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第二十九話 長閑な朝



 翌朝、早めに眼が醒めた俺は今日の迷宮探索の準備をさっさと終えて、椅子に座ってテーブルに肘を付き、客間の窓からぼーっと外を眺めていた。

 天気は良いが時間が早めなため、窓から見える道に人通りはまだない。小鳥の囀る声だけが外から聞こえてくる。


 遅くに寝たはずなのに、早く起きたのはやはり緊張しているからだろうか。

 落ち着かない。落ち着こうと深呼吸を繰り返しても焦燥感が消えない。



「ふわぁ……、今日は早いね。ケイト」

「うん? ああ、シーリア。おはよう」



 いつのまにか寝間着姿のシーリアが眠そうな笑顔を浮かべて後ろに立っていた。

 腕を上げて欠伸をしているが、その姿を見てすぐに顔を背ける。


 寝癖が付きやすい髪なのか、長い銀色の髪の毛があちこち跳ねている。長いふさふさな尻尾にも寝癖が付いているのか、普段と違って長さが整っていない。


 そのままふらふらと台所の方に歩いていき、二人分の果実水を作り、俺の隣の椅子に腰を下ろす。囮として一番の目標になっているはずの彼女は全く緊張しているようには見受けられない。

 案外、大物なのかもしれない。



「シーリア。昨日は眠れた?」

「うん。ぐっすり眠れたけど?」



 何で? と不思議そうにシーリアは首を傾げる。そんな彼女を見ていると、緊張しているのが馬鹿らしくなってきて、少しだけ笑ってしまった。



「何かおかしい?」

「まあ寝癖いっぱいなのはおかしいけどね」

「……起きたらこうなってるのよ」



 ふん、と顔を背けるがあまり不機嫌そうではなさそうだ。



「俺はあんまり眠れなかったよ。今も緊張してる。シーリアは凄いな」

「私も眠れないと思ってたけど、ラキシス様が来てくれるし、ケイトが考えてくれてるから……その……安心しちゃったのよ。何時も通り頑張ればなんとかなるって……わ、悪い?」



 顔を赤らめて恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくる彼女に、俺は首を横に振った。変に緊張するよりはきっといいことなんだろう。後は期待に応えないと。



「いや。頼もしいよ。今回はシーリアが要になるから。頼らせてもらう」

「ふふ、頼ってくれていいわよ」



 ぴこぴこ耳を動かしながら、飲み物に口を付けシーリアは嬉しそうに笑う。

 彼女が要と言ったのは嘘ではない。実際に彼女が中心になる可能性が高い。



「ところでケイト。作戦とか……決まってるの?」



 真剣な表情でシーリアが俺の方を見る。マイスにも説明しなければならないが、シーリアと彼は役目が異なる。個別に話した方がいいかもしれない。

 俺は彼女に頷き、説明することにした。



「まず、俺の能力については覚えてるかな?」

「うん。能力を数字で見れるとか……離れててもわかるんだっけ?」

「そうそう。今回はそれを利用する。昨日、護衛の人が殺されたとき……俺の探知にはサイラルは引っ掛かってたんだ」

「そうなんだ……あ、そういえば。あの驚いたとき?」



 昨日のことを思い出したのかシーリアがこちらを向いて確認してくる。



「そうそう。つまり、気付かれずに近づけるあいつの能力は俺には通じない」

「なるほどなるほど……」

「だから弓を使う。俺、クルス、マイスの三人は弓が使えるからね。長い通路なら一方的に攻撃が出来るはず。これが第一段階目」


 

 迷宮だと狭い場所が多く、視界も良くないために能力を隠す必要のある普段は使うことは出来ないが、相手の居場所が探知出来る自分にとって、本来これほど有利な武器もない。



「ケイトって弓使えるんだ」

「猟をしていたからね。問題はこれが通じなかった場合。魔法の結界の中には、物理攻撃を防ぐ結界もあるらしいから……弓で倒せなかった時どうするかが第二段階目」



 木製のコップを両手で包みながらシーリアは真剣に聞いている。彼女から眠たそうな雰囲気は消えていた。



「私はその場合に魔法を使えばいいのね」

「そう。重要なのはここからなんだけど……」



 昨日の夜、ラキシスさんが結界について調べてくれた書類を見ながら考えた作戦。

 

 結界には様々な種類がある。探知のためのものだったり、物理攻撃を防いだり、魔法を防いだり……だが、儀式結界も個人結界も能力の強弱はあっても基本的に一つの効力しか持たせることができないらしいのだ。


 複数の効果をもたせる場合には魔法を重ねて掛ける必要がある。この場合には先に掛かっている結界と整合性を取らなくてはならず、魔法の難しさが段違いに上がるらしい。


 ひょっとしたら、一つの魔法で複数の効果を持つ高度な魔法もあるのかもしれないが。

 色んな仮説を立てておけば、相手の反応を見ながら闘うこともできる。とにかく、いろいろな攻撃手段を考えておくに越したことはない。



「魔力を使えないようにする結界とかもあるみたいだけど、慌てずにずっと魔法を……相手が倒れるまで撃ち続けられるようにして欲しいんだ」

「なるほど……」



 シーリアは暫く俯いて考え込んでいたが、パッと顔を上げると微笑んで言った。



「ようするに、何時も通りってことね!」

「そういうこと。頼むよ」



 彼女は俺の隣で楽しそうに笑うと、任せなさいと他の女性陣に比べると豊かな胸を叩いた。薄い服でそういうことはしないで欲しいものである。目のやり場に困るから。



 話し込んでいたシーリアが着替えと身嗜みの準備に向う頃には緊張はすっかり溶けていた。話すことで少しは頭を整理することが出来たのも大きい。


 全員の準備が終わると客間で最後の打ち合わせを行う。マイスもクルスから全部話を聞いたのか神妙な顔つきをしていた。

 俺もマイスも……多分シーリアも、人を殺したことがないのだから仕方無いのかもしれない。クルスも……村で悩んだに違いない。案外優しいから。


 手筈としてはまず、ラキシスさんが俺達の位置を確認するための道具を持って迷宮へと潜る。そして、俺達の少し先を歩いてもらう。


 今日、歩くルートは俺が作った大雑把な迷宮の地図で確認しているため、離れすぎたりすることはないだろう。最終的に合流する地点も決めている。

 初めから一緒に歩かないのはゼムドを警戒させないためだ。合流予定時点で彼を説得し……無理なら合流してそこで取り押さえ、サイラルを迎撃する。



「これ以上は思いつかなかったよ。もう少し安全な作戦があればよかったんだけど」



 紙に書いた迷宮の地図を広げながら、俺は溜息を吐いた。



「甘いわね。ケイト君……。だけど、貴方の気持ちはわかるわ」



 甘いか……そうかもしれない。


 ラキシスさんはクスッと小さく笑うと、先に迷宮に向かうために立ち上がった。

 普段着姿の彼女は落ち着いた雰囲気と美しさ、上品な仕草も相まってまるで貴婦人のように見えるほど似合っていたが、今の革製の鎧姿に武器を持った姿はそれ以上に似合っている。所作には一部の無駄もなく、流石一流の冒険者、といったところか。



「うーん、格好いいな」

「すぐ追いつく」



 マイスが感嘆の声を上げ、クルスが対向心をむき出しにしているかのようにぼそっと呟く。シーリアはなんだか嬉しそうだ。

 これが彼女の尊敬するラキシスさんの姿なんだろう。



「ラキシスさん、相手が気付かれないように狙ってきたら……大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。常時、複数の種類の精霊に警戒させておくから。見えなくても場所がわかれば、逃げられないように隙間なく魔法で潰してしまえばいいのよ」



 彼女はそう言って不敵に笑う。俺は心底、敵でなくてよかったと思いつつ、彼女の背中を見送った。


 ラキシスさんが出かけてから数十分後、ゼムドは普段通りの時間にラキシスさんの家に現れ、俺達に声を掛けてきた。彼は普段より重装備の俺達に驚いていたが、弓を試してみたいからと説明すると、そうか、と深く追求せずに頷いていた。


 随分と……やつれた表情で。



「行こうか。今日も稼ぎに」



 何事も無いように……そう祈りながら、俺は全員に向かってそう声を掛けた。


 



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