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第二十話 クルスの話 後編



 部屋が静まり返り、重い空気が流れている。

 とはいえ、当事者である自分は大事だとは思っていない。自分への認識は昔の記憶と便利な能力を持った一般人くらいにしか思っていないからだ。


 そもそも、『呪い付き』を知らない……いや、聞かされなかった俺を含めて、マイスやクルスはだから何? と不思議そうにしているくらいで特に反応はない。

 全員が静まり返ってしまったのに耐え切れなくなったのはマイスだった。マイスは変わってしまった空気に引きつった笑みを浮かべながら声を上げる。



「お、おいおい、どうしたってんだよ。みんな黙ってしまってよ」

「だって……『呪い付き』だなんて、ケイトがそんなわけ……」



 シーリアが強ばった表情で呟く。否定したがっているような……恐れているような……そんな感情が表情に出ている。彼女の反応が普通……なのだと俺は思った。

 だが不思議と怒りや残念といった気持ちは湧いてこない。人間以外の種族が人間から向けられる視線がこういうものなのかもしれない……そう思うからだろうか。

 彼女を責める気にはならなかった。


 今にして思えば薬師のジンさんが俺に気をつけるようにいったのも、隠すためだったのかもしれない。村の大人達は技術を教えるだけでなく、俺をそういった視線から守ってくれたのだろう。俺が自分の身を自分で守れるまで……。


 そう感謝しながら考えると、俺を鍛えてくれた大人達の照れくさそうな顔が思い浮かんで心が暖かくなる。シーリアに恨みの感情を覚えないのも自分が幸せだったからかもしれない。


 だが、確認はしておかなければならない。俺はラキシスさんの方を向いた。



「ラキシスさん。『呪い付き』という言葉は俺達はよく知らないのですが、特殊な能力と不思議な知識を持っている……という認識でいいんでしょうか」

「そうね。子供の頃に急に症状……変化というべきかしら。変わってしまうの。大抵は狂ってしまってすぐに……不思議な能力で被害を起こす災害みたいな扱いね」

「災害か……」



 昔のクルスを思い出す。クルスも……俺と同じだろう。そして、彼女は悪夢と必死に戦っていた……そして勝った。負けていたら災害のような扱いになっていたのだろうか。

 俺はそもそも狂う要素がなかった。この差はなんだろう。



「それならまだいいの。厄介なのは後天的に狂った場合よ」

「……どういうこと?」

「子供の頃は自分を隠していて……大人になったら暴発する感じかしら。不当な扱いを受けることが多いから恨みを抱えてしまうのかもしれないわね」



 なるほど。俺のように初めは狂っていなくても……理不尽な扱いを受け続ければどうか。なまじ、昔の知識があるだけに復讐心を持つということはありえる。

 俺は頷きながら、ラキシスさんの話を聴き続ける。



「その場合は私達に討伐の仕事としてくることがあるわ……手強い敵としてね。私もケイト君の母親……マリアも戦ったわよ。だから育てるって聞いたとき本当に驚いたわ」



 そこまで話してラキシスさんは一度、果実酒の入ったコップに一口だけ口を付けた。

 マイスは説明に納得いかないらしく、腕を組みながらしきりに首を傾げる。



「わっかんねえなあ。なんでそんなに恐れられてんだ?」

「……私にもわからない。何百年、何千年と言い伝えられる中でそうなったのかもね。だけど、多くの国で同じように呼ばれているのは確実……エルフの長老でも知っているかどうか」



 ことっ……と小さな音を立ててラキシスさんがテーブルに手を下ろす。むぅ……と唸りながら黙ってしまったマイスに変わって声を上げたのはクルスだ。彼女は話を聞いても冷静で、顔色一つ変えていない。

 クルスらしいな……と思わず笑みが浮かぶ。



「ラキシス。そんなどうでもいいことより……ケイトはまだ狙われる?」

「ど、どうでもいい?」



 驚いたのはラキシスさんではなくシーリアだ。耳をピンと立てて、クルスの方を向こうとして……間にいる俺の顔を見る。そして、気まずそうな泣きそうな顔で下を向いた。

 気にしなくてもいいのに……と、年上に対して失礼なのを承知で、微笑んでぽんぽんと軽く頭を叩く。


 ラキシスさんはそんな俺をじっと見ながらクルスに答えた。



「すぐには無いと思う。今、ケイト君を狙うのはリスクが高すぎるし……それに……」

「多分、同じような人を大勢狙った……その中の一人……だからかな?」

「そう。ケイト君だけが特別なわけじゃない。手紙を貰ってからすぐに裏を取ったんだけど、似た事件は結構あるみたいでね。驚いたわ……本当に」



 はぁ……と、ラキシスさんが疲れたように溜息を吐く。そして、クルスがこちらを向いた……今後どうするかを決めろということかな。俺はクルスに頷く。



「もうしばらくカイラルで経験を積む……クルス。宿を決めたばかりで悪いけれど……ラキシスさんの家に泊めてもらおうと思う。いいですか?」

「もちろんいいわよ。大歓迎。賑やかになるわね」



 ラキシスさんは微笑んで頷いてくれた。ゼムドは大好きなはずの酒に手を付けず、難しい顔をしながら目を瞑って考え込んでいるようだったが、彼の方を向くと重そうに顔を上げて俺を見返した。



「そうさな……拙僧は遠慮させて頂こう。そして、今日聞いたことは忘れる。拙僧には重すぎるわい。これまで通りの関係とさせてもらおう」



 長いため息を吐いてゼムドは弱々しく諦めたように苦笑いした。ゼムドが組織の仲間に話せば……俺は恐らく狙われる。その上で俺はまだ街に残ると言った。

 ゼムドを信用するということだ……おそらく彼はそうとってくれたと思う。

 彼の結論は誰にも言わない……そういうことだろう。



「わかった。シーリアは……どうする?」



 俺はシーリアを見る。さっきの調子だと今まで通りというわけにはいかないかもしれない……そう思ったのだが……意外としっかりした表情で……何故か俺の頬を思いっきり引っ張っ……痛たたた!



「馬鹿にしないで! えっと……ケイトはそ、そう……友達だから何でも関係ないわ!」

「大嘘」



 真っ赤になりながらさっきの仕返しよっ! と顔をシーリアは顔を背け、俺の隣のクルスが不機嫌そうにぼそっと呟く。本当に相性が悪そうだ……この二人。

 この話題は早めに変えたほうがいい……そう判断し、マイスを見て声を掛けようとしたが……先に、あっ! と気が付いたのか大声を上げた。



「そうだ! クルス。俺がすぐに村に帰るってどういうことだよ」

「忘れてた」

「忘れんなよ。で、何なんだ?」



 クルスは大事なことなのに……と、独り言のように小さく呟き、マイスを見てゆっくりと……そして、はっきりと告げた。



「リイナに子供が出来たから。マイスの」

「………………は?」



 声を上げたのはマイスだけじゃない。クルス以外の全員だ。

 俺も耳を疑った。声も出ない。ゼムドも、ラキシスさんすらも口を半開きにして呆気に取られている。暫く沈黙の時が流れ……。



「わ、悪い。もう一回言ってくれないか?」

「リイナに子供出来た。マイスの」



 しーん……と、空気が凍る。そして、すぐに爆発した。



「ええええええええええええええええええええええええっ!」

「ちょっと……え……え?」



 マイスが立ち上がって叫び、俺もわけがわからず困惑する。ラキシスさんやシーリアも慌てるような声を出して混乱し、ゼムドはぽかんとしていた。

 そんな中、クルスは一人冷静に果実水を気に入ったのか幸せそうに飲んでいる。


 クルスには驚かされたことがたくさんあるが今日のが間違いなく一番だ。



「リイナの手紙には書いてなかったぞ! そんなことっ!」

「彼女は言わないでって言ってた」



 どんどんテーブルを叩くマイスにクルスは静かに返す。まあ、当事者のマイスが冷静になれないのは当たり前だろう。俺も混乱しているんだから。



「私は絶対って返事した」

「じゃあ何で今?」



 クルスは約束を破らない。俺は不思議に思ってクルスに聞いた。

彼女は、んっ? とコップを置いて俺の方を見ると、悪戯っぽく微笑む。



「リイナのために絶対に伝える……そういう意味の絶対」

「そ、そう……」

「子供の頃の私にするわけにはいかない」



 俺はおかしな顔で固まっているマイスを見た。彼には悪いが、ちょっと同情するような感じになってしまっているかもしれない。めでたいし喜ぶことなんだろうけど。

 クルスの言うとおり、確かに迷宮には危険がある……マイスに何かあれば……。



 結局、マイスは考えさせてくれと用意してもらった部屋に戻って行った。他の皆も用意された部屋にそれぞれ案内されて行く。


 俺だけは話があるらしくラキシスさんに呼び止められて彼女の部屋に案内された。


 ラキシスさんの部屋は専門書らしき本から流行りの恋愛物まで様々な本が床に雑然と積み上げられていて、本の隙間に机とベッドがある……そんな足の踏み場にも困る部屋だった。

 これで片付けた形跡があるのがなんとも言えない。


 机には書類が山盛りになっており……宿にさせてもらうし掃除しよう。うん、絶対に。


 ラキシスさんはベッドに腰掛け、隣か机の椅子に座るように促す。俺は机の椅子を借りて彼女の正面に座った。



「ごめんね。汚い部屋で」

「え、あ……そうですね」

「そこは嘘でもそんなことないって言うのがマナーじゃないかしら」



 咎めるような口調だがラキシスさんは静かに微笑んでいた。俺は昔会った時以来の二人きりの状況に緊張して心臓がバクバクと大きな音をたてている。


 部屋のランプの光を反射して輝く金色の髪も、冷たさを感じさせるエメラルドグリーンの瞳も、人形のような……完璧なまでに整った容姿は、十年近く前から一切変わっていない。時が止まっているかのように……記憶にあるあの時のままだ。


 そして、この先も変わらないのだろう。



「ごめんね。呼び出して……聞きたいことがあるの」

「何かありました?」

「ええ、どうして街を出ることを選択しなかったのか。他の街にいけばケイト君の足取りを掴むのは簡単なことじゃないわ。旅の間にお金を稼ぐ力は既にあるでしょう」



 笑みを消して心配そうな表情でラキシスさんがじっと見る。

 不自然さに気付かれてしまったらしい。流石というべきなのか……いや、シーリアのためだろう。俺の危険にシーリアが巻き込まれるのを警戒しているのかもしれない。


 俺は頭をかいて苦笑いし、少しだけ考えた後に応えた。



「サイラルという名前に聞き覚えは?」

「確かシーリアが言ってたわね。でも変な男に付きまとわれるのは冒険をやってれば普通よ? それくらいあしらい方を覚えて何とかしなきゃ」

「普通ならそうです」



 そう、普通ならそうだ。ラキシスさんではなく自分が話を聞いてもそう思うかもしれない。今日、クルスから話を聞くまでは危険と思っていても甘く見ていた。



「サイラルという男は『呪い付き』です。そして何かの組織の一員として動いています」

「『呪い付き』なのを判別出来る……それがケイト君の能力なのね。それが事実なら、ケイト君を襲った者と関連があるかもしれない……でも、そうなら余計に残ると危険じゃないかしら」



 確かめるように聞くラキシスさんに俺は頷く。



「彼はシーリアに執着を持っています。自分がこの街から去る場合、シーリアは残ると思います。そうなれば、彼女は危険になる」

「その話を聞いて、私がその男を……生かして置くとでも?」



 ラキシスさんが当たり前のことを言うかの如く、そう静かに宣言して微笑む。彼女が本気で動けば……サイラルがどんな能力を持っていようが勝つ事は不可能だろう。

 彼の能力『結界』も伝えて置けばどんなものであれ、いろんな対処を考えることもできる。



「証拠が無いとラキシスさんの立場が悪くなります。サイラルが違法行為をしていれば、捕まえられますから……ラキシスさんにそれを掴んで欲しい。その間は……」



 一拍置き、俺は決意を込めてラキシスさんを見つめる。



「俺がシーリアを守ります」

「なるほど……そういうこと」

「彼女との約束なので。旅に出るのは安全を確保して……それからです」



 ラキシスさんはちらっとドアの方を見るとゆっくりと立ち上がる。

 そして俺の肩に手を置き、驚く俺にその氷のように冷たく見える端正な顔を……彼女の絹糸のような金色の髪が顔に掛かるくらいのところまで近づけた。


 間近で見つめられ、困惑と……飲んだ果実酒の香りだろうか……甘い香りで頭が蕩けそうになる。ラキシスさんはそんな距離で何故か苦笑いしながら……平坦な……そして大きめの声で言った。わざとらしく。



「本当に……ちゃんと男の子に成長したわね……あの子達には勿体無いわ。私が……もらっちゃおうかしらね。唇も身体も……心も……」

「え?」



 困惑したのも束の間、バシンッ! と大きな音を立てて部屋のドアが開いた。驚いてそちらを見ると、ラキシスさんを睨んでいるクルスと……顔を真っ赤にして座り込んでいるシーリアがいた。



「発情エルフ。ケイトから離れて」

「あらあら。クルスちゃん恋愛は自由よ……盗み聞きは良くないわね」



 少しだけ顔を赤くしたラキシスさんはぽすんとベッドに座り直し、クルスの方に楽しそうな顔で振り向いた。ぐっとクルスが言葉に詰まる。



「説明はいらないわね。私が調べている間、警戒されないようにいつも通りにしておきなさい。調査の進み具合は報告するわ……注意はするけど……自分の身は自分で守りなさい」

「言われなくても」



 クルスが不機嫌そうに応え、俺も頷く。前に街で会った時からずっと迷宮に潜ったお陰であの時より強さの差は無くなっているはず。

 迷宮に潜って少しずつでも向こうより強くなれば……危険さも大分ましになるかもしれない。


 ただ、この話はマイスには……出来ない。話をすればあいつは絶対に残るというだろう。クルスの話を聞いた以上……どうすればいいのか。俺は迷い、深く悩んでいた。






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