第十九話 クルスの話 前編
探索を終えたのが早い時間だったため、日が暮れるまで時間もあるし準備をしようということで俺達は一度解散することにした。
話をする前にやらなければならないこともある。
クルスの宿を決めなくてはいけない……歩きながらラキシスさんの家で部屋を借りれば……と提案したのだが、宿に慣れないと駄目と却下されてしまった。
女性同士だし悪くないと思ったが自分が同じ理由で断っている以上、強く言うことは出来ない。すると選択肢は自分達が利用している『雅な華亭』だけになる。一緒の宿の方が何かと便利でもあるからだ。
ゼムドは自分の宗派の神殿に間借りしているらしいし、彼の事情を考えるとクルスを預けるわけにはいかない。
「一部屋空いてて良かった。エーデルおばさん、頼んでた奴は?」
「ああ、出来てるよ。箱は持って帰ってきておくれ」
「ありがと」
別の宿に置かせて貰っていたクルスの荷物を引き取り、『雅な華亭』に取れたクルスの部屋に荷物を置くと、俺はエーデルおばさんに頼んで置いたものを受け取った。
今日の夜の集まりでは俺の予想では……必要になるものだ。
「おい、ケイト。何で酒と料理を持って行くんだ? ラキシスさんが手料理作ってくれるらしいじゃねえか。手ぶらでいいんじゃね?」
酒の入った陶器の入れ物を両手に持ちながらマイスが不満そうな顔をする。重いからだろう。
俺は料理の入った箱を同じく両手で持ちながら笑った。
「俺の勘だよ。マイスは後で俺に感謝すると思うね」
「折角なんだしよ。美人の手料理でいいじゃねえか」
そうマイスが悪態を吐いたが、軽目の料理を持っているクルスは彼を睨む。
「料理に美人かどうかは関係ない。絶対にリイナの方が腕は上」
「う……そうはいうけどなぁ。あんな上品な感じの人が作るんだ。きっと料理も美味いぜ」
まだ見ぬ料理を楽しみにしているのか、マイスがだらしなく笑う。だが……俺もそう思いたいし彼には悪いが……俺はわかりたくないことでもわかってしまうのだ。
世の中、何かを極めている人間が他のことを極めているとは限らないのである。
それが全く違う分野であればなおさら……。
全員がそれぞれの準備を終えると、俺達はラキシスさんの家に集まった。
ここであれば時間が遅くなっても泊まることが出来るし、一人で歩くリスクも減らすことができる。内壁の中は治安もいいこともあるし。
家の中に入り、客間のテーブルを見ると大量のサラダの入った皿がでん! と二つ置いてあった。見事なまでに緑一色である。後は人数分のコップだけが置かれている。
マイスが唖然とし、クルスが眉をよせる。
奥の台所らしい場所からはシーリアの叫び声が聞こえてくる……何をやっているんだろうか。
「……料……理……?」
「やっぱ、ケイトの勘はあてになるな」
ガシャーンと皿の割る音が響く。マイスがうんうんと頷き、クルスは持ってきた料理を置くと、
「私が行ってくる」
と、台所の方に歩いていった。クルスが台所に行くとシーリアの悲鳴と物が壊れる音がしなくなった。しかし……これは……。
「クルスの料理か……想像出来ないな。ケイト、お前の勘だとどうなんだ?」
「……知らない方が面白いこともあるよ。きっと」
苦い顔をしているマイスに俺も苦笑しながら応えた。彼女の能力を今ここで確認するのも……無粋というものだろう。楽しみにさせてもらおう。
クルスが台所に入ってから、しばらくしてゼムドも家を訪れた。彼も自分で料理と酒を買って用意していたのだが、三人が俺達のために料理を作ってくれているという話をすると、一瞬きょとんとした後、
「結構結構! エルフ料理というのも一度食べて見たかったんじゃ」
そう大笑いしていた。俺の見るところラキシスさんに出来るのはサラダと丸焼きくらいだと見ているのだが……彼女の料理がエルフ料理と伝わるのはどうなのだろうか。
強くて上品で……一見なんでも出来そうなラキシスさんにも弱点がある。そう思うと何だか微笑ましくて、身近に感じられるのは不思議だ。
時間は掛かったが、マイスが空腹で倒れる前には彼女達が作った料理が運ばれてきていた。食べられないものが出てくるかと戦々恐々していたが、見た目は普通である。
全て運び終えると、ラキシスさんが全員に飲み物を入れてくれた。そして、俺の正面に座った。両隣にはクルスとシーリアが座っていて、ラキシスさんの両隣にマイスとゼムドが座っている。
全員の準備が整ったことを確認し、ラキシスさんが立ち上がる。
「みんなお疲れ様。クルスちゃん、カイラルにようこそ。じゃあみんな……後で難しい話をするけれども、まずは私達が作った料理とお酒を楽しみましょう。乾杯」
「乾杯!」
私『達』という言葉を強調したラキシスさんの声でみんなが酒の入った杯を合わせる。俺とクルスは年齢の関係で果実水だが。
肉料理や炒め物、煮物っぽい料理など色々な料理が作られていたが味は……美味しくはないが食べれないわけではない……そう、普通の味。そしてどこか懐かしい味だった。
だから、俺はわざとらしく独り言のように言う。
「料理、美味しいね」
「当たり前」
その言葉を聞いたラキシスさんとシーリアは少しだけ苦い顔をし、クルスは料理にフォークを突き刺しながら、ほんの僅かに笑みを浮かべてそう呟いた。
料理を食べ終えると、飲み物だけを残してもう一度席に付く。クルスの話を聞くためだ。
ラキシスさんは手紙で事情をある程度知っているようだが、俺の件とマイスの件はここにいる全員に影響があるため、話を聞いて判断しなければならない。
クルスは口下手だし、しっかりと聞く必要がある。まずは、ラキシスさんがこほんと咳払いを一つして、クルスからの手紙の説明を始めた。
「まずは私から説明するわね。クルスちゃんから貰った手紙には、村に傭兵の集団が騎士と偽って現れたと書かれていたわ。目的は……ケイト君を仲間に入れるため?」
「そう。ケイトの噂を聞いた傭兵の集団が来た」
ラキシスさんの言葉にクルスが頷く。これだけでは、何故俺が狙われるのか疑問だろう。
ラキシスさんは……平然としているけど知っているからかな。案の定ゼムドやマイス、シーリアが疑問があるのか、顔をしかめている。
俺自身『呪い付き』という負のイメージが強い言葉がどうして使われているのか理解出来ないが……文献を調べようにも忌避されているせいか書いている物が少なくて中々難しく、大量の蔵書を読むことが出来るヘインやシーリアには聞き辛くて情報を集められなかったのだが……。
こう問題が大きいなら、調査の協力を頼むべきかもしれない。
「わからんのぉ。どうしてケイト殿が狙われる?」
「そうよ。ケイトは結構生意気なところはあるけど……その……賢いだけだし!」
当然の疑問だろう。マイスは……まあ、付き合いが長いからなんとなく気付いてはいるだろう。難しい顔をしたまま腕を組んで口を閉じて黙っていた。
さて、どうするか。シーリアに伝えるのは構わない……問題はゼムドだ。
彼は『呪い付き』について知っている。恐らくは俺以上に。果たして信用が出来るか?
「取り敢えずクルスちゃんの話を最後まで聞きましょう」
悩んでいる俺を見たからか、クルスにラキシスさんが先を促してくれた。クルスは頷いて続けて村で起こった出来事を話す。
「ケイトがいないことがわかると騎士に化けた傭兵達は村を燃やして略奪しようとした」
「なっ!」
マイスが声を上げる。他の皆もそれぞれの反応で驚いていた。俺も言葉も出ない。
俺のせいで……村が?
「傭兵のボスは私が倒した。他の傭兵は村人と騎士で捕らえた。被害はない。安心して」
「よかったぜ……だが、うちの村じゃなかったら……」
そうだ。うちの村には母さんを初めとして実力のある人がいる。だが、もし……俺が普通の家庭に生まれていたら? 俺の立場は本当は……危なかったのか……?
「騎士が今回の件を辺り一帯に報告して注意してるから、大丈夫とは思う」
「だけど、それくらい相手は手段を選ばないってことか」
「国に恨みを持たせるためって言ってた」
怒りで拳を強く握り締める。俺を勧誘しようとした相手は、自分のような立場の者に何かの不思議な能力があることを知っているのだろう。そしてそれを利用しようと考えている……そういうことか。俺を育ててくれた村を焼いてでも。
ゼムドは顔をしかめて、クルスを見て口を開く。
「クルス殿。繰り返しになるが……ケイト殿を勧誘しようとした理由を聞かせてもらえんかの?」
「……わからない。ただ、逃げた人間は『呪い付き』と言われていた」
「まさか……」
ゼムドが絶句する。彼も知らないことだったらしい。そして……話の流れからもう全員わかっているだろう。隠す意味もなさそうだ。
ラキシスさんの顔を見ると少しだけ哀しそうに顔を歪ませていた。母さんの友人であるラキシスさんは聞いていたのかもしれない。そして、彼女は小さく頷く。
「狙われたのは多分、俺が『呪い付き』だから……だよ」
「なんだそりゃ?」
理解が出来ないといった反応をしたのはマイスだけだ。知っているクルスとラキシスさんは取り乱した様子はなく、反応があったのはシーリアと……彼女以上に驚いているゼムドだった。