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外伝 六話 二人



 森の中を足元に注意しながら、相手の攻撃を掻い潜りながら下がっていく。

 このまま逃げるか……という考えも浮かんだけど……そこまでは甘く無さそうだ。足場の悪い森でもジムスは安定した攻撃を続けていた。背中を向けた瞬間斬られそう。



「嬢ちゃん。追いかけっこはやめにしようぜ。俺はおっさんだから体力無えんだよ」

「嘘。全然余裕」



 傷跡をたまに摩りながらジムスはたまにこうして声をかけてくる……体力が尽きるのも……このままだと私の方が早いかもしれない。身体能力が違いすぎる。



「しかし、二十かそこらの小娘にここまで避けられるとはな。歳はとりたくねえぜ」

「……私はまだ十四」

「まじかよっ!」



 驚いたような顔をした後、ジムスは吹き出して狂ったように笑った……が、



「ざけんなっ! このガキが!」



 前髪が少しはらりと落ちる。今のは危なかった。

 からかうような笑みを浮かべていたジムスが、急に怒気を発した。なんでだろ。



「ちっ……身軽だな。才能か……うぜえ。こっちは命懸けでのし上がったってのによ」

「ちゃんと訓練してる」



 一筋の汗が私のこめかみを流れていく。訓練の時とは比べものにならないくらい体力も精神力も削られていく……相手の一つ一つの攻撃が私の命を削っている。



「殺す理由が増えたぜ。俺はお前みたいに才能があるやつが……胡散臭いあの化物共のボスと同じくらい気持ち悪くて嫌いなんだ」

「…………っ!」



 相手の斬撃が激しくなっていく。森を利用して動きを限定しているにも関わらず、彼の剣は速い上に的確にこちらを狙ってくる。何度も回避に失敗しそうになった。



「あっ!」

「くそ……ん、なんだこりゃ?」



 首の近くをはね上げるように剣が通り、ちんっ! と軽い音と共に木漏れ日を浴びて……私の青い鳥が宙を飛んだ。ジムスの足元に向かって。

 私は下がるのを止めて慎重に前に出る。あれは……あれはっ!



「焦ってやがるな……こいつのせいか。いい顔だぜ」



 無謀を承知で飛び出して剣を振る。狙うのは腕……だが、ジムスは何度攻撃しても私の攻撃を見切って簡単に防いでしまう。そして上段から剣が振り下ろされる。単純でよけやすいその攻撃の目的は……。


 音を立てることもなく……小さな青い鳥が大きな剣の下で砕けた。



「命中~ってか。小さいから難しかったが……さすが俺だな。げ、硝子かよ。安物じゃねえか。ゴミみてえ……くく……ガキにゃ丁度いいか。これ買った奴も糞だな」



 そう、ジムスが私を嘲笑する。ウィルスが教えてくれた……ケイトがくれた幸せの青い鳥を壊して……馬鹿にして……許さない。絶対に……絶対に。

 憎悪が心から溢れだした……その時、心の中から懐かしい声が響く。



 力を貸しましょう……と。



「クスクス……復讐するのよ……?」

「ああん?」



 自然と口から溢れる言葉。もう一人の『私』が語る言葉……それを私は止めない。私だけでは勝ちきれないから……彼女にも頼る。そして謝る。

 笑って任せてくれたのにごめんなさいって。


 ジムスはそんな私を見て困惑しているが気にしない。



「私はね……私達はね……幸せになるの……今度こそ」

「お、おかしくなっちまったか。気持ち悪い笑い方しやがって」



 怒り……悲しみ……憎悪……そして狂気で心が溢れ返りそうになる。

 私は自我をぎりぎりで冷静に保ちながら、私にとって身近なその感情を解放する。身体の感覚が無くなり、それでいて力は満ちていることが理解出来る不思議な感覚。


 これは駄目な力だ。直感的にそれがわかる。

 明日は立てないかもしれない。でも、それでもいい。今日身体が動くなら。



「今度こそ手に入れるの。今度こそ離さない。今度こそ守りきる……貴方は邪魔。だから……可愛いもう一人の『私』……クスクス……一緒に殺ろ……」

「な、なんだ? なんなんだ! まさかてめーも『化け物』かっ!」

「死になさい」



 剣が軽い……身体も。腕も足も悲鳴を上げているのがわかるのに痛みはない。

 基本通りに全力で右から斬り下げる。ジムスが剣で防ごうとするが関係無い。迷わずに振り切る……浅い。けど、大丈夫。

 ギィィン! と、剣が打ち合う鈍い音が鳴り響き、ジムスがその衝撃で剣を取り落とした。私の腕も……多分、重傷だと思うけど。顔には出さず、呆然と驚いた顔のまま落とした剣を見つめているジムスの喉に剣を突きつける。



「降伏する?」

「わ、わかった……降伏する……俺の負けだ」



 心の中では殺せ! と声を上げているが、捕まえてグルードに引き渡した方がいいと説得する。だが、彼女は納得しないようだ。

 抵抗しない相手を殺すわけにもいかない。ふぅ……と息を吐き、剣を下ろそうとした瞬間。



「っと言うとでも思ったか……馬鹿がっ!」



 腕を払われ、油断していた私の手から剣が飛んでいく。そのままジムスは私より遥か大きい身体でそのままぶつかり、私を押し倒して身体の上に乗った。



「かはっ!」



 木の根が背中に当たって背中から身体が押されて口から空気が漏れる。ジムスは私の右手を抑えて予備の武器らしいダガーを左手に逆手に持って私の首に突きつけた。



「形勢逆転ってやつだ。戦争で生き残れないな。お前は」

「卑怯……なの忘れてた」

「ほんと鬱陶しいくらい落ち着いてるな。これから死ぬってのによ」



 呆れたようにジムスが傷だらけの顔で溜息を吐く。

 左手はまだ空いている。体に痛みはない……まだ諦めない。私にも予備のダガーがある……お義父さんの友達の形見……最悪刺し違える。

 ゆっくりとジムスの短剣が私に近づき……私も左手で腰のダガーに手を伸ばして……。



「あああああああうあああああああ」



 ガサガサッ! と森を掻き分け走りこんできたのは皆に連絡しにいったはずのカランだった。

 泣きながら剣を振り回し、草を掻き分けながらこちらに走ってくる。


 身体の上のジムスがびくっと震えて私の上から飛びのき、ダガーをカランに投げた。それは彼の太股にざっくりと刺さり、彼はジムスに近づくことなく地面に転がる。



「ぎゃあああぁぁぁ! い、いい、痛いっ! 痛い!」



 泣き喚き、痛みに転がっているカランに心の中で礼を言い、すぐに落とした剣を拾う。

 ジムスも気付いたように自分の剣を拾おうとするが……。



「遅いっ!」



 落とした剣を取るために私の前を横切り、慌てて屈んだジムスの足を私の剣は深く切り裂いた。そのままジムスは前のめりに倒れる。



「ぐぁぁぁぁぁ! ちきしょう! クソガキどもがああ!」

「死になさい」



 私は彼に近づくと剣を逆手に持ち、ためらうことなく全力でジムスの首に突き刺した。首を貫通して地面まで抉り、血が私の手と足を赤く染める。

 ジムスの手が私の足を握り潰さんと掴むが……その力もすぐに抜けた。


 それと同時に『彼女』の気配も消えていく。

 最後に心配そうにしっかりね……と呟いて。子供の頃のあの日から遠くから見守ってくれている姉のような……今日も助けてくれた……そんな恩人に私は心から感謝をした。



 私はジムスが動かないことを確認し、急いでカランに駆け寄った。



「カラン……どうして来たの」

「ひっ!」



 地面に座り込んできたカランが青ざめて引き攣るような声を上げて、後ずさろうとした。心がずきりと痛む……なんでだろう……この顔……カランが怖がってる? 誰を? 私を?

 自分の手を見ると……べったりと血が付いている。



「……ごめんね。カラン……」

「ちがっ! お、俺はクルスが心配でっ! 他の奴に任せて! 傷だらけの男がこっちだって……だ、だから! へ、平気……っ!」



 恐怖と痛みで脂汗をかいて青ざめながらも必死でカランは私に気を使っていた。怖がられることへの諦めと……彼への感謝で自然と笑みが出た……と思う。



「ありがと。強いね……カラン」

「ク、クルス……俺は……なんで」



 人を殺すこと……カランの平和な日常……村での生活にそれはない。それは恐怖の対象なんだと思う。私にとってもそれは……同じ。動物や怪物と人は違った。


 命を狙ってきた相手を倒した安心と同時に……人を殺した不安と後悔が沸き上がる。

 戦いを私は望んでなんかいなかったんだ……怖がってたんだ……震える手を見て、それが不意にわかった。結局私は昔のマイス達をケイトの後ろで怖がってた弱い子供の頃のまま……。



「カランが助けてくれなかったら、私は死んでた」

「俺は……俺は……!」



 血みどろの私の手を見てガタガタ震えながらもカランは自分の腕をぐっと握って叫ぶ。



「怖く……こ、怖くなんかないっ! 違うんだクルスっ! 俺はお前が!」

「いいの。ありがとう……本当に強いね。カラン……私なんかより」



 私は自嘲して剣を腰に戻す。恐怖と痛みを味わっても私を気遣いを忘れない彼に……弱いと彼を馬鹿にする資格は私には無い。彼は強い人だと思う。


 私の手も彼のようにカタカタ震えて、上手く鞘に中々入れられなかった。

 彼と同じ恐怖……だけど、私は……助けてくれたカランを気遣う余裕も持てない。



「カラン。この手じゃ貴方の治療は出来ないし、人を呼んでくるね」



 私は血止めのために自分の服を裂いて彼の太股にしっかりと巻きつけると、逃げるように彼に背中を向けて私は走った。ふと頬が気持ち悪く感じて腕で拭く。



 無意識のうちに私は涙を流していた。







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