛りの食事をサービスしてくれた。


 他にも『雅な華亭』の常連さん、行きつけの道具屋、雑貨屋の主人、ドワーフの鍛冶士のクロルさん……色んな人が色んな形で別れを惜しんでくれた。


 この街で過ごした短いが濃密な時間を振り返ると、本当に色んなことがあったな、と笑みが溢れた。楽しいことばかりではなかったが、この街に来たことは後悔していない。



「結局よぉ。昨日の話って、この街から逃げるってことなんだよな?」

「いきなり何よ」



 頭の後ろで手を組みながら俺の隣を歩いていたマイスが急に声を上げ、俺の後ろを歩いていたシーリアがそれに反応した。俺は苦笑しながらマイスに答える。



「違うとは言わないよ。もう少しここにいたかったけどね」

「まぁ、ケイトがやることには意味があるんだろうから、しゃあねえんだがよ」



 マイスは歩くのを止め、後ろを振り返ってシーリアを見る。何か言いたそうだ。

 言葉を探しているのか、彼はしばらく唸っていたが、きっ! と顔を上げて俺を見る。



「そうそう、いくらなんでも急すぎるぜ。今まで一緒に戦ってくれたシーリアに義理が立たねえ。一日二日遅れたって構わないだろ」



 俺の肩を両手でがしっと掴み、マイスは顔を近付ける。



「ケイト。俺は頭は良くないが、お前はもっとちゃんと、シーリアとお互いが納得できるまで話し合う責任があるんじゃねえか? 男ならそこは逃げちゃいかんだろ」

「マイス。余計」



 拳を振り上げているマイスを、クルスは冷めた目で見てぼそっと呟く。

 彼の言うことにも一理ある。俺達や他の者が危なくなるからといってすぐに街から逃げるのは、これまで冒険を共にしてきたシーリアに不義理だ。


 いや、シーリアは俺達に怒っていいくらいじゃないだろうか。



「確かにマイスの言うとおりだね。俺は焦ってたかも」

「え、え……?」



 シーリアは意味がわかってないのか、俺とマイスを見比べながら困惑していた。

 マイスはそんなシーリアに、にかっと爽やかに笑うと、彼女の肩を軽く叩く。



「そういうわけだ! 俺とクルスで旅の準備の買物はするからよ。先に戻ってケイトと納得いくまで二人きりで話し合ってくれ。なんなら殴ってもいいぜ?」

「え、え? ええええ!」



 いい笑顔でマイスは片目を瞑り、シーリアは耳と尻尾をぴんと立てて、驚きの声を上げる。クルスは何も言わなかったが、マイスの足を思いっきり踏み抜き、不機嫌そうな表情で先に歩いていった。


 マイスは立ち止まったままの俺達に手を振り、苦笑してクルスの後ろをついて行った。



 家に戻ると、ラキシスさんも出掛けているのか家には誰もいなかった。


 俺達は飲み物を用意して、客間で椅子に座る……が、なんだか気まずくて会話が続かない。シーリアは視線を外していて、時折目が合うと慌てて逸すし、俺も何を話せばいいやらわからずに困惑してしまう。


 中々話す糸口が掴めないので、何かないかと俺は昔のことを思い出してみた。


 彼女と初めて迷宮に潜ったときは、わざと怒らせた。お陰で翌日には買い物に付き合わされ……本当の彼女は明るくて奔放なんだと知ることが出来た。


 迷宮に何度も一緒に潜り、命懸けの戦いをくぐり抜けてきた。休日には、マイスと俺と三人で出かけたり、二人で出かけたり……とにかく俺達を引っ張り回していた。


 そんな風に出会ってから今までのことを思い出していると、感じていた気まずさはゆっくりと溶けていく。俺は、本当に彼女に助けられていたと思う。


 マイスの言うとおり、このまま何も話さす、全てを彼女任せにしてしまうのは不義理に違いない。俺も心残りを残してしまうだろう。



「そういえば、こうやって二人だけでいるのも久しぶりだね」

「えっ! そ、そうね」

「前は良く町中引っ張り回されていたのにね」



 俺がからかうような口調でそう言って笑うと、シーリアは一瞬だけきょとんとし、普段通りの表情に戻った。



「ケイトがすぐ宿に篭ろうとするからでしょ。ずっと何か書いているんだから」

「冒険の記録を付けてるんだよ」

「あんたをほっといたら、地味な記録になっちゃうわよ。色々見ないと」



 クルスが来る前、俺達の周りがまだ平和だった頃の会話、そのまんまだ。シーリアも自分で言っていて気付いたのか、くすくす笑った。



「本当にケイトが来てくれて、楽しくなったわ。気兼ねなしに外を歩けるし、私が人間じゃないことも意識しなくてよかったし」

「俺も楽しかったよ。本当に。シーリアのお陰で、気分転換が良く出来たしね」



 心の底からの感謝を彼女に告げる。

 だが、シーリアはそれには応えず、ゆっくりと木製のコップに入っていた果実水を飲み干し、コップを置くと赤い瞳を俺の方に真っ直ぐ向けた。



「ケイト。きちんと答えて欲しいのだけれどいい?」

「何でも」



 彼女のあまりの真剣さに、身構えながら俺は頷く。



「クルスのこと、どう思ってるの?」

「好きだよ」



 即答した。やきもちはすぐ焼くし、気難しかったり、喧嘩をすることもあるが、俺の気持ちは村を出た頃から変わっていなかった。

 シーリアは少し驚いていたが、すぐに苦笑を浮かべる。



「はっきり言うわね。クルスの方は……ま、わかりやすいか」

「隠しても仕方ないしね。まあ、困ったところも多いけど」



 俺は今も不機嫌な顔をしながらマイスと歩いているであろう彼女を思い、苦笑した。

 シーリアはそうね。と笑って頷き、立ち上がる。



「ケイト、そこで少し待ってて。今回助けて貰ったし、お礼を買ってあるの」

「仲間なんだし、気にしなくてもいいのに」

「いいから待っておくっ!」



 彼女は怒ったようにそう言って、二階へと上がっていく。そして、すぐに紙袋を持って階段を走って降りてきた。


 余程慌てて取りに行ったのか切らせている息を整え、彼女はそのまま俺の隣まで歩いてくる。そして、何かを思い出したように、あ……と、声を上げる。



「ケイト。目を瞑って。すぐに何かわかったらつまらないでしょ?」

「あ、うん」



 早口で捲し立てるように言ったシーリアの指示に従い、俺は目を閉じる。



「良いって言うまで目を開けたらだめよ」

「了解」



 シーリアはよしっと小さく呟く。そして、紙袋の落ちる小さな音がして……。

 頭にゆっくりと手が回され、唇になにかしっとりとした柔らかい感触が……って!


 慌てて目を開けると、目を閉じたシーリアが至近距離にいた。

 真っ赤になりながら俺に唇を押し付けて。


 たっぷり、十秒ほどしてから彼女はゆっくりと離れ、顔を赤くしたまま、いたずらに成功した子供のように笑った。



「隙だらけね。ケイト。仕返し成功!」

「な、な……」



 あまりのことに声も出ない。シーリアは、にししっと笑いながら、屈んで腰に手を当て、尻尾をぱたぱた振りながら、椅子に座る俺の顔を正面から見る。



「私も冒険について行かせてもらうわよ。ラキシス様……お母様の故郷に挨拶に行きたいもの。私も世界中色々と見て廻りたいしね。お母様とは昨日お話したの。寂しいけど、親離れもしないとね。私はケイト達より年上なんだし」



 今日の朝のような、少し悩んでいた表情は今のシーリアには欠片も残っていない。まさか、朝からこれを企んでいたのだろうか。



「私を侮ってもらっては困るわね。ゲイルシュタッドの名前を背負っているんだから、情けないことを言うわけないじゃない。絶対行くって昨日から決めてたのよ」



 声を上げて笑いながら、シーリアは驚愕している俺の頬を指で挟んで引っ張る。



「ケイトの考えていることなんてお見通しなの。また、私や他の誰かに迷惑掛けないようにとか思ってたんでしょう。本当馬鹿なんだから」

「痛い痛いっ!」



 余程怒りを我慢していたのか、ぐぐっと捻ってから彼女は手を離した。

 そして、微笑む。



「それにね。ケイトとクルスを二人きりにはしないわ。ケイトがあの子が好きだろうと、両思いだろうと、私には諦める気はないの。ケイトが好きだから」

「え、いや、ありがとうと言うべきなのか? それは。だけど、心変わりはしないよ」



 俺はいきなりの告白に戸惑いながらも、はっきりと彼女に告げる。だが、シーリアは全く動じてはいなかった。



「そんなの旅をしている間に変わるかもしれないじゃない。絶対に変わらないものなんてないんだから。こちらを振り向かせてみせるわ」



 彼女の言葉は、俺がクルスに言ったことだ。まさか自分に返ってくるとは……と、彼女の自信満々の笑顔を見て苦笑する。

 その時、背後から俺の首に冷たい手が添えられた。



「それでこそ私の娘ね。欲しいものは自分の力で手に入れるのが冒険者よ」

「ラキシスさん……」



 びくっと震えて後ろを振り返ると、いつのまにか、ラキシスさんが俺の後ろに立っていた。彼女はシーリアを見ながら、穏やかに微笑んでいる。



「でも、旅の間の恋愛には気を付けなさいね。他の人と一緒の時は特に」

「わかってます」

「ケイト君も抜けてるところがあるから、シーリア。しっかり助けてあげなさい。魔術師として、年上として、重要な役割なのだからね」



 がんばりなさい。と、ラキシスさんはシーリアに楽しそうに言った。

 シーリアは……少しだけ泣きそうになっていたが、明るい笑顔を浮かべて頷いていた。





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