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第二十一話 包囲




 翌日の早朝、ゼムドにはマイスが結論を出したら今後どうするかを彼が寝床にしている神殿に伝えると説明した。今の状況ではとても迷宮には潜れない。

 ゼムドは悩むのも仕方がないと頷き、



「これも運命じゃな。神は老人には慈悲を……若者には試練を与えるからの」



 神への祈りを捧げた後、そう笑って住処にしている神殿へと帰っていった。

 この世界の神は信じる者に具体的な力を貸し与えてくれる。概念ではなく、存在する神というのはどのような存在なのだろうか……。


 俺のように別の世界で死んだ人間が、この世界で新たに生きていることも神が与えた試練なのだとしたら……礼を言うべきなのか、恨みを言うべきなのか迷うところだ。

 不当な扱いを受けている者は間違いなく神を恨むのでは無いだろうか。


 俺は去っていくゼムドの背中を見ながら、彼には悪いけど神を無条件に信じることは自分には出来そうにないなと、そんな風に考えていた。



 ゼムドを見送った後、客間に戻るとシーリアがいつもの学院の制服を着て昨日のままで放置されているテーブルを片付けていた。酔っていない自分がやっておけば良かったのに……と、自分の気の利かなさに苦笑する。



「シーリア。おはよう。ごめん、一人で片付けさせちゃって」

「へっ! あ、お、おはよう! きょ、今日はいい天気よね!」



 焦ったように慌てているシーリアの言葉を聞いてそうだっけ……と、思わず窓から外を見る。今日は曇り空だ。彼女は髪も肌も白いし、色素が薄いから今日のような天気がいいのだろうか。

 ないな……昨日の話を気にしてるに違いない。尻尾がぱたぱた揺れてるので怖がられているわけではなさそうなのが救いかな。



「手伝うよ。これから暫く泊めてもらうことになるし、片付ける場所を教えて」

「あ、いいのに……ありがとう」



 シーリアはコップや皿を洗い場まで持っていくと、狼の刺繍をしたエプロンを付けて桶に用意した水を使って洗い始める。俺もシーリアを見ながら真似て洗う。

 料理は出来ないみたいだけど、シーリアはこういった洗い物は慣れているようだった。機嫌よさそうに鼻歌を歌いながらやっている所をみると好きなのかもしれない。



「シーリアは手際がいいね」

「ラキシス様に養ってもらってるし、これくらいしないとね。料理も本当は自分で作りたいんだけど教えてもらう相手がいないの。ほら、ラキシス様も出来ないし……ばれてるよね?」



 昨日の様子を思い出しているのか乾いた笑いを浮かべているシーリアに頷く。

 クルスが料理出来るというのは驚いたが、彼女の場合は近くに料理上手な俺の姉がいる。クルスと姉は仲が良いし、教えてもらったに違いない。


 こうして話していてシーリアの様子が普段通りになって……いや、普段より柔らかい感じに接してくれていることに気付き、俺は自分で考えていた以上に安心していた。

 どんな眼で見られても自分は平気だと思っていても怖かったのだろうか。



「クルスが出来るみたいだし、教えてもらえばどうかな?」

「絶対嫌! ケイトには悪いけどなんか腹立つの」



 予想通りの答え。シーリアは犬歯を見せて嫌そうな顔をしながら即答した。まあ、一緒に過ごせばそのうち仲も良くなるかもしれない。

 あまりしつこくは言わずに洗い物を続けていると、あっ……と、シーリアが声を上げてこちらを向いた。



「そういや、ケイト。今日はどうするの? 私は学院に行くけど」

「マイスがあの調子だからなぁ……そうだ、悪いけど俺も学院に行きたいんだ」



 丁度いいかもしれない……学院にはヘインがいる。

 『呪い付き』について調べてもらえるか頼んでみたい。それにクルスもカイラルに来たばかりだし、久々に会わせたい。

 シーリアはヘイン……というより、彼の近くにいる貴族が余程苦手なのか、う~と唸りながら耳をぺたんと寝かせていたが、頷いてくれた。



「ありがとう。洗い物が終わったらクルスを起こすから、ちょっと待って」

「そっか……あの子も同郷なんだよね。そういうのいいなぁ」



 ふぅ……と溜息を吐く。シーリアは獣人でエルフであるラキシスさんの養子になっていることから、事情が何かあるのは容易に想像が出来る。

 迂闊に踏み込めないし、同情するのは侮辱だろう。なら……と、自分に出来そうなことを必死に考える。



「時間があるならさ。シーリアをちゃんとヘインに紹介したいんだ。友人だって。駄目かな? まあ、シーリアも前に言ってたけど……何かと問題はある奴だけど」

「え? でも……邪魔にならない?」



 身分に囚われない発言をヘインはしているため、シーリアはヘインを避けていた。だけど、だからこそ上手くやればシーリアとヘインも仲良く出来るかもしれない。少しでも仲間と呼べる人が彼女に増えれば……と思う。


 シーリアは貴族を相手にすることでラキシスさんに迷惑が掛かることを恐れているけど、あの人なら大丈夫だろう……多分……一応後で確認は取ろう……。



「ならないならない。友人を紹介しない方が怒られるよ」

「うん……そういうことならいいわよ」



 シーリアは暫く悩んでいたが、笑って頷いてくれた。



 洗い物を済ませて、部屋の掃除が終わる頃にはクルスも起きて着替えていた。ラキシスさんはお酒が入ると次の日は昼まで起きないらしく眠っているが、クルスに学院にいるヘインに会いに行くことを説明し、書置きを置いて三人で家を出ることにした。


 前と同じようにヘインが住んでいる女子寮まで歩き、シーリアに呼び出してもらう。

 俺とクルスは前にヘインと話し込んだ人気の少ない芝生のある場所で座って、ヘインを待つ。クルスはヘインが女子寮に住んでいることを聞いて不思議そうにしていたが、事情を聞くと不器用なヘインらしいと頷いていた。


 暫く待っているとヘインと疲れ果てた顔をしたシーリアがこちらに小走りで近付いてきた。

 ヘインはこちらを見つけると笑顔で手を上げる。元気そうだ。



「ケイト。久しぶりだな。クルス……驚いたよ。見違えたな」

「ヘインも……背が伸びた。それに服のせいで頭が良さそうに見える……久しぶり」

「服じゃなくて研究者っぽい雰囲気……とかの方が嬉しいんだがね。よく来たな」



 クルスが微笑んでヘインと握手をし、俺の隣に座る。シーリアもふらふらと反対の隣に座った。なんで彼女はこんなに疲れた様子なのだろうか。

 困惑してヘインを見ると、彼は苦笑して教えてくれた。



「すまない。俺の仕事の付き合いのある……前に話した……ユーニティアに絡まれたんだ。少し話したら納得して解放してくれたんだが。それで、そちらの白い狼の獣人は……」

「シーリア・ゲイルスタッド。よろしく。ケイトの仲間なの」

「ケイトから聞いていると思うけど僕は薬草学部のヘイン・クサナギ。よろしく」



 ヘインはシーリアに頭を下げた後、何事かを暫く顎を指で触りながら俺達を見て眉をひそめて悩んでいたが、まぁ、いいかと呟いて笑う。



「クルスも来たんだな。これで全員村から出てしまったか」

「わからない。マイスは帰るかも」



 クルスが短くそう返し、俺がヘインに事情を詳しく説明する。

 彼は右手で頭を抱えてなんともいえない笑みを浮かべていたが、しばらくして立ち直ると抑揚のない乾いた笑い声を上げた。気持ちは物凄くわかる。



「今日あいつがいないのは……そういうことか。参ったな」

「ああ、今頃悩んでると思う。俺も何いえばわからない」

「僕が後で行くよ。あいつと話もしたいし」



 年下の俺やクルスよりも、こういう話は同年代のヘインの方が確かに頼りになるかもしれない。

 俺は彼に頼むことにして本題を切り出すことにした。



「ヘインに頼みがあるんだけど……いいかな?」

「物によるな。出来ることならやるけれど」

「『呪い付き』に関することを調べて欲しいんだ」



 俺がそう告げると、ヘインは押し黙って真剣な表情で俺を見た。そして、考え込むように俯いた後、シーリアに警戒しているような視線を向ける。獣人だから偏見で……というのはヘインの性格では無い。となると……。



「その話をして、ここに彼女がいる。信用できるということか?」

「信用できるよ。友人なんだ」



 答えを聞くとヘインは一瞬ぽかんとした後、笑いだした。何か可笑しかっただろうか。



「いや、すまない。クルスも彼女も苦労しそうだな……まあいい。シーリアさん、無用の警戒だった。謝罪する……ケイトを危険にしたくなかったんだ」

「え、じゃあ……貴方は知ってたの?」

「当然だよ。僕と君も会った貴族のユーニティアも一度君たち異種族、そして『呪い付き』の事件に巻き込まれたんだから。ケイトが来る大分前にね」



 胡座をかいて座りながら、なんでもないことのようにヘインが言う。

 俺は驚くよりも納得した。シーリアを警戒し、ヘインがホルスに疑念を抱いた理由……その事件が関わっているからか。

 そして、過去に俺と付き合いの深いヘインは俺も『呪い付き』だと気付いた。


 それなら事件に関係しているカイル兄さんやホルスも間違いなく気付いている。だから気を付けろと……そういうこと……か。



「さすがヘインだなあ。で、ヘインは俺が怖いか?」



 『呪い付き』だと知ったヘインは自分をどう思うのか。俺は彼に問いかける……が、



「おいおい、ケイト。わかりきったことを聞くなよ。僕を馬鹿にしに来たのか?」



 そう馬鹿にするように笑う。俺もヘインの返答は想像が付いていたので何も言わずに笑って返した。クルスもうんうんと頷いている。シーリアはばつが悪そうだったが、彼女にもヘインが信用できるとわかってもらえたのではないだろうか。



 ヘインから彼が巻き込まれた事件に付いて詳しく話を聞くと、発端は学院から人が消えるという噂を調べ始めたことだったらしい。

 彼は全部は話せないと謝りつつ、苦虫を噛み殺したような表情で話す。



「僕は色々な人の力を借りて、真実まで後一歩まで迫ったんだ。だが……僕が不甲斐ないばかりにホルス達の介入を許してしまった。証拠は無い。だけど、彼らが介入するタイミングが良すぎた……命を助けられたのは感謝しているけど……」



 ヘインは悔しそうに呟く。原因まで解決できる情報を掴んでいた彼を出し抜いた二人に命を助けられたことを感謝しつつも、そのせいで完全に解決出来なかったことを悔やんでいるようだった。



「実はケイトには僕から会いにいこうとも思っていたんだ」

「……まさか、何かあった?」



 ヘインは両手で自分の膝を強く掴み、難しい顔で頷く。



「事件が解決してからおかしな失踪は無くなったんだけど……最近、またそれらしい事件が起こってる。手口と消える対象が同じだ」

「そういうことか……」

「ケイトも狙われるかもしれない。早く街を出た方がいい」



 そうヘインが心配そうな顔をして締めくくる……本当に有り難い友人だと思う。

 クルスは黙ってヘインをじっと見て、シーリアはヘインの言葉に驚いていた。



「ヘイン有難う。悪いけどそういうわけにはいかない」

「何故だ?」

「犯人の目星は大体ついている。ヘイン、それも調べられるか?」



 ふむ……と、ヘインは黙って考え込んだ。時間を掛けて……顔を上げる。

 彼の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。



「犯人がわかってるなら話は早いね。やつらに借りが返せそうだよ」

「ラキシスさんにも頼んでいるから、協力して欲しい」

「わかった。僕に任せておけ」



 自信を持ってヘインは大きく頷くと、今度はシーリアの方を向く。



「シーリアさん。こいつは他人や周りのことは良く見えるが、自分のことは見えないから心配なんだ。助けてやって欲しい」

「え、あ、うん。と、当然よ! 私がケイトを守るわ」



 シーリアが立ち上がって力強く力説する。

 物凄く恥ずかしいんだけど……昨日の夜に聞いていた彼女もこんな気分だったのか。朝、変な反応だったのも恥ずかしい台詞を聞いて、反応に困ったからか。これはまずい。



「くくっ、本当に分かり易い……いや、心強いな。な? クルス」

「ヘイン……後で覚悟しとくといい」



 ヘインはからかうようにクルスを見て……クルスは殺気を放ちながらヘインを睨み返していた。






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