第三十話 訣別
探知の能力を発動させていても特に何か特別に疲れるということはない。
ただ、見えないはずの遠くの生き物の数字が見えてしまうため、戦闘中などに視界の邪魔になる。デメリットはそれくらいだ。
ひょっとしたら、自分にもわからない何かが無くなっているのかもしれないが。
特殊能力……というものを考えるとき、参考になる例が少ないために相手の能力の性質を予測するのが難しい。クルスの能力は本人すら解りにくい代物だし。
迷宮に入る前、迷宮の入口がある荘厳な建物を潜った時点で探知の能力を発動させる。能力を発動させながら迷宮の入口まで歩き……周囲を観察する。
……遠くにサイラルがいた。周りには数人の男。
ふぅ……と、溜息を吐く。そんな俺をゼムドが訝しげに見た。
「ケイト殿。どうかしたかの?」
「いや、なんでもない。行こう」
笑う余裕も無く、全員に出発を促す。
先頭はマイスとクルス、真ん中にシーリア、後ろに俺とゼムド。
クルスが加入してからの俺達の並び方だ。どちらかというと攻める方が上手い二人を前に置き、援護の方が得意な俺が後ろに行く。
ゼムドが後ろなのは彼のレベルが高いため、前の二人に経験を積んでもらおうと考えたからだ。当初の理由は。魔法が使えるという理由もある……もっとも、ゼムドが魔法を使っているのは見たことがないが。
前を歩くマイスとクルスにも、今日歩くルートはしっかりと説明してある。間違えそうなときには俺がさり気なく指摘し、歩く道を修正していく。
何時も通り順調に下の階層を目指して迷宮を潜っていく。今日ほど目的の場所に着かないで欲しいと思いながら進んでいることはないが……。
地下二階に降り、地下三階へと降りていく。探知にはまだ反応はない。だが、今日地上にいた以上、サイラルが来る可能性は高い。
マイスやクルス、シーリアもわかっているのか口数が少ない。迷宮探索は順調なのに、今までにない緊張感が俺達の間に流れていた。
「ふむ……皆、変じゃの。何かあったか?」
ゼムドは狭い通路上の道で立ち止まると、長い髭を触りながら顔をしかめ、怪しむように俺達を見回す。普段はうるさいくらい明るいマイスまで黙り込んでいるため、不審に思ったのだろう。
ラキシスさんとの合流地点はもう少し先だ。他の三人の視線はこちらに集まる。不安そうだったり、苦笑いしながらだったり、普段通りだったり、その表情は異なるが。
今の地形は曲がり角が近くて弓の射程を生かしにくい。
「ま、歩きながら話そう。ゼムド」
「ふむ」
他の皆が頷き、先に進み始める。ゼムドも不承不承といった雰囲気だが、頷いて歩き始めた。せめてあと少し……出来れば合流するところまでは……。
「以前、俺の故郷が襲われた話は覚えてる?」
「うむ。クルス殿が話していた件かの」
ゼムドは何度も何度も髭を触りながら、ううむと唸る。
「『呪い付き』だと考えられていた……そう言ってたよね」
「……そうじゃな」
歩きながら時間を稼ぐように意識してゆっくりと話す。ゼムドを裏切っているようで……胸が痛む。俺は彼を今、全く信じていない。
「まあ、それはどうでもよかったんだ。あの時、ゼムドがいる時に話したように、本来、俺がもう一度襲われる可能性は少ない。特別な事情がなければ」
「特別な事情……じゃと?」
ゼムドは警戒するように、俺を窺う。
俺は目を逸らさずに彼を見つめ返す。既にラキシスさんは俺の探知の範囲に入っている。立ち止まって話をしていれば、すぐに来てくれるだろう。
ある程度曲がり角から距離を取ったところで……終わらせる覚悟を決める。
ゼムドが今回の件に関わっていなくても、彼とはもう旅をすることはできないだろう。
俺は足を止めると、ゼムドしか知らないはずの情報を……話した。
「サイラルは俺と同じ『呪い付き』なんだ」
「なっ!」
ゼムドが驚きの声を上げる。何故それを知っているのか……といったところか。
こんなことは言いたくない。だが、歯を食いしばって続ける。
「そしてあいつは、俺達……いや、シーリアを狙っている。いや、もしかしたら俺のことも流れていて、俺も狙っているのかもしれない」
「……なるほどの」
ゼムドは肩を苦虫を噛んだような表情で頷く。
「昨日まではゼムドを信じていたんだ」
「……本当に驚いたわい。どこまで知っておる?」
苦笑いしてゼムドはぽんぽんと、棍で自分の肩を叩いた。
彼の笑みはいつものように愛嬌がある笑みではない。どこか疲れたような……全てを諦めているような……そんな表情に思えた。
俺達が話をしている間に、クルスとマイスが俺を何時でも護れるように近付いて警戒している。ゼムドの話はしていなかったシーリアだけは、話がわからないのか慌てながら俺達を見ていた。
「大体は調べてもらったよ。二、三ヶ月くらい前からサイラルの関係者を中心に誘拐事件が多発したこととか。その関係者が一つの組織……いや、その尻尾の部分になってることとか。いつでも切り捨てられるように」
そこまで話して周囲を警戒する。まだ、サイラルの反応はない。
ラキシスさんはこちらに近づいている。
「ふぅ……ケイト殿は十四歳じゃったか……末恐ろしい小僧じゃの。拙僧の見る目もなかなか捨てたものではなさそうじゃ」
「何言ってるのよ。ゼムド! どういうことよ……?」
シーリアが泣きそうな顔で、ゼムドを見る。からかわれたりもしていたが、恐らくゼムドを一番信用していたのは彼女だろうと思う。
初めての冒険の時、彼に助けられているから。
だが、彼がサイラルと仲間だったとすれば……ゼムドがやったことは、自作自演だった……そういうことになる。
頭の良い彼女なら俺達の話から大体の事は想像できているだろう。
「すまんの。姫の思っておる通りじゃ。ケイト殿の推理は正しい」
「な……そんな……」
ゼムドはシーリアの方を向いて頭を下げる。彼女は怒りよりも……哀しそうに顔を伏せた。彼女に説明しなかったことには理由はあるが……やはり、しておいた方がよかったのだろうか。心の準備をする意味でも。
「昨日、俺達の護衛がサイラルに殺されたのは、ゼムドが位置を確認するための道具を持っていて、サイラルがそれを辿ってきたから」
「……拙僧としても、あれは予想外での」
懐から淡い光を放っている白い石を取り出すと、彼は地面に捨てる。
予想はしていたのに……実際にその証拠を見せつけられ、胸の痛みは更に酷くなる。どうしてこんなことになったのだろうか。
「ゼムド……! 街から……逃げてくれないか? すぐに。いや、今からでも遅くない。サイラルを倒して、俺達と冒険を続けよう!」
護衛達の仇……けじめをつけなければという心と、仲間であり友人だったドワーフと戦いたくない思いが胸の内でせめぎ合っている。
だが、ゼムドは少し顔を伏せ……顔を上げると俺を不出来な生徒を見るような目で見て、困ったように笑いながら首を横に振った。
「甘いの。拙僧はもう手遅れじゃ。お主もわかっておろうに……まぁ、お主はそこがいいのかもしれんが」
「どうしても駄目か」
「知られたからには戦うしかあるまい。遠慮することはない」
静かにゼムドはそう告げると、彼は自身の鉄の棍を俺達に向けて構える。マイスとクルスもすぐに剣を抜いてゼムドを牽制した。
ゼムドには少しも動揺した様子はない。彼の理想というのはそこまで重いのだろうか。
「出来れば降伏して欲しい。拙僧もお主らを殺したくはない。全員の身の安全は拙僧が責任を持って保証する。特にケイト殿を連れて帰るのは上からの命令でな。すまん」
彼の返事を聞き、先手必勝とばかりにクルスが切りかかろうとしたその時だった。
安心感を与える、鈴の鳴るような綺麗な声が迷宮に響いたのは。
「あら、勝手なことを言ってもらっては困るわね」
ラキシスさんは小さな光の精霊を数匹自分の周りに纏わせ、微笑みながら迷宮の奥からゆっくりと歩いてきた。その右手には装飾の施されたレイピアが握られている。
「ラキシス・ゲイルシュタッド……!」
「ケイト君は甘いけど、用心深いのよ。降伏しなさい……ゼムド」
「任せます!」
俺は少しだけ走って、二人から距離を空け背中の弓を取り出して構える。ついに探知にサイラルが……俺の動きで察した二人も剣を納めて弓を構える。
暗闇の奥……恐らくサイラルがいるであろう場所に俺は狙いを付け弓を引き絞った。