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第三十二話 全力を尽くして




 剣をお互いに構え、間合いをじりじりと詰めながら相手と睨み合う。軽装の俺とは違い、サイラルは鎖帷子の上から部分的な鉄製の鎧を身に付けている。


 能力だけではなく、装備の上でもサイラルの方が有利だ。だが、俺は少しずつ前に出て、奴は後ろに下がっている。


 『結界』という能力を考えるとき、サイラルは自分の命を賭けず、安全なところに身を置いて戦う事が出来る。しかし今、奴はその安全な立ち位置から叩き出されたのだ。


 命懸けの戦いの経験が果たしてサイラルにはあるのだろうか。



「ははっ! 参ったねこれは。流石はあの狐野郎の親友様だ。性格が悪いぜ」



 サイラルに余裕がないのは暗くても解る。だが、彼に逃げるつもりはないようだ。

 奴の話には耳を貸さず、一気に切り込む。


 頭部と腕以外は殆どが鎖帷子と鎧で覆われているため、狙える場所は少ない。

 フェイントを交えながら、薄いところを狙っていく。だが、サイラルはフェイントには掛からず、冷静にサーベルで俺の本命の斬撃を受け流し、反撃してくる。


 俺の場合は相手の一撃が致命傷になりかねないため、攻撃は大きめに回避し、あるいは剣で受け止めながら、攻防を続けていく。一つの判断ミスは許されない。

 緊張で汗が流れ、普段の戦闘よりも遥かに早く疲労が溜まっていく。


 何度か剣を合せ、俺はわざと隙を見せて相手の横薙ぎの斬撃を誘うと、後ろに飛び下がりながら、相手からは見えないように自然な動作で、腰の袋から石を取り出し左手に持った。



「本当に難易度の高いイベントだね。ま、余裕でこなせるけど。俺は特別だし?」



 サイラルは戦いながら余裕を取り戻してきたのか、気楽な調子で口を歪めて笑う。

 まるで苦戦しているのを楽しんでいるかのように。


 剣を交えて自分の方が上であることを確信したのかもしれない。


 確かに剣技の差は僅かな上、身体能力では格段に劣っている。ならば、他の技術で補う。サイラルが使えるのは剣だけだが、俺には体術も投石も魔法もあるのだから。


 ゼムドから俺のことを聞いていたとしても、どの程度の習熟度なのかはわからないだろう。俺の能力の便利な点だ。


 ただ、奴の余裕は気になる。油断しているのか、それともまだ、俺がわかっていない能力の使い方があるのか……歯を食いしばって恐怖心を必死に堪えながら、石を持つ左手に力を込めた。



「この世界で生きるのは……遊びじゃないんだ」



 俺は間合いを詰めながら石を顔に近距離から投擲する。一瞬、奴の顔は歪んだが、一度見たこともあり、簡単に左手で石を受け止めた。


 そこまでは予想済みだ。狙いは右腕!

 剣を両手持ちに切り替えて全力で踏み込み、剣を振り下ろす。


 がしぃっ!


 腕を狙い、確かに命中した。

 にも関わらずサイラルの腕は切断されるどころか怪我一つ存在しなかった。


 石を斬り付けたかのような衝撃に、思わず俺は後ろに飛び下がる。

 だが、全力で踏み込んだことで出来た隙をサイラルは逃さず、強引に斜め上からサーベルを振り下ろした。


 回避しきれずに肩に鋭い痛みが走る。

 だが、それを確認する暇も無く、サイラルは顔を愉悦で歪めながら右、左と連続で斬りかかってきた。


 その連撃を後ろに下がり、剣を盾にして防ぎながらしばらく耐え……態勢を立て直したところで、逆に俺は一歩左足を踏み込み、下腹を狙って左拳を振り抜いた。

 拳に鈍い激痛が走ったが衝撃は届いたのか、サイラルはぐっ! と呻いて俺との距離を空けた。


 鎖で切れてしまったのか、血が流れている左拳を見ながら眉をひそめる。

 傷が痛んだからではない。肩の傷の方は出血はあるようだが、かすり傷のようで腕を動かすには問題はない。左拳も痛むものの骨は折れていない。


 攻撃が通じた? さっきとの差は……。



「ケイトっ! 一瞬だけ魔力が集まったわ! 5秒もあれば魔法は飛ばせるからっ!」



 シーリアが杖を掲げながら叫ぶ。彼女の言葉で理解していた……ようは、斬られる瞬間に、結界を切り替えて攻撃を防いでいたのだろう。



「わかったかい? ばれたって関係ないのさ」



 もう勝利を確信したかのようにサイラルは舌舐めずりし、シーリアの方を見る。

 俺はもう敵ではないといった風に。


 乱れている呼吸を整える。大丈夫。俺の心は折れていない。

 右手で剣を構え直し、余裕ありげに石をこれみよがしに左手でお手玉するように投げる。


 俺のそんな仕草を見て、サイラルは心底嫌そうに顔を歪めた。



「まだ諦めてないのかい。しつこいな」

「手品のタネがわかれば、対処はそう難しくないんだよ?」



 切り替えが一瞬で出来るなら、楯を使うように一瞬だけ物理攻撃を防ぎ、すぐに魔力を封じることも出来る。予想以上に不利だ。


 だが、弱気は見せない。俺が負ければシーリアには対抗する術はない。

 他のみんなも不利になるのだ。


 それにまだ手は……ある。

 俺は転がっている二本の松明に目を一瞬だけ向けると、覚悟を決めた。


 大きく息を吸い込む。今は相手も警戒しているだろう。

 相手が油断する隙を窺う。



「強がりを言うな。俺とお前じゃこの世界で生きてきた時間が違う。実力もな」

「その割には剣技には差はないんだけど。サボってたのか?」



 にっ……と、笑い、サイラルと剣を合わせる。剣で薙ぎ、突き、振るう。思い切って前に出ることはせず、お茶を濁すように負けないことを意識しながら、わざと焦らすように。


 気がつくと、他の仲間達が剣を合わせる音は遠くなっている。

 奴も気になっているのか、周りを気にするように周囲を確認すると、一度距離を取ってサーベルを構え直した。



「ふふ……ケイト君。長引かせると俺の仲間が来るぞ?」

「馬鹿なことを。クルスとマイス、それにラキシスさんが負けるわけないだろ」



 仲間が来ることを信じるのと同時に焦りもある。これは俺もサイラルも共通の焦りだろう。サイラルの能力は一対二だと生かし切れないはずだ。

 俺も複数人数になれば対処のしようはない。



「時間を掛けるわけにはいかないか。使えない奴ばかりだからな……」



 サイラルが呟き、表情を引き締める。

 俺は立ち位置を確認し……勝負を掛けるべく、半身で相手と向かい合った。


 サイラルが俺の方に踏み込んだのと同時に、石を投げる。三度目だ……動揺すらせず、回避すらせずに、結界で受ける。ここからだ!



「なっ!」



 サイラルが驚愕の声を上げる。

 俺は低い姿勢でサイラルの懐に勢いをつけて飛び込み、自由になった『両手』で、相手の太股を抱えるように持って、そのまま体当たりで押し倒した。


 ずしゃぁぁぁぁっ! と鉄と地面が擦れる音が迷宮に響く。



「がはっ!」



 強かに背中を打ち、サイラルが息を吐き出す。


 石だけでは無く、同時に剣も投げつけたのだ。

 結界に弾かれた剣は俺の足元に転がり、軽い音を立てる。だが、俺は落ちている剣には見向きもしない。立ち直る前にケリを付ける!



「おおおおぉぉぉぉぉっ!」



 俺はサイラルより先に立ち上がると奴に飛び掛かかり、左腕でサーベルを持ったままの右腕を抑える。

 そして左膝を奴の右脇の下辺りに突いて、右足は左肩あたりを踏み付けるようにして足を置き、右の拳でサイラルの顔面を殴りつけた。


 何度も、何度も殴りつける。俺の手がサイラルの歯で切れて血が流れても殴り続ける。



「ぐっ、く……!」

「うああああああっ!」



 サイラルが抑えられた腕を滅茶苦茶に動かし、サーベルが俺の足に当たって切り傷が出来る。殴りつける右拳も途中からは物理攻撃を弾く結界で守られ、痛むのは俺だけだ。


 それでも殴り続ける。この態勢ではシーリアの魔法は使えない。

 サイラルも魔法については理解しているだろう。物理攻撃を防ぐ結界を使い続ける判断は正しい。


 相手が俺でなければ。

 俺は拳は止めずに……しかし、意識は左手に集中している。


 サイラルは気付いていない。腕を掴み続けている俺の左手の魔力の光には。



「炎の精霊サラマンダーよ! 代償を糧に……暴走しろっ!」



 気絶する寸前まで魔力を込め、魔法を起動する。

 今まで一度に今回ほどの魔力を込めたことはない。


 俺が生み出した炎の精霊は転がっている松明を糧に顕現し、サイラルと一緒に俺を巻き込んで大爆発を引き起こした。




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