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第二十三話 理解



 神官用の白いローブを着たゼムドは髭を触りながら俺達を見比べ、ふむと一つ頷いた。

 いつもと違いこうしてちゃんと神官服を着ていると、不思議と着慣れているような雰囲気があり神官に見える。彼は笑いながら指で印を切った。



「これも運命か。お邪魔かと思うたが、お主らを見ておると今日はそうでもなさそうだしの」

「ゼムドは神殿に?」

「うむ。迷宮に入らぬ日は仕事をせねばな。さて、暇なら拙僧に付き合わぬか? なあに、損はさせぬよ。神の思し召しというやつじゃ。拙僧はこの辺りは詳しいからの」



 クルスと顔を見合わせると、彼女は頷いた。このまま妙な空気のまま二人だけで歩くのも少し辛い。俺は念のため探知の能力を発動させて、ゼムドの方を見て頷く。



「ゼムドありがとう。もう仕事は終わったのか?」

「うむ。幸いにの。それに迷える若者を導くのも立派な仕事じゃて」



 にぃっとゼムドが意味ありげな笑いを浮かべて俺を見る。もしかすると、俺達の間のきまずそうな空気に気づいていたのかもしれない。

 俺達はゼムドに案内されて職人街を歩く。狭い道も通っているが彼は道がしっかりわかっているようで迷う様子は無い。歩きながらクルスは自分からゼムドに話しかけていた。



「ゼムド。ドワーフってどんな種族?」

「興味があるのかの?」

「書物では読んだ。だけど、本人達に聞くのがわかりやすい」



 ゼムドはクルスの答えを聞くとほう、と感心したような声を上げて頷く。そして、困ったように俯いて考え込んでしばらく時間を空けてから答えた。



「いざ、自分達がどんな種族なのかを聞かれると難しいの。お主ら人間も人間とはどんな種族かと聞かれても困るのではないか?」

「ん……そうかも」

「ドワーフにもいろいろといるしの」



 話を聞きながらなるほどと俺も思う。書物には、頑固で融通が利かないが根気を必要とする仕事は得意としている……と書かれている。全てが全てそうではないのだろう。

 人間に色々な人がいるように、当たり前だがドワーフにも様々な者がいるということか。

 クルスも納得するように頷いている。



「まずはここじゃ」

「ん、料理屋?」

「はっはっは! 空腹だとろくなことを考えんからの」



 ゼムドにまず連れていかれたのは、西の外壁近くにある料理屋だった。味は確かに美味しかったが量がとにかく多く、俺とクルスは二人で一皿食べることになってしまった。

 彼自身は小さい体のどこに入るのかという勢いでおかわりまでしていたが。



 腹ごしらえを終えると、元々小食なクルスは二人で食べても多かったのかお腹を抑えていた。ただ、満足はしたようで表情は柔らかい。

 ゼムドはそんな様子をみて笑いながら、



「これから行く場所が本当にお主らを案内したい場所じゃ」



と、俺達告げ、先頭に立って職人街を歩いていた。


 どれくらい歩いただろうか。ゼムドは小さめの何かの工房らしき看板の掛かった家の前で足を止めると、ドンドン! と扉を強く叩く。どうやら目的地に着いたらしい。



「なんだ、ゼムドか。おいおい人間も一緒か?」

「うむ、世話になっておるもんでな」



 中から出てきたのは、白髪で皺だらけの年老いたドワーフだった。老人であることはわかるが眼光は鋭く、弱々しい雰囲気は全くない。体付きもゼムドのように頑健そうだ。



「まぁいい。入れ」



 促されて中に入る。工房の中は鉄の臭いや木の臭い、物を燃やした臭いなどが混ざり合った独特の匂いが立ち込めていて、この建物の中で長い間それらが使われていた事を思わせられる。

 白髪の老人の工房には剣や槍などの武具を始め、生活道具、アクセサリー、玩具から芸術作品らしきものまで乱雑に置かれている。


 値札などは付いていない。売ることを考えていないのだろうか。俺もクルスもそんな不思議な空間をゼムドの後ろについてキョロキョロと見回しながら歩いていた。

 老人は人数分の椅子を用意すると座るように勧める。



「ゼムド。お前が人間を紹介するとは珍しいな」

「何、神の導きでしてな。見所もある」

「ふむ……。若いが剣の腕は立ちそうだな。特にそっちの娘は」



 低いが良く通る声で白髪のドワーフはそう話しながら、俺とクルスを値踏みするように見る。外見からそういうことがわかるのだろうか。



「儂はクロムだ。見てのとおり色々な物を作っている」

「私はクルス。よろしく」



 難しい顔をしたままクロムが自己紹介をし、俺達もそれぞれ自己紹介をした。それ以上彼に話す様子が無かったので俺の方から彼に話し掛ける。



「武器を見させて頂いてもよろしいでしょうか」

「構わん。買うものがあれば儂に言え。値段を教える」



 俺は頷くと籠に入れられている剣を一本ずつ抜いて確認していく。どれも切れ味は良さそうだが……違和感を感じる。一度剣を置き、母親から貰った自分の剣を抜く。


 自分の剣を見て、その違和感になんとなく気付いた。ただ、指摘するかを迷う。それに気づいたのか白髪のドワーフ、クロムはじろりとこちらを睨んだ。



「小僧。言いたいことがあるならはっきりと言え」

「この剣は量産品ですか?」

「ほう……若いのに目が利くようだな」



 クロムがその強ばった皺の顔を俺達が来てから初めて緩めた。笑っているのだろうか。白い髭で口元が完全に隠れているため、表情は読みにくい。

 疑問を感じたのかクルスがクロムに不思議そうな顔を見せた。彼女もなんだか昔より好奇心が旺盛になっている気がする。



「どういうこと?」

「つまり、売り物の剣の品質と値段は鍛冶ギルドが決めているということじゃよ」



 むっつり黙ったクロムではなく、ゼムドが彼の代わりに答えた。クルスはまだ不思議そうにしている。納得いかなかったのかもしれない。

 クロムがクルスの顔を一度見て、俺の方に向きなおす。



「小僧、わかるか?」

「安定した品質の供給と価格の暴落を防ぐため」

「ふん、建前はそうだな。剣を貸せ、正解の褒美に研いでやる」



 後は一部の腕のある職人の独占を防ぐため、というのもあるのだろう。彼も腕を中々震えずにいる一人なのかもしれない。俺は礼を言って剣を渡すと彼に頭を下げた。

 彼が奥に下がってからゼムドは俺を見て笑った。



「気に入られたようじゃの。珍しいわい」

「そうなのですか?」

「人間を嫌っておるでな。だが、ギルドに入らなければ鍛冶が出来ん。素材も買えんしの」



 苦い顔でクロムが消えた方をゼムドは見る。クルスは先程の話を整理しているのか、しばらく目を閉じていた。そして、ゼムドの方を向く。



「クロムは全力で好きな剣を作れないということ?」

「中々難しいの。方法はあるのじゃが」

「俺達が稼いで一から全部作ってもらえば出来るかもね」



 なるほど、とクルスは頷いて立ち上がりクロムが作った一つ一つの作品を見せてもらい始めた。俺も彼女に並んで売り物を見る。

 一つ一つの道具に量産品でありながらも、どこかこだわりが見られるのは彼の職人としての意地なのかもしれない。


 そんなことを考えながらアクセサリーを見ていると、クルスがこちらをじっと見ているのに気が付いた。今日の朝からそうだが、何か欲しいのだろうか。



「欲しいのがあったら買おうか? ……あたっ!」

「この馬鹿者がっ! そういうときは黙ってお主が選んでやらんか!」



 クルスにそう聞こうとすると、バシィッ! と、店中に響くくらい思いっきり尻を叩かれた。正直痛い。いつも穏やかなゼムドが何故か怒っていた。



「全く。何でそんなとこだけ鈍いんじゃ」

「いや、ゼムド。これには事情があるんだ」

「言い訳は見苦しいぞ。ケイト殿」



 詰め寄るゼムドを説得する方法が思い浮かばず、あたふたしているとクルスが割って入って引き離してくれた。が、彼女も思いつめたような表情で俺をじっ……と見る。



「事情って何。あの女の方が……いいから?」

「え、あ、迷惑なのかなって。前に上げたのも付けてないし……」



 言いながら胸が痛み、ふぅ……と、溜息を吐く。クルスはきょとんとして、俺を見ていたが少しずつ申し訳なさそうな、泣きそうな顔になり、



「あれは戦った時に壊された……ごめんなさい」



 話に聞いた傭兵の隊長と戦った時か。戦うときも肌身離さず付けていて……そういうことか。彼女をある意味疑っていたことに恥ずかしくなり、頭が痛くなる。



「ごめん、クルス」

「ううん。私も言えなかったから」



 クルスは微笑んで首を横に振った。ゼムドは笑いながらこちらを見る。



「一件落着かの。深い付き合いでも話さねばわからぬことはある。誤解が解けるまで、しっかり話すことも時には大切なことじゃて」

「ケイトなら何でもわかると思ってた」



 真顔でゼムドにそう返したクルスに苦笑しながら、俺はゼムドに頭を下げた。

 俺も話さなくてもわかりあえると思い違いしていたようだ。俺とクルスは違う人間なのだから当然理解し合うにはお互いを理解する努力をしないといけないのに。



「買い被られてるな。ゼムド……有難う」

「なあに、拙僧は何か上げれば仲も直るかと思っただけじゃからな。お互いを理解するにはぶつかることも必要じゃがお主らは喧嘩はしそうにないしの」



 なかなかよく人を見てるのは流石神官というべきなのだろうか。俺はクルスの背中を叩き、またアクセサリーの置かれている方に行くと、彼女に似合いそうなアクセサリーを探し始めた。





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