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外伝 九話 さよなら




 翌日、私はカランの家を訪ねた。家の前まで来ると何故か少し緊張する。

 カランとはあの日以来、顔を合わせていない。あの日の様子を考えると何を言われるか怖くて、同じジンおじさんの所にいたにも関わらず逃げるように避けてしまっていた。


 意を決してどんどんと家の扉を叩く。そうすると、しばらくして中からふくよかな身体の……お母さんと同じくらいの歳のおばさんが出てきた。あんまりカランには似ていない。

 はいはいと明るい声を上げて出てきた彼女の顔が私を見ると強ばる。



「あんたかい。何しにきたんだい?」

「カランに会いに」



 用件を告げるとカランにあまり似ていないおばさんは腰に手を当ててドアの前に立ち、険悪な表情で私を見た。



「あんた……あんた……よく家に顔を出せたもんだね」

「……遅くなってすみません」



 助けてもらったのに確かに失礼だったかもしれない。私は頭を下げた。

 だけど、彼女は納得していないみたい。



「毎日毎日ぼろぼろにして……今度は怪我をさせて……いい加減におし!」

「やめなさい」



 怒る彼女の後ろから肩を叩き、カランによく似た……彼よりも穏やかで落ち着いた雰囲気の中年の男性が出てきた。大声を聞いて出てくれたのだろう。

 彼は落ち着いた声で私を中に入るように促す。カランの母親は溜息を吐いて家の中に戻っていき、私は父親にカランの部屋へと案内してもらった。



「すまないね。あいつもわかってはいるんだ。誰も悪くないってね。殴られてるのは息子の自業自得。こないだのもあいつが先走ったせいだ」



 カランのお父さんはそういって私に頭を下げた。私は首を横に振る。

 今まで考えたことはなかったけど……母親として、大事な息子のことは本当に大切なんだと思う。怒るのは当たり前。


 お義父さんが私が一方的に殴られた……とか聞いたら何するかわからないし。



「いえ……本当にごめんなさい」

「ははっ。君に謝られたりする日が来るなんてね。信じられないよ」



 困ったように笑ったカランのお父さんに頭を下げた。しかし……私はどんな風に村の人に思われているんだろう。気にしない方がいいかもしれない。



「ここだよ……ま、上手く振ってやってくれ」



 そうにこやかに笑うとカランのお父さんは軽く手を振って去っていった。

 私は驚いてその後ろ姿を見送っていた。



 中に入るとカランはベッドの上で、退屈そうに寝転がっていた。歩けないわけではないけど、まだ傷口か開くからと安静を申し渡されている。

 全く動かさないと動けなくなるらしいので、毎日少しずつ動かしている……ってエリーが言ってた。本当に……悪いと思う。



「はぁ……やっちまったよなぁ……だせぇ」

「カラン。こんにちは」

「うぉあああ! ク、クルスっ!」



 私が来たのに気づいていなかったらしいカランは声をかけると驚いて身体をばたばた動かして……足の痛みで顔をしかめていた。

 私は彼の部屋の椅子を借りて座ると、彼が落ち着くまで待つことにする。



「遅くなってごめん」

「なんでクルスが謝るんだ。俺のせいだから! っあたた……」



 カランは足を抑えて少し痛みが収まるのを待ってから、困ったように笑った。



「私のこと……怖くないの?」

「当たり前だろっ! 馬鹿いうんじゃない。あのときはどうかしてたんだ」



 そういってカランは悔しそうに拳を握った。今は本当に私のことが怖いとかそういうのはないみたい。試しに手を触ってみたけど、びくっと一瞬震えただけだった。

 なんだか触っている手が熱くなってきてる気がするけど。



「ク、クルス?」

「……本当に怖くないんだ。カランは凄いね」



 私を助ける為に……戦いに全く縁のないカランが自分が刺された上に、私が敵に止めを刺したところまで見たのに。もう乗り越えたのかな。

 私なんて何度も何度もあの瞬間を夢でを見て跳ね起きて……全然なのに。今でも思い出すと震えてしまうのに。戦いの恐怖で……。



「そ、そんなことねえよ……それより、クルスは大丈夫か?」

「怪我は治った。心配無い」

「そっちじゃないんだけどな。ま、大丈夫そうか」



 そう呆れたようにカランは笑った。そのまま、会話が途切れる。こうして、カランとゆっくり話すのは初めてな気がするし……何を話せばいいのかわからない。

 私は少し考えて、ここに来てから忘れていることを思い出した。



「カラン。助けてくれてありがとう」

「お、おう、格好悪かったけどな」

「そんなことない」



 照れているカランがおかしくて、少しだけ笑った。そして、心が痛んだ。

 これから彼に言わなければならないことを考えて。



「私はカランに謝らないといけない」

「……な、何を?」

「えと……」



 言葉にすれば簡単なこと。それなのに、中々言い出すことが出来ない。どうしても躊躇してしまう。私はこんなに口下手だったかな……。

 カランの手を離して、両手の指を搦めあわせる。手の平にはじっとりと汗をかいていた。



「カランには感謝してる。カランがいなければ、私は知らない人とは誰とも関わらなかったと思うから。この何ヶ月で色んな事を学ぶ事が出来たのはカランのお陰」

「お、おい、クルス……?」



 どうしてこんなに苦しいんだろう。カランも私に拒絶された時はこんな気分だったのかな。



「カランが私に何度拒絶されても真っ直ぐに向かってきてくれたから。私もちゃんと……人と向き合うことが出来るようになった。好きになるってどういうことか教えてくれた」



 辛くても、胸が痛くても、言いたくなくても最後まで言わないと。



「私は弱いっていつも言ってたけど……今はカランは強いと思ってる」



 それが私を好きになってくれたカランに出来る唯一の事だから。



「私は……カランのこと、嫌いじゃなかった。この村に残ればもしかしたら好きになれたかもしれない。だけど……ごめん」

「クルス、まさか……村を?」

「うん。私は旅に出る。色々な答えを知る旅に」



 そう言い終えると大きく息を吐いた……カランの顔を見るのが怖い。

 命を賭けて助けてくれた人の想いに応えることが私には出来ない。


 だけど、カランの声ははっきりとしていて……落ち着いていた。



「そうか……聞いて欲しいんだ。クルス。俺は決めてたことがあるんだ」

「え……?」

「もし、今日のようにお前がケイト達みたいに村を出ることになったらさ。俺も男だ。絶対に笑って送ってやるって……お前なら絶対平然と行くと思ったから。なのに……」



 カランが辛そうに顔を歪めながらも、こちらをしっかりと見つめている。



「お前が泣いてどうすんだよ! 俺まで泣きそうになるじゃないか!」

「う……」



 なんだか最近泣いてばっかりだ……私。恥ずかしい……こんな弱かったっけ?

 カランは困ったような顔で微笑んでいた。



「なあ、やっぱりケイトが好きなのか?」

「好き……でも、それもきちんと本当にそうなのか……ちゃんと答えを探す」

「だったらさ。もし本当に好きなら、あいつに他に好きな奴がいても……」



 カランはそこで言葉を止めて握りこぶしを作って、上に向けて何度か殴る真似をした。

 なんとなく意図がわかって、私は声を上げて笑った。



「うん。絶対に諦めない。力尽くでも手に入れる」

「それでこそ俺が惚れた女だぜ」



 そういってカランも明るく笑った。その顔を見て私は椅子から立ち上がる。



「クルス……頑張れよ。お前の活躍が村に届くの期待してるからな」

「カラン。ありがと……さよなら」



 そして、背中を向ける。

 お互い泣いてる顔は見せたくないだろうから。







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