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第十七話 話合い



 内壁の城門前でクルスと合流した俺達は、ゆっくりと物珍しそうに辺りを見ているクルスを案内しながら残り二人が待つエルフのラキシスさんの家へと向かった。


 クルスはラキシスさんの名前を聞くと、村では余り見たことのない……なんだか嫌いな食べ物を目の前に置かれたような顔をしていたが、迷宮の近くで集まりやすい場所だからと説明すると不承不承頷いていた。

 本当に手紙に何を書きあっていたのだろうか。気になって聞いてみたが、



「内緒」



と、教えてはくれなかった。



 ラキシスさんの家は内壁の中の北側の高級住宅地にある。この一帯は貴族や大商人の家が殆どで大きくてデザインの良い家が多く、彼女の家も例外ではない。

 家の前に着くとクルスも彼女の家を見て感心したような声を少しだけ上げていた。


 ドンドンとノックをすると鎧を着込んだゼムドが中から出て来る。彼はクルスの顔を見るとにこやかに笑って頭を下げ、中に入るように促した。



「ラキシス殿と姫は飲み物を入れてくれておるでの。紹介は客間でしてくれんかの」

「わかった。気を使わせたかな」



 俺は苦笑したが、ゼムドは長い髭をさすりながらにやりと笑って首を横に振る。そして、興味深いといった表情でクルスの顔を見上げる。



「姫は不機嫌そうじゃったがラキシス殿は楽しそうに見えたのう。気のせいかもしれんが」

「気のせい。歓迎はされないはず」



 そんなゼムドにクルスはにこりともせずに呟くように返した。好意の欠片もない受け答えにゼムドは気を悪くする様子もなく、そうか、と笑って頷いていた。



 観葉植物が所狭しと並べられた客間で暫くラキシスさんとシーリアを待ち、彼女達が席に付くのを待つ。シーリアが俺の隣に座るクルスを見て一瞬ビクッと反応したが、すぐに表情を消して彼女も席に座った。ゼムドの言うとおり不機嫌そうだ。


 全員が席に付くと、視線が俺に集まる。どうやら司会をやれってことらしい。俺は頭を掻いて苦笑しつつ頷いて話合いを進めることにした。



「じゃあ、クルス。自己紹介を」

「クルス・ライエル。よろしく」



 それだけ言ってクルスは頭を下げる。視線は……困惑して不可解な物を見るかのような表情でラキシスさんとシーリアの間を見比べるように動いていた……何でだろう。

 不思議だったが、考えても答えは出ないのでクルスを知らない四人に自己紹介を促す。


 一通り名乗り終えると、クルスはラキシスさんの方を向いた。ラキシスさんはクルスの視線を受け、上品な仕草で口を付けていたカップを置き、いつものように穏やかに微笑んで小さく頷く。



「私がお願いするのも筋が違うのだけど……クルスちゃんも連れて行って欲しいの」

「ほう……それはまた何でかの?」



 理由を聞いたのはゼムドだった。彼は見透かすような目でラキシスさんを見ている。俺も彼女がクルスのために頼むというのは意外だった。マイスも困惑している。

 シーリアも不機嫌そうに唸っていたが……ラキシスさんは気にせず続ける。



「理由はわからないけど狙われてるらしいから。ケイト君が」

「ケイト殿が?」

「そう。だから守るために近くにいないといけない」



 クルスがゼムドに頷く。クルスが嘘を俺に吐く……ということは考えにくい。と、なるとここに来る前に何かがあったのだろうか。狙われる理由は検討が付かないでもないが。

 なるほどの……とゼムドは頷いたが、シーリアは納得出来ないといった風にクルスを睨みつけた。俺達の初対面でもそうだったが、彼女はどうも人見知りが強い気がする。



「別に貴女がいなくても守れる……仲間にする理由にならないわ!」

「他にも理由はある」



 クルスはシーリアの視線を受け流して静かな声で彼女に返す。シーリアは全く動じないクルスに気押されているのか、耳をぺたんと寝かせて見つめながら続きを促す。


 内心怒ってるな……と、クルスの横顔を見ながら俺は思ったが、彼女は冷静にシーリアに頷いた。



「マイスが近々村に帰るから」

「はぁ? おいおいおい。まだ半年以上あるぜ。勝手なこと言うなよ。クルス」



 急に自分に話を振られたマイスは苦笑しながらクルスに抗議する。だが、俺には彼女が冗談ではなく本気で言っているように思えた。



「理由は夜に言う。それに……」



 クルスは真剣な表情でシーリアを真っ直ぐに見る。そして彼女は言葉を一度切って、息を吸って……ゆっくりと息を吐いた……昔なら感情的な言葉を受ければ言い返していたはずだ。

 だけど、クルスは自分を落ち着けるように深呼吸すると少しだけ微笑んだ。



「実力を見て決めると聞いた。なら心配無い」

「え……あ、うん。そ、そうね」



 毒気を抜かれたようにシーリアが呻く。マイスが声を出さずに表情でどうなってんだ! と混乱した顔をこちらに向けている。俺も想像外の答えで驚いていた。


 そして、クルスがどう? 褒めて褒めて! と、いった感じの表情でこちらを向いて小さく笑う。シーリアのように尻尾があれば、ぶんぶんと振られていたに違いない。

 俺は苦笑して頷く。随分と……少しの時間で本当に変わったなぁと思った。



「本当に……貴女強いの?」



 そんな俺達を見て、シーリアが胸元の首飾りを弄りながら納得が出来ていない表情でクルスに問いかける。まあ、クルスは華奢だし彼女の心配はわからないでもないが……。

 クルスが何かを答える前にゼムドが大声を上げて笑いだした。



「はっはっは! そう疑うな姫よ。焦らずとも戦えばわかることよ……のお?」

「姫言うな! それもそっか。役に立たなければそれまでなんだし」



 溜息を吐いて疲れた表情で、シーリアがゼムドを見て頷く。納得してくれたらしい。

 マイスもほっとした表情で座っている。



「まとまったようね。冒険者は協力しあうことが大切なの……頑張ってね」

「有難う御座います。ラキシスさん」



 それまで黙って聞いていたラキシスさんが、落ち着いた声色で俺達を諭すように言った。きっとこれまで冒険者として似た場面を乗り超えているんだろう。大人の笑みだと……そう思った。

 隣のクルスは何故かそんな彼女を見て、苦々しい顔をしていたが。



 話が終わると、俺達は荷物を持って迷宮へと向かった。クルスにとっては初めての迷宮だ。今日は後ろで見てもらうか……とも考えたのだが……。

 ゼムドはともかくシーリアが納得するだろうか。だけど、命には代えられない……か。


 歩きながらそうやって迷っていると、クルスが俺の肩をぽんと軽く叩いて微笑む。



「ケイトの思うように。失敗しても私が守る」

「そうそう、クルスの言うとおりだぜ。あんま難しい顔すんなよ」



 マイスも笑って俺の背中をバシバシ叩く。ああ、そっか……。

 折角クルスが来てくれたのに、彼女を重荷に思ってしまっていた。そうじゃなかった。彼女の言葉でようやくわかった。


 クルスは俺がいない間にちゃんと成長してくれたのかもしれない。盲目的に信用し、もたれ掛かるのではなく……お互いに支えようとしてくれている。

 俺は彼女をいつまでも子供だと……侮っていたかもしれない。本当にみんな成長していく。俺が反対に置いて行かれそうなくらいに。



「ぷ……くくっ! 本当にそうだね。クルスに遠慮なんて必要ない。忘れてたよ」



 俺もマイス達に釣られて笑う。クルスはうんうんと無表情で頷いていた。俺は興味深そうにこちらを見ているゼムドと不機嫌そうなシーリアが歩いている方を向く。



「今日はクルスとゼムドで前衛を。真ん中にシーリア。後ろは俺とマイスで行く。ゼムドが先頭。クルスはゼムドを見て迷宮での戦い方を学んで」

「了解」

「ほぅ……これは愉しみじゃの。間近で見れるわけか」



 クルスがゼムドに微笑んで、よろしくと声を掛ける。以前では考えられない光景だ。それを見ていたマイスが俺の近くで小声で呟く。



「お前がクルスを置いた理由、ようやくわかったぜ」

「俺も驚いたけどね」



 マイスがそう嬉しそうに笑う。寂しいような嬉しいような……。

 そんな風に思っていると、今度はクルスはシーリアの方を見ていた。そこそこ豊かな胸元にある首飾りを。じーっと……少しだけ眉を寄せて。



「な、なによ」

「さっき言うのを忘れてた」



 シーリアは慌てて大事そうに首飾りを両手で隠す。そんな彼女にクルスはそう呟くと、一度俺を責めるように見た後に、挑戦的な……小悪魔っぽい笑みをシーリアに向けた。



「貴女が役に立たなければ……首にしてもいい?」



 負けず嫌いだったり、毒舌だったり、結構根に持ったりするところだったり……人をからかうことも案外好きだったりするところは……変わっていないのかもしれない。







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