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外伝 七話 迷い




 目を覚ますと私はベッドの上にいた。

 窓から入る日の光が眩しくて、手を翳してそれを遮る。


 カランと別れて道を走っていて……それからすぐに私は倒れてしまった。グルードが来て……朦朧とする意識でカランとウィルスのことを伝えて……。



「そか……カランだけじゃなく、グルードにも迷惑かけた」

「後は、村のみんなにもね。ほんと馬鹿なんだから」



 首を横に動かすと、私のベッドの側にマリアが座っていた。

 彼女は苦笑いしながら桶の水で濡らした布を絞っている。



「マリア……どうしてここに?」

「ここはジンの家よ。エリー一人で貴女を見れないから私も応援でね。どうやったらこんなことになるのかしら……腕も足も真っ赤。五日は動けないそうよ」

「うん……痛い……」



 手も足も……痛みで少し動かしただけでも痺れて激痛が走る。手と足だけじゃない……全身が痺れて起き上がることすら出来そうにない。思いの外、きつい。

 マリアは布で一番酷い腕と足を水で冷やしてくれている……そうだ、聞かないと。



「マリア。カランとウィルスは?」

「カランは大丈夫よ。ちゃんと足も動くようになるそうだから。ウィルスってあの騎士は……姿が無かったわね。カランは重傷だったはずって言ってたけど。本当?」



 ふぅ……と息を吐く。カラン……本当に無事で良かった。

 ウィルスは自分で去っていったのだろうか。死んでいることはないと確信できる。

 いつかまた会うことがあるかもしれない。



「私が見たときは即死してると思った。そういう『呪い付き』らしい」

「そう。まずいわね。他の傭兵は何も知らなかったし……はぁ」



 マリアは苦い顔をしながら溜息を吐いて温くなった布をもう一度水につけて絞り、当ててくれる。火照った体に冷たい布が当たると心地よかった。



「……マリアは怒らないの?」

「私はちょっと……怒りにくいわね。傭兵が来ることは予想していたの。クルスを戦いから遠ざけようと小細工をしたらこれだもの。本当に無事でよかった……ごめんね」



 私の疑問にマリアは苦笑してそう答えた。

 首を横に振ろうと思ったけど首が動かないことに気付いた。不便……。



「危険ってわかってたのに行った私が悪い。それに一番の被害者はカラン」

「そうかもね……まあ、剣を教えてる者としてはよく勝ったと褒めてあげたいわ。貴女じゃあいつには勝てないと思ったから。私程じゃないけど相当出来る使い手だったし」



 やったわねーと、楽しそうにマリアは軽く笑った……でも、私はそれに頷くことが出来ない。勝つには勝った……カランの怪我と引き換えに。

 そして、私は初めて人を殺した。



「マリアは人を殺したことある?」



 私は目を瞑ってしばらく考えてその言葉を口に出す。今日まで無意識に避けていた話。

 多分聞くことで彼女への印象が変わるのが私は怖かったんだと思う。



「あるわ。数え切れないほど」



 わかっていたことだけど、彼女は微笑みながらそう言った。

 何故マリアは笑えるんだろう。普通に生活できるんだろう。人を愛せたんだろう……。

 殺したのあんなやつなのに……こんなに辛くて……泣きそうになるのに。



「私はマリアみたいに笑えない。痛いし辛い」

「それでいいのよ。辛いときに笑えないのは当たり前。笑えたらおかしいの」



 やっぱり……とマリアは呟くと、私の腕が痛まないように軽く手を両手で支えるように掴んだ。しばらく、そうして手を握っていてくれた。

 マリアの手は暖かくて少しだけ安心する。



「誰だってそうなのよ。昔は私だってそうだった」

「ケイトなら大丈夫なんだろな……だから私を置いていったのかな」



 それを聞いたマリアは可笑しそうにくすくす笑った。何か可笑しかったかな……?

 そう思ってマリアの顔を見つめる。



「あの子は貴女より酷かったわよ。ゴブリン相手なのに……大分取り乱してた」

「嘘。あの時、ケイト普通だった」



 ケイトは巨大なゴブリンを倒したとき、私を背負って家まで送ってくれた。お母さんとも普通に喋ってたし、私も気遣って笑ってた。何時も通りに。

 否定してもマリアはゆっくりと首を横に振って微笑んでいた。



「男の子は女の子の前では我慢するのよ。格好つけだからね……みんな」

「そうなの?」

「そうよ。あの子はそれが特に強いのね。貴女の前では絶対に見せないと思う」



 ケイトは自分が困っても私には見せてくれない……私を頼ってくれない?

 私が頼りないから?



「誰かあの子をわかってくれる人が側にいてくれたらいいのだけどね」

「マリアみたいに頼れる人?」

「違うわ。良く相手を見て、理解してくれる人……見せられなくても、わかってくれれば……きっと、心が楽になるんじゃないかしら。私の考えだけどね」



 ケイトは私のことをよく見て、何時も考えてくれていた。こちらから話さなくても私の考えていることを理解してくれていたと思う。


 だけど私はどうだろう……彼がそんな風に苦しんだなんて全然わかってあげられなかった。祭りの時に私を避けたときも……結局助けてくれたのはヘインだったみたいだし。


 そう悩んでいると、マリアはにやにやと意地悪そうな笑みを浮かべて言った。



「あの子が取り乱した姿を見れたのは母親の特権なの。可愛かったわ」

「ずるい。私も見たかった」



 マリアはくすくすと少しだけ笑い、ふぅ……と、息を吐いた。



「クルス。旅に出ればどうしても戦わなければいけない時もあるわ。盗賊とかね」

「うん……」

「本当に大切なことが何なのかを考えるの。そして、悩みなさい。それでいいの」



 きっとマリアも悩んできたんだろう。ケイトも今悩んでいるのかもしれない。

 私もずっと悩むのだろうか……逃げずにちゃんと考えよう。そう思った。



「マリア。ありがとう」

「弟子の面倒みるのは当然よ。貴女も私の娘みたいなもんだしね」



 にっといたずらっぽく笑ったその表情は、エリーに似ていた。

 やっぱり親子なんだなと私は思った。



 五日間はエリーとマリアとお母さんに本当に迷惑をかけてしまった。


 お母さんは私には怒らないけど泣くので本当に困る。そして、珍しくお義父さんと喧嘩した……私の前で。喧嘩じゃないか……一方的に怒ってたし。

 お義父さんも小細工のことは知っていたらしい。


 村の総意だったみたい。仲裁に入ったマリアがそう言っていた。昔も私がゴブリン退治に参加するのを反対してたし……確かにどちらも危険だったけど。


 私は動けるようになると一人で考え込むことが増えた。

 今日も一人、いつもの坂の芝生の上に腰を降す。寒いけど……日中なら大丈夫。ここにいると昔の友人達が側にいて一人じゃない気がするから。


 人を殺した話はすぐに広まったんだと思う。私に挑戦してくる男もいなくなった。

 カランに会いに行く勇気も無く……グルードは事件の後片付けで忙しいのか村に遊びに来れなくなった……らしい。ケイトがいなくなったばかりの時に逆戻り。



「はぁ……」



 ごろんと寝転んで空を見上げながら溜息を吐く。

 以前なら別に何も感じなかったと思う。だけど、今は無性に寂しかった。


 寂しいとき慰めてくれてたケイトがくれた首飾りも……もうない。幸せを運んでくれるはずの青い鳥は砕けてしまった。それが何かを暗示しているようで嫌になる。


 本当にどんなつもりでケイトは私を置いていき、どんなつもりで青い鳥の首飾りを送ってくれたんだろう……わからない。答えって何だろう。


 そういえば、ケイトは私が他の誰かを好きになるかも知れないと言っていた。


 前は絶対にそんなことはないと思っていた。

 そもそも私と仲良くなろうと考える男なんていなかったから……だけど今は?


 カランは正面から私にぶつかってきたし命懸けで助けてくれた。グルードは村のために戦ってくれたし、私に結婚を申し込んでくれた。彼らのことはどう思ってる?



「今でも私は本当にケイトのことが……誰よりも好き?」



 それだけじゃない。村を出たい? それとも残りたい?

 村を出れば必然的に……戦わなくちゃいけない。命を賭けて。


 ひょっとしたらこういう色々な悩み……それがケイトの言った『答え』の意味なのかもしれない。


 今、私が悩んでいるようなことをケイトは自分で考えて、自分なりの答えを出して……自分の力だけで旅に出たんだ……そうか……私が置いていかれた理由って……甘えてたから。


 そんな風に悩んでいると、



「クルス。何を難しい顔してるの?」



 ぽん……と急に背中から肩を叩かれた。

 いつの間にかリイナが私の後ろに立っている……全然気が付かなかった。

 子供のような姿なのに急に大人っぽくなった彼女は、軽く微笑むと私の隣にゆっくりと腰を降ろした。



「珍しいね。隙だらけだったよ?」

「リイナ……」

「実はさ。エリーから事情聞いて……心配だったの」



 私が怪我をしたこと。そして人を殺したこと。

 そして、様々な……すぐには答えの出ない色んなことに悩んでいること……リイナはエリーから全部聞いていたみたいだった。お腹に子供いるしあんまり心配かけたくなかったのに。



「リイナは私が怖い?」

「馬鹿」



 一瞬も間を置くことなく、ぽかっと軽く殴られた。

 リイナは笑っているけど……目は笑ってない。本気で怒ってる。



「私達は友達でしょう。嫌いになるわけないよ」



 悩みで一杯だった心が少しだけ軽くなるのを感じる。リイナにも会わずに一人でいたのは……自分でも気付いていなかったけど彼女にも拒絶されるのが怖かったからか。

 思えば私達も……少し前の私達では考えることもできない状況にあるなぁと苦笑する。



「短い間で随分変わった……私は人を殺して、リイナは新しい命を産む」

「……本当に悩んでるんだなぁ。あのクルスが」

「何も考えてないと思われるのは心外」



 不貞腐れて横を向く私に、リイナはクスクス笑った。

 だけどね……と、彼女はお腹に優しく手を当てて言う。



「悩んだらいいんだよ。本当はね……この子のことをエリーと相談したとき私も悩んだんだ。あの日話したみたいに……本当はすぐに素直に喜べなかったんだ」

「リイナ……そうなの?」



 リイナは私を見て少しばつが悪そうに頷いた。



「悩んで悩んで……どうしたらいいかわからなくて……どうしようって泣きついたらの。怖くて堕ろそうかとも……そのときは考えたんだ。情けないよね」

「エリーはなんて?」

「今なら魔法の薬で堕ろせるけど……マイスの子供殺すのって」



 言いそう。普段は優しいけど……マリアに似て、同じ人とは思えないくらい厳しくなることもエリーにはある。ジンおじさんには絶対に見せない顔……。



「リイナはどうしたの?」

「絶対嫌! って。そしたら、エリーは笑ってじゃあ喜びなさいよって。私もクルスと同じ。エリーがいなかったら……一歩間違えたら奪う側になってたね」



 リイナも悩んだんだ。新しい命を産むって大変なのかも……今の私にはわからないけれど。



「リイナは今、幸せだよね」

「うん。この子のこと喜んだら悩みは嬉しいことばかりになったの。クルス、どうせなら……悩むのも楽しい気持ちで悩んだらいいんじゃない?」

「難しいことをいう」



 脳天気そうに笑うリイナに苦笑で返す。でも大切なことかもしれない。

 答えを出すことでケイトは私に不幸になって欲しいとは考えていないはずだから。



「リイナ。有難う……しばらく一人で考えさせて。大丈夫だから」

「そう。頑張ってね。クルス」



 楽しく……か……私の楽しいこと……何かあったかな……。


 そうやってしばらく考えていると、ふと昔に彼が冒険に出たいと子供の頃に私に語ってくれたことを思い出した。彼は綺麗な光景を見せてくれて楽しそうに夢を語っていた。



「そうだ……あそこに行ってみよう……何かわかるかも」



 彼が大好きだった場所。私達の思い出の場所……私は気付くと走り出していた。




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