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外伝 五話 悪意と真相




 クルト村の東に広がる森は東に抜ける狭い道が中央にあり、道以外のところは木の根が地面を這うように飛び出ているような場所が多く、森に慣れていないと移動し辛い。

 木々の一本一本の間隔は狭く無いので走れないことはないのだけど……。


 カランもそれほど森に慣れていないこと、傭兵達もそこまで森に慣れていないだろうということを考えると、ウィルスが切られたのは道に近い場所のはず。


 私は傭兵達と出会わないように道から少しだけ外れた薄暗い森の中を駆ける。

 ある程度の距離を走ってから少しずつ速度を落として、道が見えてこちらは見えにくいぎりぎりの場所を今度はなるべく音を立てないように進んでいく。


 息を殺し、小さな音も聞き逃さないように神経を集中させる。

 あの疲れたような騎士は、大丈夫だろうか……最善は彼が軽傷で傭兵達が側にいない……もしくは少ないことだ。少なければ弓があるからなんとかなる。


 緊張で汗が流れる。小さく長く息を整えて体を軽く動かし、強ばらないように注意する。戦いになった時に最善の動きが出来るように。


 ふと、脳裏に一つの考えが頭を過ぎる。

 もしかして、自分は戦う事を望んでいるのだろうか……。


 いや、危険だから注意しているんだ。そう困惑を振り払って注意しながら進んでいく……と、微かに血の臭いが漂ってきた。道には誰もいない。


 道の側に除けたのかな……そう思い、よく目を凝らすと道の向こう側に横たわる人影が見えた。動いてない────。



 周りに人影がないのをざっと確認し、道を横切って倒れている人影に近づいていく。



「ウィルス……」



 間違いなく横たわっているのは……黒髪の騎士を名乗った、疲れた表情で笑っていた青年……ウィルスだった。最悪の事態に血の気が下がる。

 彼の胸には抉られたような傷があり、片腕は半ばまで断ち切られて皮だけで繋がっているような……そして、致命的な肩から斜めに走った斬撃の後……これは……生きていても助からない。そう直感する。



「どうして仲間に……?」



 考えるのは苦手だけれどウィルスと他の傭兵達と仲間割れしたくらいはわかる。

 今ここにいない傭兵達……傭兵達は村に行ったんだと思う。


 ウィルスはもしかするとそれを止めようと思ったのかな。そして、それに反対する傭兵達に殺された……なんだろ……心の底から湧いてくるこの強い感情……覚えがある。

 昔、夢で感じていた感情……これは悲しみ? 怒り?


 横たわる彼の側に座り、一応生死を確認する。彼は理想のために生きてるって言ってたし、せめて生きてたら最後の言葉だけでも彼を待つ誰かに伝えてあげたい。

 そう思い、顔を近づける。



「ク……クルスか……?」

「うん。ごめん、助けられなくて」



 ウィルスに意識が残っていて明瞭な声が聞こえてきたことに私は驚いた。

 私は殆ど諦めていたから。だけど、これで……伝えてあげられる。



「ウィルス。誰かに伝えることはある?」

「ば、馬鹿……早く逃げろ……ジムスが近くに……」

「……!」



 ウィルスに気を取られすぎて気がつかなかった。こんなに明確に気配があるのに。

 左手に持っていた弓を捨て、慌てて横に飛ぶ。私の頭があった場所をナイフが通り過ぎ、地面に刺さった。



「おー。あれかわすかぁ……まあ、死ななくて良かったぜ。色々と楽しめそうだ」

「あの時の継ぎ接ぎ男」

「ジムスってんだ。惜しいな、もうちょいむっちりした女が好みなんだが」



 錆びた鉄のような色の髪をした、がっちりとした野性味溢れる中年の男……ジムスは村長の家の前であったときと同じ、からかうようなにやけた笑みを浮かべてこちらを見ていた。仲間に致命傷を与えたというのに、こいつの表情には一切の後悔がない。

 私は剣を抜き、ウィルスから離れると油断せずにジムスを睨む。



「どうして仲間を……殺そうとしたの?」

「殺すって誰をだ? ああ、この化け物か……くっ、あはははははははっ!」



 ジムスは笑って傷ついたウィルスを踏みつける。ぐっ……とウィルスが呻き声をあげる。

 憎悪の感情が燃え上がりそうになるが……昔の夢に比べれば……大丈夫。



「お、意外と冷静だな。ますます面白いな……この化け物はこれくらいじゃ死なないんだよ。あんまり馬鹿なことを言ったから、ちょっと黙ってもらっただけだ」

「致命傷。死なないわけがない」



 ジムスはウィルスを足で踏みにじり、くくっと笑いを噛み殺しながら続ける。



「ウィルスは化け物じゃない。足を離せ。外道」

「あんま笑わせんなよ。おい、ウィルス……お前が化け物じゃないってよぉ! 教えてやんなきゃなぁ。現実ってやつをよ」

「よ、よせ……」



 嫌らしい笑いだ。本当に……。

 ウィルスが苦しそうに止めようとしているけど、ジムスにやめるつもりはないみたいだ。



「こいつはな。幾つもの村を焼いた俺と同じ外道なんだよ。騎士を語って『呪い付き』の化け物共に国への憎悪を植え付ける……俺と変わんねえ外道だ……それだけじゃねえ」



 ふんっと鼻を鳴らして、ウィルスから足をどけて私の正面に出る。



「その憎んでる『呪い付き』共を味方面して仲間に誘うんだぜ。滑稽すぎて笑えるぜ。なあ、嬢ちゃん……くくっ……そんな外道のこいつも『呪い付き』なんだぜ。これだけやっても死なねえんだ。笑えるぜ。化け物じゃなくてなんだってんだ?」



 心底可笑しいとジムスは笑う。ウィルスが……『呪い付き』?

 ケイトに憎しみを植えるために、村を……燃やそうとした?



「そんなこいつが今回は止めようとかいったんだぜ。何を今更いい子ちゃんぶってんだ。何時も通り金と女を持って帰らないとダメだろ」



 『呪い付き』の仲間を集めることで彼の何らかの理想は叶えられる……でも、現実は……彼の疲れたような表情の謎がようやく解けた気がした。

 難しいことは私にはわからない。だけど、わかることもある。


 彼が今そうされているように……もしかしたらケイトも彼のように化け物と蔑まれて生きていたかもしれないのだ。災いを運ぶと言われて……意味もなく踏みにじられて。

 その時、ケイトは今のように自由に生きれただろうか。



「軍資金集めるのも仕事なんだからな。これは相応の罰ってやつだ……全くついてないぜ……こいつのせいで俺の相手は小娘だしなぁ」



 私はジムスを警戒したまま顔をウィルスに向けて、息を大きく吸い込んで意識的に大きな声で断定して言った。



「ウィルス。貴方は化物じゃない」

「ほう……言うねぇ。嬢ちゃん。嫌いじゃないぜ……気の強い女は」

「私は貴方が嫌い」



 ジムスが笑みを消し、真剣な表情で背中に差していた重そうな剣を抜く。両手用の剣……かなり使い込まれている。こいつは……本物かな。

 背中の矢筒を捨てて森に背を向け、私も剣を構える。



「なんでこいつを恨まねえんだ? 今頃、村は火の海だぜ?」

「貴方の仲間はどうせ捕まってるから。騎士がもう到着してるはず」

「ちっ……そういうことか。あの狼煙は……やっぱ俺は運がいいな。訂正するぜ」



 村に被害があれば……私はウィルスを許さないと思う。自分勝手だけど……私と村に被害のない今は……助けようとしてくれた今だけは彼を許したい。

 彼も私と同じようにこれから答えを探していく人なんだろう……そう思う。



「悪いな嬢ちゃん。本当は気の強いお前さんを泣きながら謝るまでぼろぼろにしてから売り飛ばしたかったんだが、そんな悠長なことをしてる暇無くなっちまった」

「構わない。貴方はここで死ぬのだから」



 私は無造作に相手に近づき、一瞬で間合いを詰めた。

 その勢いを利用して相手の眉間と首狙って突きを放ったが簡単に受け止められてしまう。



「ひゅ~やるなぁ嬢ちゃん。だが、軽いぜっ!」



 ジムスは私の剣を弾くと両手剣を右斜め上から斬りかかってきた。それを右に飛んで回避。さらに追撃で真横に薙いだがそれは下がることでかわす。


 騎士に化けていたこともあって相手は金属製の鎧を身につけている。それに対して私は鎧すら身に付けていない。こちらの方が動きやすいが、一度ミスをしたら負けてしまう。


 実力差も悔しいけど……ありそう。命のやり取りをした場数の差……か。

 間合いを取って対峙しながら考える。正面は不利……矢筒を捨てたのはミス。足はこちらが早いし、弓を拾って逃げながら矢を撃てば時間を稼げたのに……焦ってたかな。


 正面が無理なら地形を利用するしかない。あのケイトと二人で巨大なゴブリンと戦った時のように。森は……私達にとっては味方だ。



「痛くないように一思いに殺してやるから安心しな」



 ジムスは私のような女に負けるなど少しも考えていないに違いない。だからこそ、私にも勝機がある。こいつには隙がない。だから、隙が出来るまで……我慢。



「泣いて謝るなら許してあげてもいい」

「残念だぜ。お前さんみたいな面白い女を殺さないといけないなんてな」



 嵐のように剣を振って斬りかかってくるジムスの剣をかろうじで回避し続けながら、私は深い森の中へと相手を誘導していった。





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