第二十五話 友人達
ラキシスさんから宿として借りたマイスの部屋の扉をノックすると、中からヘインが入るように促してきた。俺達は頷きあって中に入り、宿から運んできた荷物を置く。
部屋の中ではマイスが目の下に隈を作り、むっつりと口を閉じてヘインの対面に座っていた。何時もの明るさは欠片もなく、相当悩んだのが想像できる。
「おかえり。ケイト、クルス」
「ヘイン。早速動いてくれてるみたいで悪いな」
村にいた頃よりも気難しそうになってしまったヘインは、ふぅ、と疲れたような溜息を吐いて苦々しい顔で首を横に降った。この四人が集まるのは本当に久しぶりなのに……雰囲気は重苦しい。
「構わない。ただ、あのエルフさんは僕は苦手だな。殺されるかと思った」
「そうか? 優しいと思うんだけど」
「……ケイトは騙されてる」
ヘインが何を言ってるんだという顔をし、クルスも理解しがたいといった感じに小さく呟く。何だかみんなまだ誤解をしているようだ。
「まあいい。確かに君には優しいんだろうし。マイスの話は後でするとして、まず僕から彼女と話し合ったことを報告しよう。大体は聞いたと思うが」
「ああ、ヘインの友人と協力するとかなんとか。領主の関係者なんだっけか」
ああ。とヘインは頷く。そんな相手と平然と付き合えるとは……子供の頃は普通に怖がりな部分もあったのだけれど。いつのまに精神的に強くなったのだろうか。
報告のこととは関係の無いことを考えながら、ヘインの方を見る。
「ああ。ラキシスさんはお前の名前を表に出さないことを協力の条件にした。僕はそれがケイトのためにも良いと思ったんだけど、ユーニティアが興味を持ってしまってね」
ヘインは苦笑する。二人の間に立って大変だったのかもしれない。ユーニティアさんとやらが、どんな人なのかはわからないが。この巨大な都市を管理しているカイラル家の一員だし、油断できない女性なのかも。
「お陰で笑顔で剣を突きつけ合うような、雰囲気だったよ。ユーニティアは君が『呪い付き』であることは知っているけど、能力は知らない。だから気にしてるのさ」
「カイラルには気をつけろ……か」
「違いないね。優秀な貴族というのは恐ろしいものだよ。僕はそんな彼女に嘘を吐いておいた」
「何故嘘を?」
後が怖いね。と、ヘインは笑う。そんなことをして大丈夫なのだろうか。
クルスは嘘を吐く理由がわからなかったのかヘインに質問した。
「研究者は隠されると知りたくなるからね。嘘の答えでも知っていれば納得するのさ」
「どんな嘘を」
「ケイトの能力は遠くを見る能力だって。多分、実際は違うだろ」
クルスが頷く。俺は彼とマイスにも自分の能力を説明をしようと思い、口を開こうと思ったが、制止されてしまう。
「俺とマイスは知らない方がいい。マイスは顔に出やすいし、僕はどんな手を使ってでも聞き出されてしまいそうだからね」
「そっか。今まで黙ってて……悪いな。本当に」
「いいさ。どうせ僕達は変わらないし。長い付き合いだからね」
ヘインは大したことないから深刻ぶるんじゃないと、立ち上がって俺を軽く殴った。俺はやれやれと苦笑して、ヘインの肩を一度だけ叩き、クルスと一緒に床に座った。
「それでマイスは……?」
さっきから俺達の話を黙って聞いていたマイスに顔を向ける。俺が来るまでヘインと話していたせいか、顔色は優れないものの落ち込んでいるといった雰囲気はない。
マイスを放って出かけるのも気が引けたのだが、一人で考えたいと言われたので問題が問題なこともあり、介入しにくかったのである。
「ああ、決めたぜ。ヘインから話を聞くまでは悩んだんだがな」
少し疲労が残る顔でマイスは明るく笑い、俺の肩を思いっきりバシバシと叩く。痛い……わざと思いっきり叩いているらしい。
「馬鹿野郎! 大事な話だけ俺を省いているんじゃねえよ。水臭すぎるぜ!」
「……もしかして全部話を聞いてしまったのか」
この話を聞けばマイスの選択は固まってしまう。恋人が待っているこいつを危険な目に合わせたくなかったというのに。だからわざわざ大事なとこは隠してたのに……。
「当たり前だ。お前はマイスを心配するがマイスが帰ればお前とクルスが危なくなる」
「全くだ。友人を見捨てて帰ったなんて、リイナと子供になんて言やいいんだ」
ふてくされたようにマイスがそっぽを向き、ヘインが苦笑いする。クルスは黙って俺達を見ているがあまり納得はしていなさそうだ。
彼女の父親のことを考えると仕方ないのかもしれないが。
「父親がいないのは大変」
「う……だが、決めたんだ! 帰るのは今回の件が解決したらってな」
クルスは睨んでマイスを見るが、彼は彼で引かずに睨み返す。こうなってしまったか……と、思わず苦笑する。今回の事件で俺達に差し迫った危険があることを知らなければ、安全に過ごせたはずなのに。
マイスは損な性格をしている。困った者を絶対に見過ごせない正義感を持っている。
それは素晴らしいことだとは思うが……俺がもし同じ立場の時、迷わず危険のある方を選ぶことができるだろうか。
「完全に巻き込んじゃったなぁ。しょうがないか」
「ああ。そうだそうだ。しょうがねぇ」
俺が諦めて笑うとマイスも同じように笑う。ヘインも苦々しく笑い、クルスは大馬鹿、と呟いて憮然とした顔で拗ねていた。
「大体半分以上はシーリアのせいなのに」
「まあまあ、そういうなってクルス。あいつも結構いい奴なんだぜ?」
そう、シーリアのことがなければ恐らく俺もここまで警戒しなかった。普通に迷宮へと潜り、多分マイスも俺達が心配なければ迷いつつも帰っていたかもしれない。
だけど、彼女に責任が完全にあるとはいえないし、責めるのは酷だろう。
ラキシスさんの娘でもあるし、何より仲間だ。見捨てられない……。
「てかよ。ケイトも俺と変わんねえじゃねえか。シーリアの為に命を賭けてよ。お前だって家族がいるのに俺だけ駄目ってのはねえぜ!」
「あ……そういやそうか。参ったなぁ」
「ケイト。女誑し」
マイスの言うとおりだ。俺も当たり前のように危険な道を選んでいた。俺は頭を掻いて苦笑いする。そんな俺を見てヘインはおかしそうに笑った。
「マイスの迷いも晴れて何よりだ。さて僕は……っと、危ない。忘れるところだった。これを渡しておかなければ」
そういって、ヘインは自分の鞄から袋に入った何かを俺に手渡す。袋の中には球体の何かが入っているようだ。クルスも興味深そうに袋を見る……これはなんだろう。
「何これ?」
「それはケイトの位置を確認するための道具だ。魔力石が加工されててね。対応する魔力石がある方向と距離を光の強弱で教えてくれる」
クルスとマイスが説明を聞いてもよくわからないといった風に首を傾げる。ようするに、発信機みたいなものかなと思う。問題はこの道具を俺に渡す意図だ。
「何故こんな物を?」
「ケイト達が狙われているなら、迷宮内でもお前を襲わないとは限らない。だから、雇った冒険者に警戒させるらしい。まぁこれはラキシスさんの発案だが」
「親馬鹿……だけど、ちょっとだけ見直した」
ふむ、と少しだけ考える。自分の能力があれば迷宮内でもおそらく逃げ切ることが可能だ。意味はない気がするが……ラキシスさんの好意を無にすることもない。
俺は頷いて彼からの道具を利用することに決めた。
道具を渡すとヘインは寮へと帰ろうとしたが、マイスは帰ろうとする彼の首根っこを掴んで止める。俺達もヘインも何事かとマイスを見たが、彼は笑って酒を飲む仕草をした。
「まあ待て。折角四人集まったんだ。飲もうぜ。ヘイン、お前はもう成人だろ」
マイスはヘインに片目を瞑って笑いかける。ヘインは驚いたような顔をしていたが、はぁ……と溜息を吐き、
「僕は酒で前に失敗したんだ。酒飲まなくていいなら付き合うよ」
諦めたように頷き、マイスと並んで歩いていった。