第二十六話 能力
翌日の朝にはマイスは何時もの快活さを取り戻していた。
まあ、この大雑把な友人に複雑な悩みは似合わないし、これで良かったのかもしれない。
マイスは書くのが苦手な手紙を、紙いっぱいに彼の思いを書いて送ることにしたらしい。クルスが読ませてと頼んでいたが、大きな体の後ろに手紙を必死に隠して恥ずかしいから駄目だと断っていた。
きっとリイナの手元に渡ると一生大事に保管されてしまうに違いない。
準備をして神殿に宿を取っているゼムドを来るのを待って迷宮のある荘厳な建築物の中に入る。迷宮に潜るための冒険者で溢れる建物の中、歩いていると探知の能力に知っている名前が引っ掛かった。身を固くして警戒する。サイラルだ。
後ろには殺してやるといわんがばかりの表情の坊主頭の戦士、ザグも立っている。
軽目の鎧を身に付けた金髪の優男風の奴はすぐにこちらに気が付き、手を挙げて傍目には爽やかに見える笑みを浮かべながら馴れ馴れしく近付いてきた。
「やあ、おはよう! ケイト君も元気そうだね」
不快そうに顔をしかめるシーリアを背中に隠しながら、俺は肩を叩こうとした奴の手を軽く払い、感情を出さないように冷静に返す。
「サイラルだっけ。俺達に何か用?」
「俺のシーリアちゃんはきちっと守ってくれてるらしいね。お……今日はまた新しい可愛い子もいるじゃないかっ!」
そういってサイラルはクルスの方を見たが、彼女はまるで物を見るような眼で見返した。
「おおっ! こわっ! だがそれもそそるねぇ」
「あんたみたいな変態は好みじゃないらしいよ」
「やー。君は本当に堅苦しいなぁ。俺のになるんだし、彼女達の好みなんてどうでもいいのさ。わかってないなぁ」
サイラルは本当に俺のことを心配するようにため息を吐くと、やれやれと首を横に振る。本当に彼は同じ人間なのだろうか……そう思い、怒りよりも不快さが沸き上がる。
だが、サイラルは俺の態度を意に介さず微笑む。
「なんで他人のためにそんな必死になれるのかな」
「仲間を守るのは当たり前だ」
不思議そうに聞いてくるサイラルに答えると、彼は腹を抱えて笑いだした。馬鹿にしているといった感じではない。心底可笑しいといったように。
「あはははははははっ! う、ごほっごほっ! はぁ~いやいや、若いねぇ。だが、覚えておくといい。人間は……いや、全ての生き物は須らく裏切るものさ」
サイラルは笑みを納めると、剣の鞘を弄りながら口の端だけ歪める。そして、ザグにそろそろ行くぞと声を掛ける。
「君もいずれわかるさ。いや、早く分かって欲しいね。本当に信用できるのは自分と金だけだってね。後は利用するかされるかだ」
本気で言ったのだろう。今までで一番真剣で、自棄な言葉だった。彼も呪い付きだ……何か変わるような事件があったのかもしれない。だが……。
「人が裏切るなんて昔から知ってるさ。だけどそれだけじゃない」
去っていく彼らを見ながら、俺は誰に言うでもなく小さく呟いていた。
この日も用心し、探知をしながら潜ったが、サイラルとは朝以外出会うことは無かった。常に名前の知らない人間の反応があったが彼等はヘインが言っていた護衛だろう。
俺達の近くを付かず離れず歩いている。同じ階の魔物に襲われても大丈夫なところを見ると、中々の実力者かもしれない。
シーリアも初日にクルスと潜った時と違って、普段の調子を取り戻しており、冷静な判断で魔法を使い分けて戦っていた。
クルスとマイスの前衛も上手く連携が取れることを確認すると、効率よく魔物を狩るためにそれなりの強さの魔物が襲ってくる地下三階の広間になっているところに陣取り、シーリアに明かりを生み出す魔法を使ってもらう。
光で集まった魔物をシーリアを守りながら倒していく。このやり方だと魔物もまとまった数が来るため俺達も慣れるまでは何度も逃げたのだが、俺に魔物の特徴を聞いていたクルスは両手剣を振るうマイスと変わらない強さで狩りをこなしていた。
一日の狩りを終え、ドワーフのゼムドと別れるとみんなで夕食を食べながらラキシスと情報を共有する。ラキシスさんは料理に懲りたのか夕食は前に宿に取っていた『雅な華亭』で作ってもらっており、冒険を終えた俺達が受け取って帰っていた。
今、ラキシスさんはみんなと一緒に料理をフォークで突っつきながら、機嫌よさそうにみんなの話を聞いている。
「ふぅん……じゃあ、シーリアも今日は大丈夫だったのね」
「当たり前! 前は調子が悪かっただけよ」
パタパタ振っている尻尾がたまに俺が座る椅子に当たって小さな音を立てている。彼女は満面の笑みを見せていて……どうやら気づいていないらしい。
クルスは心底どうでもいいといった感じだが、
「足でまといではなかった」
と、それだけ呟いて我関せずといった風に料理を食べていた。
今日のシーリアの仕事は的確だった。仲が良くないクルスのフォローも完全にこなし、全体を見ながら戦えていた。クルスも見直したらしい。
彼女も素直ではないので絶対に認めないだろうが。
「ラキシスさんの方はどんな感じですか?」
「今日からだからなんとも言えないわね」
ラキシスさんが、冷たく見えるエメラルドグリーンの瞳を此方に向ける。彼女はサクッと野菜にフォークを突き刺しながら、少しだけ微笑む。
「今は泳がせてる。例の彼自身は普通に冒険者として活動してるわね」
「ええ。今日は迷宮の方にいました」
「彼が色んな事件の黒幕ってのは証拠が弱いから、早く動いて欲しいかな」
確かに彼を犯人と確信出来る証拠はない。俺の能力によるある種の反則のような力での状況証拠だけだ。それでも動いているのはラキシスさんの信用と、貴族の怒りからか……失敗するのはまずいということか。
「ま、始まったばかりだし大丈夫だけどね」
「すいません。よろしくお願いします」
「いいのよ。他に何か気づいたことない?」
ラキシスさんはサラダを上品な手付きでゆっくりと口に運びながらこちらに確認する。俺はしばらく悩み、答えが出ていない問題が残っていることを思い出した。
「能力……サイラルの能力を忘れてました」
「『呪い付き』としての能力ね。どんなのなの?」
他のみんなも興味深そうにこちらを見る。俺の能力のこともあり、相手がどんな能力を持っているのかが気になるのかもしれない。
クルスだけは必死に肉を切り分けようと料理と格闘していたが。
「サイラルの能力は『結界』です。詳しい力まではわかりません」
「名前だけ……か。『結界』ね。名前から連想できる能力なんでしょうね」
好奇心を刺激されたかのようにラキシスさんは楽しそうにああでもない、こうでもないと考え始める。こういうところは冒険者らしい。
謎があれば答えを知りたくなるといった雰囲気がある。
考えるのが苦手なマイスは早々にわかんねぇ! と大声を出して考えるのを諦めた。
まあ、平和な村で過ごしてきたマイスが判断するには向いていない問題だし、知識も経験も足りないからしょうがないが。
彼は頭をかきむしり、顔をしかめてシーリアの方を見る。
「魔法かなんかでないのかよ。『結界』ってよ」
「そうね……『結界』といっても魔法だと色々考えられそうなのだけど」
話を振られたシーリアはテーブルに肘を付いて顎に手を上げ、悩むような素振りを見せた後、マイスに答える。
「結界には何種類かあるんだけど、大雑把には二つに大別できるわ」
「おいおい、俺にもわかるように専門用語なしで説明してくれよ?」
「わ、わかってるわよ! 二種類っていうのは儀式結界と個人結界ね」
不安そうなマイスに慌てたように答える。彼が何も言わなければ専門用語漬けの解説を聞かされていたかもしれない。
彼女の説明によると、儀式結界というのは魔力の込もった道具を利用して大規模な効果を発生させる魔法で、個人結界というのは人の魔力を利用してごく狭い範囲に効力を及ぼす魔法らしい。
結界内の効果は様々で、魔力を使えなくする、精霊を消す、外からの魔法を防ぐ、物理的な攻撃を防ぐ結界もある。当然魔力や道具で効果は大きく変わるそうだ。
「まあ、私の専門じゃないから完全に説明は出来ないけれど」
「十分だよ。最悪を想定したほうがいいかもしれないね」
長い説明をしてくれたシーリアに礼を言い、結論として俺はみんなにそう答えた。
必死に話に付いてきてややこしそうな魔法だな……と呟いていたマイスが、顔を上げて俺の方を向く。最悪という言葉に引っ掛かったらしい。
「最悪ってどういうこった?」
「あらゆる結界を扱える可能性があるってところかな?」
「うげ! そんなのどうすんだよ?」
嫌そうな顔をしているマイスに俺は頷く。俺の能力を考えると、同じ『呪い付き』であるサイラルの特殊能力もかなり高い可能性がある。だが、彼のレベルは15。
今の俺達よりは高いが高すぎるわけではない。俺は安心させれるようにマイスを見て笑った。
「ただ、完璧な能力じゃないと思う。もしそうなら仲間はいらない」
「そうね……私の方でも魔法の結界について調べておくわ。その上で考えた方がいいかもね。サイラルの対応を」
俺の答えにラキシスさんは頷き、そう纏めたラキシスさんにクルス以外の全員が頷く。シーリアは落ち着いて料理を食べているクルスを嫌そうに見て声を掛けた。
「クルス。貴女は考えないの?」
「話は聞いてる。魔法の知識がないから貴方達の結論通りに動く。ケイトの最悪を想定するというのには賛成。私が会った人は即死の怪我を短時間で治して逃げたから」
「嘘は……つかないわよね」
食べ終わったのか口を布で拭きながら、クルスは淡々と答える。
シーリアは彼女の答えを聞くと大きな溜息を吐いて首を横に振った。
クルスの話に誇張がないなら『呪い付き』が迫害されるのも無理はないかもしれない。
『呪い付き』の特殊能力は異常すぎる。そんな風に俺は思った。