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外伝 八話 一つ目の答え




 村の南側は山になっていて今の季節は頂上近くまで上がると、歩くのに邪魔になるほどじゃないけど、ちらちらと雪も積もっている。


 子供の頃に登ったときはこの丸太の階段や簡易な山道が辛くて、いつまで登るのだろう……と思っていたけど今の自分だと何の苦労もなく登ることが出来てしまう。

 病み上がりの今でも。ちょっとだけ寂しい。


 あの時はケイトが励ましてくれた。疲れたときには自分は疲れてないはずなのに休ませてくれた。十年近く前からちゃんと考えてくれてたんだと今になると思う。


 心がぐちゃぐちゃで……悪夢に悩まされて、誰も信じられなくて……本当はケイトも信じてなくて……でももしかしたらって思ってた子供の頃。悩んで悩んで……死にたかった。

 彼は私を無条件で信じてくれた。生きていることを楽しくしてくれた。


 

あそこなら……今の迷った私でも……何かがわかるかも……。



 山頂に登ると昔と同じ風景が広がっていた。山頂の朽ちたベンチは雨風を受けて完全に壊れてしまっていたり、少しだけ変わっていたけど……。



「…………やっぱり綺麗」



 私は時が流れても変わらない、鮮やかな空を湖面に映した風景を見ながら地面に腰を降す。

 冷たい風がそよそよと首筋をくすぐり、山登りで温まった身体には気持ちよかった。もやもやした気分がすっと無くなっていく感じがする。


 山の向こう側には果ても見えない広大な湖が広がっている。その麓には大きな街が広がっていて……だけど、ここからだとその街も小さくしか見えない。



「エーリディ湖……英雄の湖か……」



 彼はここから湖を見て、彼は……そうだ、冒険に出たいって言ったわけじゃない。

 ただ、私にこの綺麗な光景を見せたかったって言ったんだ。私のために。



「そっか……そういうことかな……きっとたくさん綺麗な場所があるんだ」



 私はあの日、ケイトとは関係なく船に乗ってみたいって思った。

 面白そうでわくわくして、何かわからないものに触れてみたい。色んなものを見てみたいって思った。村では見れないものを。綺麗な風景を。世界の広さを……初めて。


 子供の頃の私なら夢物語だった。だけど今の私は違う。身を護る力もあるし外でも生きていけるだけの技術を身に付けている。後は私が決めるだけ。



 「どうしたいのかな……って……決まってるかな……ね」



 少しだけ笑って立ち上がり、目を細めて湖の果てを見る。足元には子供のころの自分達が仲良く座ってお弁当を食べている……そんな風に思えて心が暖かくなっていた。



「行こう。探しに」



 私はよし! と声を出して頷く。

 一つ目の問題に対して私は……一抹の寂しさとその数十倍の希望を持って答えを出した。



 山を降りると日も暮れかけていたので、私は家に戻ることにした。

 足取りは朝に比べると軽い。少しだけ悩みが減ったからかな。



「ただいま」

「おかえりなさい」

「おう、帰ったか」



 家の扉を開けるとお義父さんとお母さん、妹のセレナが泣き声で迎えてくれた。

 朝喧嘩していた二人はもう和解しているようだ。昔からの付き合いらしいし、お互いのことわかってるからなのかな。私にはわかんない。


 セレナを寝かしつけ、しばらく三人でテーブルを囲んで食事を取りながらとりとめもない話をしていたけど、今日はお母さんがカランのお見舞に行ってくれてたし、様子を聞いてみることにした。



「お母さん、カランのところ行ったんだよね。どうだった?」

「そうね……貴女を心配してたわよ。自分の方が酷い傷なのにね」



 お母さんがくすくす笑う。少し……罪悪感が。彼にも話をしにいかないといけない。


 カランのことを考える。彼は私から冷たくされても、ずっと我慢して私と関わろうとしてくれた。彼がきっかけを作ってくれなかったら私はずっと一人だったと思う。


 私自身はどう思っているのかな……と、彼を思い浮かべる。

 彼のことは嫌いじゃない。だけど恋愛として考えると……どうなのか……彼といると何故か凄く安心するんだけど、これは好きだからなのかな?

 考え込んでいるとお母さんが笑って続ける。



「貴女と喧嘩してるって聞いていたけど、安心したわ。いい子じゃない……ケイト君もいいけど、あんな子と結婚してくれると私も安心で嬉しいんだけどなぁ」

「おいおいおい、駄目だぞ! お、俺は認めん!」

「お義父さんは黙ってて。お母さん、私は彼が好きかどうかわからない」



 話に割り込んだお義父さんを止めてお母さんに聞いてみる。

 こういうことは、お母さんの方がいろいろと詳しそうだし。



「うーん、カラン君といるとどんな感じなの?」

「何故かわからないけど安心する。落ち着く感じ」



 ふむ……と、お母さんは少し考えて、ふぅ……と溜息を吐いた。



「それは恋じゃないわね。長く一緒にいたら好きになるかもしれないけど」

「何でわかるの?」

「だって、こう……胸がどきどきしたりしないでしょ?」



 彼の顔を思い出して確認し、こくこくと首を縦に振る。



「ああ、もしかして……あの子は貴女のお父さんに似てるかも……ね。ガイ」

「え! ああ。あいつか……馬鹿正直なとことか、怖がりな癖に無謀なところとか……あと、顔もなんとなくバルドスに似てやがるな。そう言われてみれば」

「不器用なとこが似てるわよね」



 お義父さんが苦笑いして頷く。お父さん……か、そういえばお母さんがお父さんのことを楽しそうに話してくれたのは初めてな気がする。ちょっと驚いた。

 聞いてみるとお義父さんも仲が良かったらしい。知らなかった。



「でも、私の好みはお母さんの好みと違うみたい」

「そう……でも案外付き合ってみたらっていうのもあるわよ?」

「まだ成人じゃねえんだ。選んでもいいだろ。うん」



 お母さんがちょっと真剣に私に勧め、お義父さんは嬉しそうに頷いていた。そっか……お父さんか。私はカランにも……ちょっと甘えていたのかな……そうかも。

 普通はあれだけ殴ったら嫌いそうだけど、そんなことないって安心感あったし。


 きっと彼と結婚すれば私を大事にしてくれるんだろうけど。

 私は小さく溜息を吐いた。


 とりあえずこの話は置いて大事なことを先に……二人には言っておかないと。



「お義父さん、お母さん。私来月から旅に出る」

「えっ?」

「はぁぁぁぁぁ?」



 お義父さんとお母さんとが変な顔で驚いた。当たり前……かな。

 急に決めたのもあるし……私もまだまだ村にいると思ってたくらいだし。お母さんが固まって何も言ってくれなくて……私はお母さんの肩をぽんぽんと叩いた。



「どうしたの?」

「どうしたの? ……じゃないでしょう!」



 お母さんが怒鳴った。珍しい。こんな風に怒るとは思ってなかった。

 頑張ってねって言ってくれると思ってたんだけど。



「大丈夫。お義父さんにカイラルまで送ってもらうから」



 今度はお義父さんの方を向く。野宿にはそれ程慣れてないから出来れば初めはお願いしたい。



「行ける?」

「あー。いや……ちょっと待て……いきなりなんでだ?」



 怪訝そうな顔でお義父さんは私に聞いてきた。色々と理由はある。私がいてはお義父さんやお母さん、セレナも変な目で見られるかもしれない。だけど一番の理由は。



「世界中見て回ってくる。まず、船に乗る」

「一人でか?」



 お義父さんはこちらを真剣な顔で見つめる。きっと私が旅に出るという可能性も考えてくれてたんだと思う。ケイトがお義父さんに何かいい含めていたらしいし。

 私は少し考えてから答えた。



「まずはケイトと合流する。ケイトに断られたら一人でも」

「……そうか」



 お義父さんが溜息を吐いて肩を落とし、お母さんの方を見た。

 お母さんは泣きそうな顔で私を見ている。この顔にはちょっと弱い。



「なんで急に……」

「村にいたら解らない答えがたくさんあるから」



 答えを探していると、新しい疑問が沢山わいてくる。恋愛のこと、友人のこと、旅のこと、闘いのこと……そして、新しい命のことと人を殺すということ。

 このまま村にいたら何も分からない。そのもやもやを抱えて生きるのは……。


 多分、私にとって最高の幸せとはいえないと思う。



「お母さんが心配だけど、お義父さんがいるから安心」

「私は……行って欲しくないっ!」



 泣き始めたお母さんの背中をお義父さんがさする。お義父さんは、お母さんを慰めながら、苦笑いしながら私に言った。



「ケイトとの約束だ。お前が村に残るように説得する代わりに、自分の意思で旅に出たいって言ったら認めてやれってよ。あの野郎、ここまで読んでたのか」

「そうなんだ」

「正直俺も行って欲しくはねえがな。大事な娘だ。危険なとこにゃ行かせたくない。旅は辛いこともあるぞ。こないだみたいな命の危険もある。それでも行くのか?」



 私はお義父さんとお母さんの方を向いて……頷いた。



「戦いは怖い。辛いのも嫌。だけど、それ以上に……私も広い世界を見てみたい。カラン達が教えてくれた知らない人と関わることの楽しさを感じてみたい。誰のためでもなく、私がやりたいの」

「やれやれだなぁ……ケイトがいなくなって安心してたんだが。クルスも変わったな」



 苦い顔でお義父さんが俯く。お義父さんには本当に感謝している。

 父親の事をほとんど知らない私をずっと気にかけてくれた。諦めないでいてくれた。大切な人に引き合わせてくれた。セレナとお母さんを幸せに……してくれる。


 私がいなくてもきっと大丈夫。信じることができる。



「ごめんね。お義父さん。お母さん」



 熱いものが込み上げてきて、私はお義父さんの側で泣いているお母さんを抱きしめた。

 私はなるべく明るく笑おうとしたんだけど……私も少しだけ泣いていた。





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