第二十四話 首飾り
一つ一つのアクセサリーを見ながら真剣に悩む。壊れたのと同じものが無いのは当然だが、出来れば今のクルスに一番似合うものを選びたい。本当にそう思う。
俺の記憶にあるクルスと今のクルスは少しだけイメージが違う気がするのだ。
あれでもない、これでもないと乱雑に置かれているかなりの数のアクセサリーをかきわけながら探す。クルスの方は安心したのか、ゼムドに解説をしてもらいながら楽しそうに置かれている色々な武器を手に取り、その感触を確かめていた。
「投げ武器?」
「こりゃ暗器といっての、相手の不意を討つ武器じゃ」
「そういうのはちょっと苦手」
クルスには飾りものより実用的な物の方がもしかするといいのかもしれない。彼女の嬉しそうな様子を見ながらそんなふうにも思った。
すっかり放置されてやれやれと溜息を吐きながらも、何と無く笑みが自然と浮かぶ。
小一時間くらいは探しただろうか、俺は一つのアクセサリーを見つけていた。
「これにしよう。どうかな」
小さな水色の珠を銀で掴むようにデザインされた首飾りを手に取り、クルスに見せる。今の好奇心溢れる彼女には、何だか地球を掴んでいるようなこれが似合うような気がしたのだ。
「似合う?」
「似合うのは間違いないよ」
ちょっと不安げな彼女に笑いかける。成長しても自分に自信を持てないのは相変わらずらしい。近くにいると、時折ドキッとさせられるくらい綺麗になっているのに。
「小僧。そいつは小銀貨二枚だ。剣……出来たぞ」
「有難う御座います」
クルスが首飾りを受け取っていろんな方向から飾りを眺めている時、奥の部屋から白髪のドワーフが剣を研ぎ終えて出てきた。彼は相変わらずの苦々しい顔で俺に剣を渡す。
「業物だな。久しぶりにいい仕事が出来た。大事にしろ」
「わかりました」
深々とクロムに頭を下げて礼を言い、剣を受け取って鞘から抜き、刀身を確認する。
「凄いね。まるで別の剣みたい」
「そうだね」
クルスが少しだけ驚いたような声を上げ、俺も頷く。ただ研いただけ。
自分でもいつもやっていることだ。だけど、これだけ出来が違う。まるで剣が生き返ったかのような……これがドワーフの技量か。
「はっはっはっ! クロムは我が神に愛されておるからの」
「ふん、神など知らぬわ」
笑うゼムドをクロムが睨みつける。
ゼムドはいかんいかんと慌てたように苦笑いして呟くと、俺達の方を見た。
「こやつの腕は優秀じゃが中々生かせなくての」
「いつか剣を作ってもらいたいですね」
心底からそう思う。彼の作る自分用の剣……戦う事が全てではないがどうしても惹かれてしまう。そんな魅力がただ研いただけの今の剣からも感じる。
「人間の鍛冶士も同じ条件だ。儂に不満はない」
クロムはゼムドに言葉少なく、それだけを言って黙り込んだ。
クルスも何か買うものがあったらしく、彼女がお金を支払うのを確認し俺達はクロムの工房を後にすることを彼に告げた。
クロムはいつでも来るがいいと不機嫌そうに言いながらもドアまで見送ってくれた。
クロムの工房でゼムドとも別れ、後の街の探索を二人で楽しんだ後、『雅な華亭』で宿の女将のエーデルさんに謝罪して宿の解約をさせてもらい、ラキシスさんの家に戻る頃には日が暮れかけていた。
街を歩くクルスは時折思い出したように、首飾りを何度も弄っていた。表情には出ていないけど、気に入ってくれたのかもしれない。
部屋に置いていた荷物をマイスの分まで担ぎながらラキシスさんの家に戻ると、客間でシーリアがぐったりと疲れた顔で椅子に座っていた。
そんなシーリアをラキシスさんが困った顔をして慰めているようだ。
「ただいま帰りました」
「あ、ケイト君。クルスちゃん。おかえりなさい」
どうかしましたか? と、シーリアの方に顔を向けるとラキシスさんはああ、と頷いて少しだけ苦笑いする。
「さっきまでケイト君のお友達と私の知り合いの女の子が遊びに来てくれていたの。ちょっとその子がシーリアは苦手だったみたいで。いい子なのに」
なんでかな? と小首を傾げながら困惑した顔を見せる。俺の友達はヘインとして、彼女の話の内容から察するにもう一人は……。
「もう一人は金髪の子でしたか?」
「あら、ケイト君もユーニティアちゃんのことを知っているの?」
「友人と仲がいいみたいなので。ラキシスさんは何故?」
恐らく学院での様子からシーリアは彼女とラキシスさんが知り合いであることは知らなかったはずだ。学院で彼女に捕まり、家に来てもずっと怒らせないように気を配っていたのだろう。
「仕事で良く彼女の家に行っていたの。ちょこちょこ歩いてて、名前呼んでくれて……昔から可愛いかったのよ? あ、今日は他人行儀だったわね。お友達がいたからかしら」
「なるほど。そういうことでしたか」
懐かしそうに、そして嬉しそうにラキシスさんは眼を細める。
彼女の話を聞いていると仲が良かったのかもしれない。となると、ユーニティアはシーリアのことを元々知ってそうだ。もしかすると……ううむ。
ぐったりしているシーリアに同情する。きっとからかわれたに違いない。
「ところで、ヘインは何か言っていましたか?」
「ええ。とりあえず情報は交換したわ。あちらにはあちらの狙いがあるとは思うのだけれど……カイラルの力を借りられるのは大きいわ。ケイト君のお友達も若いのに賢いわね」
本当に人間は面白い……と、ラキシスさんは小さく呟く。薄らと浮かぶ微笑みは好意的なように俺には感じた。
「どれくらいの組織なのかはまだわからないけど、私の身内を狙ったのが運の尽きね。少し泳がせて証拠を掴んで……一ヶ月以内にこの街から叩き出すわ」
「じゃあ、その間は注意しておきます」
シーリアを組織的に狙っていることに余程の怒りを感じているのか、静かだが力の込もった口調でラキシスさんはそう言い切った。
そして、彼女は俺を真っ直ぐに見つめる。
「ケイト君、一つ聞かせてもらってもいい?」
「なんでしょう」
「ケイト君の能力はどんなのなの?」
その質問を聞き、ぐったりとしていたシーリアが急に顔を上げてこちらを見る。
そのまま話そうとすると、それまで黙っていたクルスが俺の隣に立って手を広げて俺を静止し、シーリアをじっと見つめて静かな口調で口を開いた。
「貴女も聞くの?」
「……どういう意味よ」
シーリアが立ち上がって……一瞬だけ、クルスの胸元を見て驚いたような顔を見せ、彼女を睨む。だが、クルスは気にせずに続ける。
「ケイトの能力を聞いてまた態度を変えたら彼が悲しむ」
「貴女は知ってるの?」
「大体想像は付いているし、私はケイトを信じているから関係ない」
クルスとシーリアが睨み合う。シーリアも下がる気はなさそうだ。
彼女は昨日、友達だから関係ないと言っていた……信じて見よう。怖がられたらその時はその時、仕方がない。俺は俺の出来る事をやるだけだ。俺は変わらない。
「いいよクルス。一緒に聞いてもらう。心配してくれて有難う」
「ケイト……」
「クルスちゃん。うちの娘をあんまり虐めないで欲しいわ。怖がりなんだから」
クルスが不満そうな顔をし、ラキシスさんはくすくすと笑う。
「大丈夫。ケイトは自分を守ってくれる人だしね」
シーリアが自信あり気に笑ったのを見て、俺は頷く。
「俺の能力は、能力や技術、『呪い付き』の特殊技能まで数字で見られる能力です。有効範囲はこの家が五、六戸分くらいはあります」
クルスはなるほど、いつもどおりの無表情で頷き、ラキシスさんとシーリアは唖然とした表情をしていた。まあ、驚くのは当たり前……かな。
だけど、嫌悪の色は二人ともない。ただ、ラキシスさんは思ったよりも深刻な表情をしていた。
「ケイト君。その能力……絶対に口外しては駄目。クルスちゃんとシーリアもよ」
「危険ですか?」
「危険ね。特にカイラルには絶対伝わらないようにすること」
クルスもシーリアも神妙な顔で頷く。ただ、能力をみることの出来るだけの便利な能力だと思うのだけど、それ程危険なのだろうか。
「わかりました。気を付けます」
「ええ、お願いね。それじゃ……マイス君に会ってきなさい。貴方の友人が先に話しているはずだから。待っていると思うわ」
俺は自分の能力についてもう少し考えてみようと考えながら黙って頷くと、クルスに行こうと声を掛けてマイスの部屋へと向かった。