第二十七話 葛藤
友人であるヘインとラキシスさんにサイラルの監視を頼んでから三週間近くの時が流れた。
彼の背後にいる組織に関しては未だに全体像は見えていないらしい。ラキシスさんは日を追う事に難しい顔をするようになり、
「カイラルにあるのは彼等の本拠ではないわね」
と、ため息混じりに捜査の進み具合を説明していた。
ただ、サイラルはカイラルでの誘拐事件等に関わっていることは恐らく間違いはないらしい。俺にとっては一番気になる問題については、
「サイラルはまだ捕まえられませんか?」
「もう少し。この街にある彼の仲間の拠点の位置を大体把握したら一網打尽にするつもり。バラバラに逃すと捕まえるの大変だからね」
後もう一息かな。と、微笑んでいた。
あの日からもサイラルとはたまに迷宮の入口で顔をあわせている。彼の様子は全く変わっていないが、本当に気付いていないのだろうか。
それとも気が付いていていて、それでも余裕でいるのだろうか。
不安は尽きない。甘い相手ではない予感が消えないのである。
その不安を助長させられる要因になっているのが迷宮探索中の仲間のドワーフ、ゼムドの様子だ。
彼は日が経つごとに顔色が悪くなっている。以前の快活さが嘘のように。
前のような悩んでいる様子ではない。どちらかというと思い詰めている……といった雰囲気だ。
俺はゼムドがサイラルが所属している組織の一員である可能性が高いことは他の仲間には話していない。
ラキシスさんにだけは話していたが……彼女はゼムドを連れて歩くことに難色を示していた。だが、彼を今の状況で外せば、そこからサイラルに感付かれる。
もし、他の仲間がゼムドの素性を知っていればどうしても態度に出てしまうだろう。
特にマイスなんかは嘘が吐けないから。そうなると確実にサイラルに逃げられ、狙われる危険を残してしまうことになる。
現状、俺達は有力者の力を借りることが出来ていているがその優位は薄氷を踏むようなものだ。
「ゼムド。大丈夫? 顔色悪いよ?」
「ん? いや、わっはは、少し寝不足でな。大丈夫じゃ」
心配そうなシーリアに明るく笑うゼムドが痛々しい。彼も大事な仲間だ……からっとした性格で思いやりもある。個人的には友人だと思っている。
だが、俺はクルト村を狙った連中やサイラルを放置は出来ない。俺は普段通りにすることを心掛けながら内心では葛藤していた。
おそらく、サイラルに関係する者達を抑える時にはゼムドも……。
上手くいかないものだと思う。誰かを助ける為に誰かを犠牲にすることになる。前にゼムドが話してくれた葛藤も今の自分と同じ種類のものなのかもしれない。
いざとなればゼムドと一緒にサイラルを捕まえるのも辞さないと考えて置きながら、今こうして知らないふりをして彼と迷宮で協力している。俺は卑怯だろう。
それでも、村のみんなや守ると決めたシーリア、そして親友達を守るためなら……そして、ゼムドがもし奴に与し、犯罪行為に加担しているなら……容赦はしない。
彼が街から逃げてくれればお互いにとって一番いいのだが。
「ケイト。大丈夫?」
敵を倒した後の休憩中、クルスはそうやってたまに小声で確認してくる。シーリアは不思議そうにしているが、付き合いの長さの差だろう。
彼女には嘘はすぐばれてしまう。だが、大丈夫と自然に返しておく。
動きがあったのはクルスにそう返したその時だった。
俺達を常に尾行している二組のうち、一組の近くにサイラルとザグ、他二名の反応が近づいたかと思うと一瞬で尾行していた冒険者達の反応が消えたのである。
「なっ!」
「え、え、何?」
思わず驚きの声を上げた俺に全員が振り向く。
「いや、勘違いだった。すまない……そろそろ行こう」
「驚かせんなよ。ケイト」
少なからずショックを受けながらも平静さを取り繕い、状況を整理する。
今いる場所は迷宮の地下三階。迷宮内部はかなり広大で、偶然に他の冒険者と出会う……という可能性はそれほど高くない。
そうなるとサイラルは自分達が襲った冒険者達が俺達の護衛であることを知っていたことになる。あいつは何らかの手段で俺達の居場所を把握している。
しかし、一方的に勝てるほどサイラルはともかく、ザグの能力は高くないはずだ。
他の仲間か『結界』の力だろうか。
このままこちらを襲いに来ることを警戒したが、サイラル達は引き返していった。
しばらくすると、もう一組が異常に気付いたのか、サイラル達に襲われた冒険者の方に近づいていく。俺も彼等まで襲われた場合にフォローできるよう、みんなの移動を誘導していったが、どうやら近くにはサイラルはいないようだ。
「……そんな……まさか……」
戦闘を大分こなした後でもあったため、もう少しだけ探索した後、襲われた場所を迂回して俺達は迷宮から帰還した。
自分を護っていた冒険者の死……それは他人の死にあまり慣れていない俺に予想以上の衝撃を与えていた。
帰宅するとラキシスさんは家の窓から外を眺めて沈む夕日を物憂げに眺めていた。
もう一組の冒険者から報告は届いているのだろう。彼女の横顔は普段と変わらないが、どこか辛そうに見える。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日も無事で良かったわ」
俺達が戻ったことに気付くと、彼女は穏やかな笑顔を見せてくれた。マイスやシーリアは楽しそうに当たり前だと騒ぎ、クルスは無表情にラキシスさんをじっと見ている。
食事前に身体を拭くだめに、マイスとシーリアは部屋をすぐに出ていったがクルスは出ようとして足を止め、ラキシスさんに近づいていくと声を掛ける。
「ラキシス。何があった?」
「……そんなに私は変だったかしら?」
「貴女は変だけど、ケイトがそれ以上に変だったから」
ラキシスさんは俺の方を見て苦笑した。クルスも俺の方を見る。
諦めるように俺は溜息を吐いた。
「全員が揃ったら言うよ。まずは俺達も着替えよう」
「嘘は許さない」
俺は真剣な表情のわかってるとクルスに頷くと彼女を促して、話をする前に先に身体を拭いて服を着替えることにした。
全員の着替えが済むと食事の前にと、ラキシスさんが全員を集める。今日の事件の話をするためだ。俺の見通しの甘さが原因で人死にを出してしまった。
気が重い……いや、焦燥と後悔が胸の内を吹き荒れている……だが、だからこそ聞かないわけにはいかない。無関係ではいられない。
「まず、貴方達の護衛をしていた冒険者……三人が殺されたわ」
「なっ! まじかよ!」
シーリアが驚きで眼を見開き、マイスが大声で叫ぶ。
だが、クルスは冷静で彼女に聞き返す。
「どんな風に?」
「一方的に。抵抗した素振りがなかったらしいわ。剣も鞘に入ったまま」
淡々とラキシスさんは状況を説明する。殺された冒険者はそれなりの実力者だったが、抵抗することなく、一太刀で殺されていたらしい。
「全員無抵抗というのも変な話なんだけどね」
「複数人……いました。サイラルの能力は仲間にも効果があるのかもしれません」
沸き上がる激情を拳を握り締めて抑えながら、意識して声を落ち着かせて言った俺の言葉に、ラキシスさんは心配そうにこちらを見ながらなるほど……と頷く。
「報告を聞いてサイラルを形振り構わず捕まえようと思ったのだけど……彼がアジトにしていた宿はもぬけの殻だった。別の街に行くといって出ていったらしいわ。内壁の警備兵は今日の行きはサイラルをみたけど帰りは門を通らなかった……そう言ってた」
「なるほど。奴に感づかれた。そういうことですか」
ラキシスさんは頷く。そして、俺達全員を見ると彼女はその秀麗な顔に厳しい表情を浮かべて告げた。
「事件が解決するまでここにいなさい。あいつは貴方達の手に余る」
「そんな! ラキシス様っ!」
シーリアが不服そうな声を上げるが、きっ! とラキシスさんは睨み付けて彼女を黙らせる。
その眼光に恐れたのかシーリアが耳を寝かせ、涙目になる。しかし、顔は伏せずにしっかりラキシスさんを見つめ返していた。
だが、ラキシスさんが心配するのも無理はない。娘が危険とわかっている場所に飛び込むのをよしとするはずもない。
「ラキシスさん。この家にいても危険は変わりません」
「……どういうこと?」
不機嫌さを隠さずにラキシスさんが俺を見る。あまりの迫力に恐怖心も沸くがここを引くわけにはいかない。
「俺の能力ではサイラルの反応は見えていました。だが、奴は相手に気づかれていない。恐らく目の前にいても見えないのではないかと。だとすればラキシスさんが離れたときにこの家が襲撃されると思います」
「なるほどね……ケイト君はどうしようと思っているの?」
落ち着きを取り戻したのかラキシスさんは小さく息を吐いて、こちらを見る。
「相手がどうやって俺達の位置を把握しているかは想像が付きます。サイラルも元々感づいていなくて、偶然に護衛の存在を知った可能性もあるんです」
「あ、そういうことね……ますます危険じゃない」
俺達の場所を把握する方法……俺がヘインから受け取ったアイテムだ。基本的にこれは特定の相手との距離しかわからない。
他の三人の手前はっきりとは言えないが、ラキシスさんは理解してくれたらしい。
サイラルが偶然警戒されたことを知った可能性……低いがないわけではない。急に宿を引き払ったこと、ラキシスさん達に自分の関係者の居場所を突き止められていること。
余裕な表情だったのも組織そのものを潰しに動いていることに全く気付いていなかった。都合はいいがそう考えるならば……。
もしそうだとすれば、彼等も焦っているに違いない。
何にせよ彼が執着しているシーリアを襲う可能性は高い。そのまま現れずに逃げてくれればそれでもいい。それを確認する方法は簡単で明日、確かめることができる。
「俺達が囮になって……奴を引きずりだして、ラキシスさんに倒してもらいます」
「ケイト君……本気?」
例えこちらが調査をしていたことが分かっていたとしても、俺の能力を知らなければ……油断を付くことは出来る。
驚いたように伺っていたラキシスさんに俺ははっきりと言った。
「同じ『呪い付き』である俺にしか多分、あいつの優位は潰せません」
「そう……ケイト君はそう言ってるけど他の子達はいいの?」
ラキシスさんは他の三人をちらっと見て諦めたように眼を瞑って苦笑する。
「いやまた、ケイトが俺だけで行くっ! とか言い出すかと思ってはらはらしたぜ」
「うん。格好つけたら殴ろうと思ってた」
マイスが俺の口調を真似して大笑いし、クルスが楽しそうに微笑む。そして、シーリアも少し震えて顔も真っ赤にしながらもしっかりラキシスさんの眼を見て言った。
「私が狙われてるなら……返り討ちにしてやるわよ。このシーリア・ゲイルシュタッドを舐めたことを後悔させるの。絶対にっ!」
シーリアは立ち上がって興奮した様子で拳を振り上げてそう宣言した。ラキシスさんはそんな彼女を呆れたように見ていたが、心無しか嬉しそうにも見えた。