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第三十四話 戦いの後




 神の奇跡……神官の魔法をゼムドが使ってくれたお陰で、俺の火傷は殆ど治ったのだが……ゼムドは完全に治しきることが出来なかった。それだけ酷かったのだ。


 信仰の力というのは、魔力のように寝れば回復するようなものではなく、普段の神への敬虔な奉仕で溜め込んでいく性質がある。そのため、ゼムドの治療はこれ以上は無理らしい。


 従って俺の怪我は、しばらく休みながら、薬と他の神官へのお布施をすることで治すことになったのである。そして、それはゼムドとの別れを意味していた。


 ゼムドは別れるとき、マイスに背負われた俺に声を掛け、



「運命とはわからぬものじゃ。お主は負けぬようにな」



と、彼が明るかった時の笑顔を向け、頭を下げて去っていった。



 こうして俺はベッドの中の住人になった。

 二日目の今はましだが、初日は中途半端に残った火傷による地獄の痛みと、高熱でまるで生きている気がしなかった。自業自得なんだが。


 クルスとシーリアが看病してくれたのだが、二人は時々睨み合い、俺の方を見て矛を納め……を無言で繰り返すため、胃が痛くて仕方がなかったのも辛さに一役買っている。


 村の仲間達以外に初めて負の感情を見せながら、食事を食べさせてくれるクルスと、耳と尻尾の毛を逆立てながら、冷やした布を変えてくれているシーリアの無言の争いは、本当に胃に悪かった。


 そんな風に昨日も大変だったのだが、今よりはましだったかもしれない。


 昨日、どうやってサイラルを倒したのか説明させられたのだが、話を全て聞くと、マイスが太い腕を組んでむっつりと考え込むように下を向き、クルスは呆れたような顔をして、間近で戦いを見ていたシーリアは苦笑いしている。


 シーリアはともかく、残る二人とは長い付き合いだ。

 この沈黙が嵐の前の静けさであることくらいは理解できている。



「何か昔の嫌な思い出が……まあ、それはどうでもいいとしてだ」



 マイスが腕組みをやめ、こほんと咳払いをすると俺が寝ているベッドに近付く。

 俺は先手を打って耳を塞いだ。



「こんの……大馬鹿野郎がっ! 馬鹿じゃねぇか? おい!」

「うん。馬鹿。大馬鹿。本当に馬鹿。救いのない馬鹿」



 予想通りにマイスが家中に響く勢いで叫び、クルスは平坦な口調で、延々と馬鹿を繰り返す。

 いや、俺もちょっと格好悪いとは思ってるんだ。



「予定では華麗に飛び退いて、サイラルだけを巻き込むつもりだったんだ」

「そういう問題じゃねえよっ! 何でそんな博打みたいなことするんだ!」



 苦笑いしながら、俺は耳を塞ぐ。他に思いつかなかったからしょうがないと思う。

 確かに、他にも方法はあった気はするのだが……予想外というのは常に存在しているものである。うん。


 心配してくれてるのは嬉しいのだが、ちょっとは労わって欲しい気もする。

 この件に関しては平謝りするしかなさそうだが。



「大体、そんなことしなくてもな」



 マイスは自分の胸を叩いて豪快に笑い、自信満々に胸を張る。



「この俺様が目の前の相手をさっさと倒して、すぐにお前の援護が出来てたんだ」

「こっちはさっさと片付けて、ケイトを助けれた」



 マイスとクルスの声が合わさり、マイスとクルスが顔を見合わせた。

 クルスは小馬鹿にするような笑みを浮かべてマイスを見る。



「苦戦してた癖に。マイスの出番は無かった」

「なっ! お前は敵が音で驚いたからだろうが!」



 おや? と、二人を見る。なんだか、先程までと空気が違う。

 何故か今度はマイスとクルスが睨み合っていた。



「私が助けなかったら危なかった」

「んなわけねーだろ! お前こそあんな弱そうなのに苦戦しやがって!」

「く……二人相手は慣れてなかった。マイスは一人」



 ぬぬぬっ! と二人が睨み合う。俺には口出し出来なかった。

 そうしたら最後、二人の怒りは俺に来るだろう。


 この二人の言い争いも懐かしい。


 俺を除けばクルスと真っ向から言い争いをしていたのはマイスだけだ。

 俺と学者になったヘイン、今はどこにいるかわからないホルスは、昼食のパンを賭けてよく二人の争いをネタにして遊んでいた。


 ちなみに口でマイスが負けるか、拳でマイスが負けるかの賭けである。

 二人には口が裂けても話せないが。



「あんたら本当に仲いいわね。結局、二人ともケイトを助けられなかったんじゃない。責める資格はないわよ。本当に役に立たないんだから」



 はぁ……と、わざとらしくシーリアは溜息を吐き、頭の上に乗っていたタオルを桶にいれた水に付けて絞り、もう一度頭の上に乗せてくれる。


 彼女は握力も弱いのか、あんまり絞れておらず、ぼたぼたなのだが。



「ケイトを助けたのは私だしね。あいつの結界の性質を見抜いたし、冷静に魔法を打ち込んだし。ケイトの頑張りを一番わかってあげられるのも私だし?」



 ベッドの側で座り込み、機嫌良さそうに俺に顔を近づけてシーリアは微笑む。

 彼女は俺に顔を向けてるから見えてないだろう。マイスとクルスの怒りに染まった顔が。


 俺はもう一度耳を塞ぐ。そろそろ勘弁して欲しい。



「何言ってやがんだ。お前が一番悪いんだろうが!」

「この無能狼は、何を言っているのか」

「ひゃぅっ! な、なによっ!」



 急な後ろからの大声にシーリアはびくっ! と飛び上がり、立ち上がって睨みつけてくる二人を睨み返した。



「ケイトが魔法使う前にお前が使えよ!」

「ケイトが魔法使ったら貴女いなくても同じ」



 また、マイスとクルスの声が揃う。どうやら、二人の怒りはシーリアが引き受けてくれたらしい。俺はほっとしつつ、目を閉じる。



「私の魔法に巻き込むわけにはいかないでしょ! それに自爆するなんて思わないしっ! 私だってちょっと馬鹿じゃない? って思ったわよっ!」

「自爆は馬鹿だが、上手くやる方法あったろっ!」

「うん。自爆は頭が悪すぎる」



 ……味方はどこかにいないのだろうか。

 当事者であるはずの俺をそっちのけで、三人楽しく喧嘩してるし。



「騒いでいるから来てみれば……で、貴方達は怪我人の部屋で何をしているのかしら?」



 いつのまにか、彼らの後ろのラキシスさんが立っていた。穏やかそうに微笑んでいるように見えるが、目は笑っていない。


 彼女の凍り付くような声を聞き、それまでわーわー騒いでいた三人の声がピタっと止まる。貫禄の違いだろうか。



「外で頭を冷やしてきなさい。三人とも」



 三人とも顔を見合わせ、ようやく冷静に今の状況を理解したのか、すごすごと部屋から出て行った。

 三人の後ろ姿を見送り、やれやれ……と苦笑してラキシスさんは首を横に振る。



「あの子達はまだまだ子供ね。素直じゃないんだから」

「扉の外で待ってないで早く助けてくださいよ」



 俺が指摘すると彼女はいたずらがばれた子供のように、くすくすと笑った。



「あら、能力を使ったの?」

「使ってません。タイミングが良かったので」



 ラキシスさんは俺の側に寄り、ベッドの側に座ると、人差し指をぴっ……と伸ばして、俺の額をちょんと突っつく。



「馬鹿なことをした子にはお仕置きが必要と思わないかしら?」

「もう、何年か分くらい言われたんで勘弁して下さい」

「ふふ……そうね。あの子達も本当はわかっているのよ。貴方が大人だから甘えているのね」



 額から頬に指を滑らせ、ラキシスさんは微笑む。



「命を賭けて娘を助けてくれて有難う……それから」



 そして腕を回して、俺をゆっくり起こし自分の胸に抱き寄せた。



「本当に良く頑張ったわね。一人で色々なものを抱えて……失って……それでも、最後まで戦って……偉かったわ。仲間をずっと何ヶ月も疑って……辛かったでしょうに」

「仲間を嵌めたし、人を殺しました。正直辛いです……だけど、大丈夫です」



 落ち着く香りがするラキシスさんに優しく抱えられながら、今度はちゃんと大丈夫と強がりを言えた。

 昔よりは強くなったということだろうか。


 ラキシスさんはゆっくりと俺から身体を離すと、ちらっと扉の方を見て薄く笑う。

 そして今度は顔を引き寄せて、頬にキスをしてくれた。



「これはお礼ね。それとさっきのは無し。言い換えましょう……立派に冒険者になったのね」

「はい。ラキシスさんのお陰です」



 俺は笑ってラキシスさんに頭を下げた。ラキシスさんは、本当に人間の成長って早いわね。と、呟き、よろしい! と冗談っぽく胸を張って頷いた。



「本当、ケイト君が来てくれて良かった。シーリアも明るくなったし、退屈しなかったわ」



 ラキシスさんは、過去形で残念そうに言った。

 本当に聡い女性だと思う。どうやら俺の考えはお見通しらしい。



「ばれてましたか」

「はい、ばれてます。ケイト君もまだまだね。いい男になるには、まだ五年はかかりそう。あ、でも、その時あの子達がまだ、子供みたいなことしてたら私がもらっちゃおうかしら」



 そんなことを話しながらラキシスさんは楽しそうに笑う。

 俺にはなんだか一瞬、彼女の目が本気に見えたような気がして、自分の馬鹿な考えに困って頭をかいた。

 


「期待に答えられるように頑張ります。黙っててすいません」

「いいのよ。なんとなくわかっていたしね……じゃあ、ケイト君の考えている今後のことを聞かせてもらおうかしら。そこの三人も、気になるなら、ちゃんと中に入って聞きなさい」



 ラキシスさんは立ち上がって扉の方に声を掛けると、三人は気まずそうな顔をしながら中に入ってきた。全く……仲が良いのか悪いのか。

 彼らの表情を見て、俺は思わず吹き出してしまっていた。


 そして、俺は話が長くなりそうだからと、全員に座ってもらい、今後のことについて、考えていたことをみんなに話すことにした。







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