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第十六話 相談と再会




 夕方の『雅な華亭』はいつものように大勢の冒険帰りの冒険者や仕事を終えた住人達で賑わっていた。エーデルおばさんの作る美味しくてボリュームのある料理が食堂のテーブルを占拠し、客は酒と料理と友人達との雑談で一日の疲れを癒している。


 俺達もまたテーブルを囲んで食事と酒を楽しんで……いなかった。

 今日も一日の迷宮探索を終えた俺達は料理を摘みながら、一様に難しい顔をして話している。別に今日の稼ぎが悪かったとか仲間の動きが悪かった……とかではない。


 原因は一枚の手紙。クルスが来るというこの手紙が原因だ。

 遊びに来るのならそんなに問題はない。何日か迷宮探索はできなくなるけど、付き合えばいい。だが、クルスがこの街に来るということはその意味は一つしかない。


 すなわちクルスが冒険者になるということだ。



「そういうわけで、俺達の幼馴染が明日来る」

「ふぅむ。にしては嬉しそうではないのぉ」



 苦笑いしながら手紙のことを俺が話すとシーリアはあからさまに不機嫌そうな表情になり、ゼムドは探るような……少しだけ楽しそうといった様子でこちらを見る。

 マイスも他人事のように笑っているが……あのクルスがマイスにも特別に話があると書いてあるのは……あんまりいい予感はしないのだがどうだろう。


 ゼムドは長い髭を触りながら、考え込むように目を瞑ってしばらく黙ってから口を開く。



「拙僧としては……そのクルスといったかの。その娘次第じゃな」

「私は反対! 折角四人で上手くいってるのに。連携がおかしくなるだけよ」



 白い髪、赤い瞳を持つ狼の獣人の女性、シーリアは不機嫌さを隠さずに麦酒を煽っている。彼女の言葉にも一理あると認めざるを得ない。

 俺はまあまあとシーリアを宥める……彼女は機嫌が悪くなると酒量が増えるのだがあんまり酒癖がよくない。控えて欲しいのだが、麦酒が気に入ってしまったらしい。



「俺は賛成だな。あいつ本気で強いぜ?」



 マイスはエーデルおばさんの秘伝のソースがかかった肉料理を頬張りながら一人だけ上機嫌そうな笑みを浮かべてそう言った。

 俺はマイスの方を向いて黙って頷く。そう、実力は心配していない。



「賛成一、反対一、保留一か……」

「ケイトはどうなのよ」



 隣に座っているシーリアがアルコールで少し顔を赤らめながら、麦酒の入ったジョッキで俺の肩を突っついてこちらを見た。



「一度様子をみたいかなと思ってる。マイスはともかく二人はクルスをよく知らないしね」

「……大事な娘だから?」



 シーリアが三角形の耳をピンと立てて俺の表情を伺うようにこちらを見上げる。そう思われるのも当然なので怒りは湧かなかった。俺はシーリアとゼムドを順番に見て答える。



「同郷の友人だから放っておけないのは確かにある。だけど、剣の腕は間違いない。問題はシーリアの言うように仲間同士で協力していけるか……なんだけど」



 そう、これが最大の問題である。シーリアは感情的に言っているようでいて、俺が考えているクルスの最大の問題点を言い当てていた。俺がクルト村を出る前のクルスから変わっていなければ……まずい。


 クルスを置いていったのも気持ちを確かめるためという理由や、家庭の事情、成長を願って……ということもあるが、他人と関わらなすぎるために他の人と協力が出来ない……というのもある。

 もしそうなると、俺だけでなくクルス自身やマイスまで危険になると考えたのである。



「それがわからない。だから一度二人に彼女を見てもらいたい……駄目かな?」

「拙僧はそもそも反対ではないからの。構わぬよ」



 ゼムドは頷いてくれた。彼としては自分が抜けるかもしれないからというのもあるだろう。シーリアの方はジョッキに口を付けながら悩んでいる様子だったが、



「そんな顔をされたら……断れないじゃない。見て駄目なら駄目っていうわよ」

「ありがとう。シーリア」

「ふんっ」



 照れくさそうにそっぽを向いた彼女に礼を言う。彼女は感情的だが、それでも冷静な判断を失わないし頭の回転は早くて鋭い。流石学院の生徒といったところか。

 多分クルスのこともしっかり見てくれると思う。


 俺がそうやって安心していると、俺の前の席で聞いていたマイスが、あ……! と大声を上げてこちらを向いた。



「そういや、ケイトお前……そんでシーリアが駄目って言ったらどうすんだよ」

「その時は……」



 頭をがしがしとかきながら考える。もし、それでゼムドとシーリアが駄目と言ったら俺達は彼等かクルスかを選ばなくてはならなくなるということか。

 急なこちらの都合で別れを切り出すのは不義理だ。特にシーリアはラキシスさんに直接頼んだというのもある。だが、クルスを放っておくことは俺には出来そうにない。


 ふと、顔を上げるとシーリアがじ~~~~っと穴があきそうなほど見ていた。怒っているわけでも疑っているようでもない。ただ、無表情でこちらを見ていた。

 何故か身体が震えた……が、こほんと咳払いして俺は続ける。



「まずはクルスと会ってからだな。無理そうなら……そうだな、村に帰ってもらう」

「ふん、当たり前よ。私はあの手紙を見る限りあんまり仲良く出来る気はしないし。あ、ちゃんと彼女の実力は見るわよ。誤解しないで」

「大人だね。シーリアは」



 俺がそうやって褒めると当たり前といった感じで頷きもせずに料理を摘んでいた……が、耳がパタパタ動いていた。嘘が付けない人だなぁと思う。



「俺はクルスがそれくらいで諦めるとは思えねえんだがなぁ」



 マイスが苦笑いしながら呟いていた。俺もそう思わないでもないが……。

 俺はそこまで深刻に捉えていなかった。マイスにも見せていないが、今回の前の手紙には友人ができたことや、村の人達との付き合いも増えたと書かれていたからだ。


 俺がいないことでクルスが成長している……そんな期待もあった。

 自分以外の人を好きになるかもしれないという寂しさはあったが……喜ぶべきだろう。

 しかし……。



「どうした? 何か悩んでいるようじゃのぅ」

「え……ああ、大丈夫。じゃあ、二人とも明日はよろしく。そういえば……」



 いや、悩むことでもないだろう。ゼムドの心配そうな声で俺は我に返るとこの話を打ち切って、他の話題に切り替えた。



 翌日の朝、宿の主人であるエーデルおばさんから、クルスを送ってきたらしいガイさんから待ち合わせの伝言を受け取った俺達は内壁の門の前に向かった。


 たった数ヶ月……それだけしか離れていなかったのに、いざ彼女と会うとなると本当に緊張する。マイスはそんなガチガチな俺を見ながらにやにやしていたが、睨むくらいしかできない。


 内壁の門の前は朝から冒険者達で賑わっている。俺達は朝早めに出ているからまだましな方だが、もう少し時間が遅くなると中に入るのも一苦労なくらい人が並んでしまう。

 南側に冒険者の宿が固まっているからこその不便かもしれない。


 門の前には懐かしい二人が既に着いていた。背が高くて体格のいい大男、俺達の師匠でもある狩人のガイさんそして……。



「ケイト、マイス。久しぶり」



 絹糸のような黒髪の……落ち着いた雰囲気の可愛いというよりは美しいといった言葉が似合う少女。数カ月経って、少しだけ大人っぽくなったように見える幼馴染が微笑んでいた。



「クルス。久しぶり……会えて嬉しいよ」



 俺も笑顔でそう応える。昨日の悩みがなかったかのように……ただ本当に嬉しかった。

 だけど、同時に不安を感じていた。



「私も冒険者に……なるよ。強くなって……そして世界を見て廻る」

「……そっか。とりあえず仲間に紹介するよ」

「うん」



 いつになく楽しそうなクルスの言葉に安心する。やっぱり、村での生活で何かあったのかもしれない。何かきっかけがあって視野が広がったのだろう。



「そういえば。クルス、宿は?」

「お義父さんがケイトになんとかしてもらえって」



 ガイさんの方を向くと、彼はなんだか笑っているのに泣いているように見えた。きっとクルスと別れるのが辛いのだろう……しばらく会えなくなるかもしれないし。



「ガイさん……娘さん、おめでとうございます。セレナちゃんでしたっけ?」

「おう。クルスの妹だ。別嬪になるぜ。クルスのことは……宿も含めてお前に全部任せるが……絶対泣かせるなよ。絶対だぞ!」



 ガイさんは真剣な表情で、俺の肩を両手でばしばしと叩いていた。なんだか殺気がこもっている気がする。


 そんな光景を見ながらクルスはこちらを見て微笑んでいたが……そこで、ようやく俺は不安の原因に気付いた。自分がプレゼントした首飾りを付けていない……。


 いや、迷宮に入るのだし置いているのかもしれない。それに、付けてなくてもそれは彼女の意思だ。俺がとやかく言うことじゃない。



「……ケイト?」



 彼女自身にちゃんと考えるようにと言っておいて不安を感じるのはさすがに情けない。

 頭をわしゃわしゃかいて自嘲し、小首を傾げているクルスに笑いかける。



「なんでもない。がんばろうな」

「うん」



 彼女は微笑んで頷いた。彼女は前よりも明るくなった。

 それは喜ぶべきなんだ……そう思い、俺は不安を強引に心の中に押し込めて忘れることにした。






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