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外伝 三話 忍び寄る変化




 エリーから話を聞いた翌日、日課の鍛錬を終えると私はすぐにリイナの家に向かった。


 穏やかな雰囲気の彼女の両親に頭を下げて家に入れてもらい彼女の部屋の前に立ち……何を言えばいいのかを悩み、ノックを躊躇ってしまったけど……意を決して部屋を叩いた。



「リイナ。私」

「どうぞ~」



 中から聞こえた声は明るかった。

どんな顔をすればいいかわからなかった私は安心して、息を吐いて中に入る。



「クルスはもうエリーに聞いたの?」

「うん」

「そっか。聞いちゃいましたか~」



 机に向かって、マイスに宛てた手紙を書いていたリイナは一旦手を止めてぐっと身体を伸ばしてから目を閉じていたずらっぽく、にや~と笑いながら椅子をこちらに向けた。



「昨日悩んでたから気にしてた」

「ああ、そういうことね。確かに悩んでた……いや、期待してた……かな」



 背が低くて子供っぽいと言われたり、一緒に歩くと私の方が年上に見えるとか言われることが多いけど、やっぱりリイナの方が大人だと思う。結構大変なことだと思うのに。



「エリーに確認するまでは不安だったけど……今は嬉しいの」

「嬉しい?」

「そう。まだ、不安定な時期は続くらしいのだけど……ちゃんと産んであげたい。私は母親になるの……あはは、信じられないよね」



 そう話すリイナの顔は本当に幸せに見える……妹を抱くお母さんと似ている笑みだと思った。自分には現実味がなくて想像も出来ない。



「本当に好きな人と結ばれることは幸せなことなのよ。クルス」

「幸せ……か。そうなのかな」

「うん。貴女も本当に好きな人を選ぶんだよ? 殴りあいで決めるんじゃなくて」



 ね? と、からかうようにリイナは笑った。私はその冗談に苦笑いして頷いた。彼女やエリーにはこのことを何度笑われたかわからない。確かに失敗だったけど……。


 まあ、私のことはいいとして気になることはある。

 予定ではマイスが帰ってくるまでまだまだ遠い。それをどうするのか。



「マイスはどうするの?」

「そのことでクルスにもお願いがあるの。このことは手紙に書かないで欲しいの」



 リイナはそういって微笑む。意図が分からず、何故? と返すと彼女は、



「マイスに後悔してもらいたくないから。彼の邪魔をしたくないの」



と、少し困ったように苦笑いしながら言った。マイスの性格だと確かにこの話を聞くと集中することが出来なくなるに違いない。



「本当に……それでいいの?」

「一年のことだから」



 だけど、迷宮は命懸けの仕事だと聞いている。今は大丈夫そうだけど……もしマイスに何かあったら……子供は私のようになってしまうかもしれない。

 本当にそれでいいのだろうか……私には答えを出せなかった。


 リイナの家から帰りながら幸せについて考える。記憶がおぼろげになっているけど……昔、夢に出てた女性も幸せになりたかったと言っていた。

 私にとっての幸せってなんだろう……歩きながら胸元で揺れる青い鳥を触り、難しい問題に頭を悩ませていた。



 時が流れて三枚目の手紙が来た。ケイト達は順調に冒険を続けているようだ。


 ケイトに朝帰りって何? と書いてみたところ、お義父さんに聞いてみてと返事には書いていた。他にもシーリアとはどう? と書いてみたけどケイトは今、余裕がなくてシーリアも和解したけど友人としてしか見ていないみたいだった。


 結婚を申し込まれたことに関しては、大事なことだからちゃんと考えて答えるようにと書かれていた……けど、字を何度も書き直したようで、そこだけちょっと汚かった。珍しい。


 ラキシスからも手紙が届いていた。今回の手紙には最近、冒険ばかりで娘が構ってくれないと泣き言と愚痴のようなものが手紙いっぱいに書かれていた。ケイトには悪いけれど頼る相手を絶対に間違えてると私は思う。このエルフはどうしようもない。



 グルードもあれから本人の言葉通りに急かしたりせず、カランも何時も通り返り討ちにしたりと、特別変わったこともなく過ぎていく。

 そんなケイトのいない新しい日常にようやく慣れてきた頃、事件は起こった。


 ある日何時も通りに鍛錬のために村長宅を訪れると、十人程の金属製の鎧を身に付けた男達が村長とマリアを取り囲んでいた。


 一瞬騎士かな……と思ったが、騎士ならグルードみたいな人だろう。目の前の男達は彼とは違い、仕草が洗練されていない気がする。

 村長と話している一人だけは他の男と違って礼儀正しく話をしていたようだが……。


 男達が私に気付く。にやにや笑っていて、視線も舐めるように感じて不快だ。剣をいつでも抜けるように力を抜いて無言で相手を見つめる。



「まあまあ、そう警戒するなってお嬢ちゃん。仲良くしようぜ?」



 男達の中でも一際傷が多い、中年くらいの鍛えている様子の男が口を歪ませて笑う。背は高くないが野生の猛獣のような……そんな印象を受けた。

 私は更に警戒を強める。



「止せ。ジムス」



 村長との話が終わったのか礼儀正しい黒髪の男は他の男達に下がっているように命令し、今度は私の前に来た。この男達の責任者なのだろう。



「失礼。私はカイラル騎士団のウィルスと申します。貴女は村長の関係者ですか?」



 目の前の男を油断せずに見つめる。歳は……まだ二十代前かな。何だか疲れているように感じる。背丈は高め……腕は先程のジムスと呼ばれた男に比べると落ちそう。



「一応」

「私はこの村に『呪い付き』がいるとの噂を聞き、調査に来たのです。そのような話を……貴女は知りませんか?」

「呪い付きって……何?」

「特殊な能力や知識を持つ人間のことです」



 首を傾げる。聞いたことのない言葉。特殊な能力……?



「知らない」

「そうですか……わかりました。呪い付きは災いを呼ぶ存在。早急に見つけなければなりません。気づいたことがあれば離れの方にいますので教えてください。よろしくお願いします」



 彼は私に一礼すると、男達のリーダーらしいジムスに行くぞと命令し、客が泊まることが出来るようになっている離れの方へと歩いていった。


 私は彼等の姿が消えるのを待ってマリアと顔を合わせると、彼女は黙って頷いて私を家の中に促す。表情は真剣で口を引き締めている。

 モルト村長とマリアと私……三人でテーブルを囲んで座ると、マリアが口を開いた。



「彼等はどうやらケイトを探しに来たようね」

「ケイトを?」



 彼等は『呪い付き』と言っていた。何故それでケイトのことになるのか。



「商人から噂でも聞いたんでしょう。幸いあの子はいないし……とぼけてこの件は終わり……だといいのだけど、おそらく簡単にはいかないわね」

「ケイト……呪い付き? 災いを呼ぶとか言ってたけど」

「貴女はケイトが災いを呼ぶと思う?」



 私は首を横に振った。マリアはそれを見て微笑む。



「呪い付きに危険な者が多いのは事実よ。だけど、それは本人の性格と育ちによるもの……私はそう思ってるし、そのつもりであの子を育てたの」

「そうなんだ」

「私の兄も呪い付きで……兄のようにはしたくなかったからね」



 マリアは苦笑いしながら、過去の兄との出来事を語ってくれた。『呪い付き』と蔑まれて生きていた兄がある事件をきっかけに住んでた村を滅ぼして……その兄を倒すために剣を取って冒険者になったという凄惨な話を。



「ケイトは不思議な力を持っているわ。知っているのは家族とガイとジンだけ。貴女や友達は薄々知っているとは思うのだけど」

「あの遠くの動物とかをみる力?」

「そう。名前さえわかれば……ある程度離れても人の強さを数字で見ることができるらしいの。人だけでなく、動物や植物でも……あの子は簡単に考えているけど、危ない力よ」



 私は頷いた。使い方次第では本当に便利な力かもしれない。マリアは薄く笑って私に問いかけてきた。聞くまでもないことを。



「怖い?」

「全然。ケイトは大丈夫」



 側で聞いていたモルト村長が苦笑し、マリアは声を上げて笑った。



「あー。本当にいい子ね……そうそう、あの騎士達だけど……」

「あれは騎士じゃない気がした」

「よく気付いたわね。あれは恐らく傭兵よ。礼儀正しいのは何者かわかんなかったけど」



 モルト村長がむぅ……と唸っている。傭兵が十人も村に居座るというのは、あまり望ましいことではないらしい。武器を持った人間が何をするか予測出来ないから。



「クルスがグルード様と仲良くなってくれたのは幸いだったわ」

「そうだな……トマスをセイ村に走らせるか。前の徴税官よりは我々のことを考えてくれそうだ。彼には悪いが頼らせてもらおう。ガイとジンにも連絡を。奴らには大量に酒を出しておこう……村で暴れられると困る」

「連絡は私がやる」



 モルト村長とマリアは頷くと、それぞれの準備を始める。

 私も村長宅を辞すると、お義父さんとジンおじさんに連絡するために歩きだした。



 ケイトの兄さんがセイ村に辿り着いてグルードがこちらに来るのは恐らく明日か、明後日になる。それまで何も起こらないことを祈るしかない。


 どうやら黒髪の青年……ウィルスは色んな家に聞き込みをしているようだった。ケイトは村でも有名だし、彼が答えに行き着くのも遠くない気がする。その後、彼がどうするつもりなのか……確かめなければならない。


 私はそう考え、訪ねた家から出てきた彼に偶然を装って声を掛けた。



「こんにちは。ウィルス様」

「ああ、君はさっきの……様はいいよ。君は……ええっと」

「私はクルス」



 よろしく、とウィルスは手を出してきたのでそれを握る。

彼は次の場所へ歩こうとしたのでその横を歩く。



「調査はどう?」

「旅に出た村長の息子……が怪しいと思っている。君とも深い関係があったそうだね。何故教えてくれなかったんだい?」

「私は呪い付きという言葉そのものを知らなかったから」



 ああ、そういうこともあるのか……とウィルスは驚いたように呟いた。

 そんなに変かな?



「その首飾りも買ってもらったらしいね」

「皆……口が軽い」

「ははっ! みんな微笑ましそうに話していたよ。村長の息子さんはいい人だったようだね。彼も君もみんなから好かれてる……羨ましい。それにしても、青い鳥か。意味深だ」



 どういうことだろう。首を傾げているとウィルスが懐かしい出来事を思い出すように遠くを見ながら……穏やかに微笑みながら教えてくれた。



「古い童話があるんだ。幸せの青い鳥という話が」

「どんな話?」

「……少年と少女が幸せの青い鳥を探していろんな場所を旅をするんだ。だけどそれは旅では見つからない。何故ならその鳥は身近な自分達の鳥篭にいたって話さ。どうだい?」



 青い鳥が冒険をしているケイトから届けられた……から。つまり……私の幸せは私の身近にある……そういう意味で……渡したのかな?

 彼はどう考えてこのプレゼントをくれたのだろう。だけど、今はそれより聞かなければならないことがある。大事なことを。



「『呪い付き』を見つけたら……どうするの?」



 一番大事な疑問。この答え次第では……。

 彼は苦笑しながら私に答えた。



「仲間に勧誘する。災いを呼ぶ能力を……正しいことに使わせてもらうんだ」



 意外な答えだった。思わず立ち止まって彼の顔を見る。彼の顔はまだ若いのに本当に……何か疲れているように思えた。



「正しいことって何?」

「難しい質問だね。人によって正しさは違うから。私もどうかと思うけど仕事だからね」

「なるほど。頑張って」

「……ありがとう。クルス。楽しかったよ」



 ウィルスはそう微笑んで頭を下げて、次の家へと入っていった。

 正しいことをしているなら、彼はどうしてあんな辛そうな顔で微笑むのだろう……私はそんな疑問を感じながら、家へと戻った。





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