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第三十一話 心理戦




 それまで持っていた松明は既に前方に捨てていた。


 緊張で指先を汗が流れるが……今回はゴブリンの時のように外すわけにはいかない。

 まだだ……まだ……曲がり角を曲がった瞬間を狙う。


 ラキシスさんを牽制しながら、こちらを伺っているゼムドの視線を感じる。だが、俺達の行動の意味はすぐには理解出来ないだろう。


 サイラルは後方に控えているようだ。相手の姿までは見えないため、狙うことはできない。射線が通っていることを祈るしかない。


 歩いてゆっくりと俺達のいる通路に出る曲がり角に近づくのを待つ。

 もう周りのことも考えられず、心音だけが響いている。


 ただ、無心に祈る。


 あと少し……。


 今だっ!


 曲がり角を曲り、通路に入った瞬間を狙い、限界まで引き絞った矢を放つ。

 弦が軽い音を鳴らし、三本の矢が暗闇の中に吸い込まれるように飛んだ。



「しまった。そういうことか! サイラルっ! 弓じゃっ!」

「ぐぁっ! ぎゃあぁぁあ!」



 弓を放つ時に、ようやく気付いたゼムドが叫ぶがもう遅い。複数の叫び声が迷宮に響きわたった。だが、サイラルの間に仲間がいたために矢は届かなかった。


 そのまま、次の矢も間を空けずに放つ。


 二射目の後は悲鳴が響かなかった。俺は弓を捨てて右手に剣を構え、左手に隠すように石を持つ。

 探知で相手を確認すると、誰にも矢は命中していないらしい。この狭い道で回避したということはありえない。なら、サイラルの能力の影響だろう。



「マイス、クルス……剣を。シーリア、行けるか?」

「わかってる……私は大丈夫。何があっても私は負けないんだから!」



 ゼムドが話した真実を聞きシーリアは動揺していたが、自棄になったように叫ぶと、自分を取り戻したのか目に生気が戻って杖を構える。



「守られるんじゃなくて、私が守るんだから……『炎の理』『風の理』『矢の理』……」



 シーリアは杖を両手で持って複雑に動かし、魔力を集める。

 付け焼刃な俺の魔法とは明らかに違う、迷宮を照らすような魔力の強さだ。


 そして、サイラル達の姿が視認出来た瞬間、



「行けっ!」



 魔法を放つ。しかし、魔力で作られた炎の矢が彼等に届く前に音も無く消え去ってしまった。サイラル達は余裕の表情で、俺達に向かって歩いている。



「なっ! 魔法が消えた!」

「大丈夫。まだ予想通りだから……わかってるね?」

「えっ……あ、うん。了解」



 相手の方からは視線を外さず、取り乱しそうになったシーリアに小声で話し掛ける。

 相手はもう俺達の前に立っている。人数は四人。七人中三人は先程の弓の射撃で動けない程度の怪我を負わせることに成功したようだ。


 ここからが本当の勝負だ。

 背が高い金髪の優男風の男……サイラルは小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、抜き放ったサーベルを俺に向けて口を開く。



「おやまぁ! 『氷の魔女』までお出ましとは驚いたね。まあ美人だからいいけど」



 ラキシスさんがいることに驚きながらも、サイラルは全く気負い無く馴れ馴れしく俺に話し掛ける。



「さて……ケイト君、ゼムドの様子を見る限り、交渉は決裂したようだけど降伏しないかい?」

「村を襲撃した奴の仲間になれって? 正気か?」



 サイラルの隣にいる禿頭の戦士、ザグは俺を今にも殺さんがばかりに睨みつけている。だが、サイラルを無視してまでは襲う気はないようだ。

 決裂すればすぐに戦えるよう、得物である両手剣は抜いている。他の男たちは片手剣か……レベルは俺達よりも低い。ザグと同じくらいの強さの相手がいなくて良かったと心底ほっとする。


 サイラルは俺の馬鹿にするような声色の返答を聞いても表情は崩さない。



「別にあんな奴ら仲間ではないだろ? ケイト君……君は選ばれた人間だ」

「俺は別に特別じゃない。お前も」



 剣を構えて警戒する。サイラルの相手をするのは……俺だ。クルスやマイスには他の連中を相手にしてもらう。奴も用心するように剣を構えながら、じりじりと俺との距離を詰めていく。



「本当にわからず屋だね。俺達選ばれた者達には、ゆっくりと休める居場所が必要なんだよ。君も俺達の仲間になれば直にわかる。俺達や異種族の悲惨さが」

「お前達がやっていることも似たようなものじゃないか」



 村を襲い、人を拐かす。恨みを植え付けて自分達の都合のいいように誘導する。

 だが、サイラルは指摘を受け、更に笑みを深める。愉快で仕方がないといったように。



「尊い犠牲というやつさ。俺達の国を作るためのね」

「ふざけたことを。犯罪で国が作れるか」

「わかっていないな……まあ、確かに仕事の給料として、美味しい思いも出来るんだが」



 やれやれと、芝居がかったように大袈裟な手振りをしながら首を横に振り……にたりと笑う。



「少ない犠牲で多くの者が助かるんだ。合理的だろう?」

「本気か?」

「本気さ。俺もゼムドも……まあ、ゼムドは軍資金を調達出来なかったんだが」



 初めて笑みを消し、サイラルは落ち着いた口調で言った。



「これが最後だ。君は俺には勝てない。降伏しろ」



 ふぅ……と、息を大きく吐く。自分が次の言葉を発すれば、殺し合いをすることになる。だが、弱気にはなれない。俺は思いっきり息を吸うとサイラルを睨みつけた。



「断るっ!」

「ふふ……残念だよ。俺は君のような頑固者は嫌いではないのだけど。ゼムドっ! 魔法は使えない。ラキシスを殺せっ!」



 サイラルの声で背後の二人の空気が変わる。ラキシスさんは接近戦もこなせるが、やはり得意なのは魔法だ。身体能力に差があるため、負けはしないだろうが急がなくては。



 俺は隠し持っていた左手の石を、手首のスナップで顔を目掛けて投げつけるとそのまま距離を詰め、相手の左手首を狙って剣を迷わず振り切る。


 サイラルは石は右腕で弾き飛ばしたが、その後の剣は左腕に迫る剣を回避しようともせずにそのまま受ける。俺はサイラルの攻撃が来る前に飛び下がった。

 そして、余裕の表情で俺を見る。



「わかったか。俺に勝てない……」

「シーリア! 魔法を使い続けろっ!」



 俺は後ろに向けて叫びながら、サイラルの言葉を全く気に留めずに剣を横薙ぎに振るう。

 これで、攻撃が効かなければ危ないが……。


 がしぃっ!


 鉄と鉄が打ち合う音が迷宮に響く。サイラルはサーベルで俺の剣を受け流し、警戒するように距離を取った。奴の顔は腑に落ちない……といった感じか。

 俺は内心冷や汗をかきながらもそれを見せないよう、余裕があるかのようにサイラルに笑いかける。



「忘れてないか? 俺も『呪い付き』お前のように能力があることを」

「まさかあの弓も偶然じゃなく……何故だ。俺は一度も見せていないはず……」

「さてね。素直に言うと思うか?」



 化かし合いだ。サイラルのやり方は、相手に自分には攻撃が効かないと思い込ませ、選択肢を奪っていく……能力をそう生かしているのだろう。そのための余裕そうな態度。

 何も知らなければ引っ掛かっているだろうが……生憎俺には通じない。


 しかし、正直いって分は悪い。俺の能力は相手のことがわかるだけ。特別に戦闘の役に立つわけではない。時間も掛けるわけにもいかない。

 互角の戦いを行っているマイスや、二人を同時に相手取っているクルスの援護にも行きたい。


 焦る……だが、それを振り切って相手に集中する。

 ただでさえ相手の方が強いのだから。他を気にする余裕は無い。


 まずは、魔法を使えなくするという能力と、相手の攻撃を受ける能力が、共存出来ないことは確認できた。それと現在の戦いっぷりを見る限り、他の仲間……ザグ達には攻撃を無効化する能力は与えられないらしい。


 先程の弓はその能力で防いだはず。魔法の無力化の方を重視しているからか、他に理由があるのか。



「ゼムドが……いや、ないな。どういうことだ?」

「余裕がないな。サイラル。俺の見た目の年齢に惑わされたか?」



 相手の能力がわからなくても俺は焦らない。何通りも検討し、それぞれの場合に従った攻略法を考えてあるからだ。だが、サイラルは違う。


 俺の能力がわからない上に、自分の能力が把握されていると考えている。これは、はじめての体験のはずだ。もし、俺と同じ能力の者が仲間にいないのなら。

 相当焦っているのではないか……と思う。


 サイラルに対して心理的に優位に立たなくては俺の勝機はない。

 もっと……冷静さを失い、相手がミスするように誘わなければ。



「『氷の魔女』が出張ってきたり……予想外のことばかりだよ……本当に恐ろしいね。俺と同じ出身なのに人殺しに忌避感はないのかい?」



 重い動きで剣を構え直しながら、強ばった笑みをサイラルは俺に向ける。

 彼なりの揺さぶりだろう。それも想定済みだ。



「ないな」



 今の俺の故郷は平和だったあの国ではない。生きることが命懸けの世界であり、いろんな人が助けてくれたクルト村だ。


 俺は微笑みながらあっさりと、その揺さぶりを切り捨てた。




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