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第七話 原因




 薬師のジンさんの依頼は森の植生を壊さない程度に薬草を集めて無事達成し、基本的には猟師、薬師、休みのローテーションで過ごすことになった。



 クルスと会うのは三日に一度になってしまっていたが、その分会ったときにはさらに熱心に文字や計算を習得しようとし、次に会ったときにはそのときのことは完全に習得するようになっていた。


 他にもたまに話していた俺の知っている前世の物語の数々をリクエストしたりもするようになった。 記憶が曖昧な話もあるので、必死に内容を思い出して話せるように練習している。

 結構大変だが、喜んでもらえると思うと頑張れるのが不思議である。


 クルスとの会話も今まで相槌や無言で話を促したり、気分が乗らなければまともに言葉を返す事もなかったりしたので、会話がまともに成立するようになったのは大きな進歩だろう。


 それから大きな変化として、クルスがこちらの修行が終わってから迎えに来てくれるようになった。

 猟師のガイさんや、薬師のジンさんの家から帰る途中お互いの家に別れる道までゆっくりと一緒に歩くのだ。


 無言であったり、会話したりまちまちだったが嫌な感じはせず、寧ろ嬉しかった。

 後の出来事を考えれば我ながら単純としかいいようがないのだが。



 新しいローテーションになってから暫く時が流れたとある休日、俺達は行きなれた川へと向かわずに村の南側の山を上っていた。

 幸い天気もよく、道も登れる程度作ってある上に目印も置いてあるので危険はない。


 モンスターの類も南の山一帯にはいないらしく、野生の熊も今の季節は餌が多い上に道の辺りには地形的に近づかない。

 子供にとって最も危険な狼は山の逆側の麓にしかおらず、村の方面から歩いた場合には出ることはないそうだ。何年も毎日山に入っているジンさんのお墨付である。


 彼に聞いたところによると昔の人が山道を作ったらしく、詳しい謂われは知られていないらしい。長老か村長なら知っているかもしれないが……聞いたことはない。今度聞いてみたい。


 この道の存在とどこに続く道なのかをジンさんから聞いた俺は、初めてクルスの家に彼を呼びに行き、簡単な弁当を二人分用意して貰ってここへと誘ったのである。



「大丈夫か?」

「……」



 森に慣れていて体力も高い自分に合わせるわけにもいかないので時折休憩を取りながら山道を登っていく。



 山道は時折小さな丸太などを加工した階段が作られていて、かなり手間をかけて道が作られたことを思わせられる。これがなければ自分はともかく流石にクルスは登ることはできないに違いない。


 特にアクシデントが起きることもなく、昼前には目的の場所である頂上に到着していた。



「これだよ。クルスに見せたかったのは」

「……凄い……綺麗……」



 傾らかな山頂には朽ちたベンチが作られていた。流石に長年風雨に曝されたせいで腐っていて座ることは出来ないが、道を作った人が作ったのだろう。

 二人がけの大きさなのは、誰かと見るためなのだろうか。


 そんなことを思いつつ、南の景色を見ながら腰を降す。クルスも隣にゆっくりと座った。



 村の南、山を超えた向こう側の遥か下には巨大な……果ても見えない湖が広がっていた。

 自分たちの村の標高は湖よりかなり高めだからか湖は村を見るよりも遥かに下に見える。

 湖の麓には栄えていそうな街も見えるが、ここからだとかろうじで街であることがわかる程度の風景で点景でしかない。


 街はそれほど小さく見えるのに、湖は雄大に広がっている。ここまでの道を苦労して作った人の気持ちがなんだかわかる気がした。



「あれは、エーリディ湖。別名英雄の湖というらしいよ」

「……大きい」

「うん。この辺では一番大きいんだって。船も出てるらしい」



 クルスが首を傾げる。船がわからなかったらしい。

 村にはないから当たり前か。



「船っていうのは湖の上を走る乗り物だよ。馬車みたいな感じ。馬はいらないけどね」

「……そうなんだ。不思議。乗ってみたい……」

「……大人になったら乗れるさ」



 本当に乗れるかはわからない。ほとんどの村人は旅行などする余裕はなく、村で人生を終えるはずだ。

 俺自身は村を出る気ではいるが、クルスにはクルスの人生があるだろう。船に乗るということは特別な事情がない限り村を捨てているということだ。

 それが彼にとって幸せなことかどうかは解らない。彼自身が選ぶことだろう。


 俺達は二人横に並んで目の前に広がる美しい景色を眺めながら暫くじっと見つめていた。



「そういやさ……クルスは元気になったな」

「……?」



 急な話にクルスが首を傾げる。



「前は全然口聞いてくれなかったしな。最近はどうなんだ?」



 冗談めかして笑う。意図があっての会話。

 彼の絶望の源泉を知るための会話。するべきではないのかもしれないが。

 父親の死だけでは無い気がするのだ。父親の死だけで昔の絶望しか見当たらない眼をするには彼はあまりにも幼かったからだ。3歳で人の死を理解することはそもそも難しいはず。

 彼が賢くて全てを理解している可能性も考えた。だけど、彼の理解力はおそらく年齢相応、普通である。

 クルスは少しだけ考えて言った。



「……今は楽しい。前は……お父さんが死んでからよくわからないのに追いかけられてた」

「よくわからないの?」

「誰も聞いてくれなかった。信じてくれなかった。だから言わない」



 少しだけ突き放したような言葉。

 ひょっとしたら彼なりの言葉で必死に何かを伝えようとしたことがあったのかもしれない。言葉も上手く話せなかっただろう。子供の言うこととそこで終わってしまったのだろうか。



「ちゃんと聞くよ。ゆっくり話して」

「……ほんとに?」



 迷ったようにこちらに聞き返す。俺はしっかりと自信を持って大きく頷いた。

 暫し彼は話すかどうか揺れていたが、急かさずに待つ。やがて彼は口を開いた。



「……夢……おかしな夢。村じゃない場所で、私じゃない私が死ぬ夢。毎日見る。起きたとき詳しいことは覚えてない。だけど死んだ事ととても悲しかったことだけは心に残る」



 一瞬言葉が詰まった。驚いて思わずクルスの顔を見る。

 その横顔には諦めに似た寂しさが見えた。



「なるほど、それは辛いね」

「……ケイトは信じる?」

「信じるよ」



 頷く。父親が死んだことでそんな夢を見ているだけの可能性もないではない。が、自分自身がおかしな事が起こった身の上だ。此の世界では何が起こっても不思議ではない。現実にクルスの初めて会ったときの眼は……


 毎日死ぬ夢を、俺と会うまでの二年間見させられては……狂わないほうが不思議かもしれない。

 俺は一度でも二度とああなりたくないと思っているのに。後悔、悔しさ、そして裏切り……それらがすべて詰まった死というもの。あの瞬間。あんなもの何度も見させられたらと思うと鳥肌が立つ。



「……信じてもらえた」



 クルスの表情は変わらない。でもすこしだけ嬉しそうに見え、眼も潤んでいるように見えた。光の加減かもしれないが。

 無邪気に俺を信じるクルスに少しだけ罪悪感を感じる。俺は彼ではないから彼の話すこと全てを理解出来ているわけではない。

 ただ、彼の抱えているものを少しくらいはわかってあげたいと心から思った。



「……ケイトと会ってから初めて生きてるの楽しくなった」

「そか。」

「釣りも覚えたし、文字も覚えた。計算も面白い」

「それはクルスの努力が大きいなあ」

「ケイトは……たった一人の友達」

「……これからいっぱい一緒に作っていこうな」



 彼はそれには返事をせず、湖の方を目を細めて見つめていた。

 やれやれと苦笑して俺は左手で頭を掻いて、弁当の準備を始めた。太陽が真上に登っていたからだ。


 山を登ったことでかなりお腹が空いており、おいしい昼ご飯になりそうだった。





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