外伝 二話 二枚目の手紙
ケイトからまた手紙が届いた。また一月経ったらしい。
今回は手紙だけでなく、何か紙に包まれた物が入っていた……何だろう。
夕食を食べ終えた後、お義父さんにランプを借りて机に座りながら私は手紙を読んでいた。
前回私はみんな元気でやってるということ、変な知り合いが出来たということ、私に勝てたら付き合うって言ったら毎日誰かが挑んでくるようになったことをケイトに書いた。
前二つに関しては喜んでくれて最後の部分はそんな選び方ではなく、本当に好きな人を選ぶようにと書いていた……ようするに選ばなくていいということかな。
好きな人は村にいないし。
読み進めると、どうやら新しい仲間が出来たらしい。ドワーフ……背が低くいけどがっちりしていて力も強い種族……後、職人も多い……だっけ? ゼムドと言う名前。
そしてもう一人は狼の獣人。魔法使い。
「シーリア……か」
どんな女なんだろう。学院に通っているらしいし、ヘインのように物静かな賢い人?
静かに本を読む感じの……ケイトも頭良いし……お似合いかもしれない。
でも、嫌われてるって書いてたし大丈夫……。
取り出した紙に包まれた何かに目を向ける。これはケイトが私のために職人達の店で探してくれたプレゼントらしい。
少しどきどきしながら、ゆっくりと……中身を傷つけないように慎重に紙を広げていく。
「これは……青い鳥……私に似合うのかな」
ケイトが私に似合うと書いているから、きっと似合うに違いない。
紙の中から出てきたのは小さな青い鳥の硝子細工が付いた首飾りだった。慌てて落とさないようにもう一度紙に包み直して、机の奥の方に置く。
締め付けられるような嬉しさを感じて思わず胸を抑える。そして手紙の続きを読もうとして……文字が滲んでいることに気付いた。
「あ……」
誰も見ていないのに気恥ずかしくて慌てて涙を拭いた。子供じゃないのに。
いい気分のままエルフのラキシスから届いた手紙も読む。普段は時間を掛けるのが勿体なくて、急いで読んでいるけど今日は気分いいし構わない。
「…………」
手紙を読むと冒険の初報酬でプレゼント貰ったとか、自分に似て賢いとか、どうでもいい養女の自慢が手紙いっぱいに書かれていて……最後に養女がケイトと朝帰りしたと書いていた。
娘の成長を大人として余裕を持って認めて上げたとか……きっと……いや絶対取り乱して頭の悪いことを言ったに違いない。
しかし、朝帰りってなんだろう。
翌日、鍛錬のない日だったので早速首飾りを身につけてエリーの住んでいる薬師の家を訪ねる。今日はリイナとエリーから料理を教えてもらう約束になっていた。
エリーの夫であるジンおじさんの家は独特の薬草の匂いが染み付いていて慣れてない人には辛いらしいけど、私はなんだか森の中にいるような気分で落ち着く。
エリーは急な仕事で少し席を外している。ただ出かける前に私と対面に座っているリイナに暖かい薬草茶を出してくれた。苦いけど香りは良い。身体が温まって落ち着く効果があるらしい。
「リイナ……元気ない。マイス手紙書かなかった?」
「えっ! そんなことないない! ちゃんと届いたし元気だよ?」
身長が私の肩より少し高いくらいで止まってしまったリイナは年上だけど可愛らしい女の子で、いつも明るい感じがするのだけど今日は何だか元気がない。
恋人のマイスからは手紙がちゃんと着ているようだし……先月は手紙が着た翌日は一日にやにやしてたのに。何か悪いこと書いてたのかな。
「そ、それよりその首飾り可愛いね」
「うん。ケイトが送ってくれた」
ちゃんと似合っているらしく、ほっとする。
話を聞くとマイスもリイナにプレゼントを送ったらしい。
「マイスからのプレゼントは付けないの?」
「うん……大事に取ってる。私どんくさいから、落としたくないし……でもでも! 凄い嬉しかった。絶対大切にするっ!」
この話のときは余程嬉しかったのか、いつものような明るい笑顔で惚気けていた。だけど、やっぱり何かが違う……何かに悩んでいる。そう思った。
「リイナ。悩みがあったら聞く」
「ありがとうクルス……でも、まだはっきりしたわけじゃないから」
珍しい真剣な表情でリイナは私にそういうと薬草茶にゆっくり口を付け、窓の方を見て小さく息を吐いた。私も残っている薬草茶に口を付け、そんな……なんとなく、不安そうな……それでいてうれしそうにも見える彼女の表情を眺めていた。
エリーの料理教室がなくなってしまったので、リイナと私で持ち運び出来る簡単な料理を作ることにした。リイナはエリーに比べるとまだまだ味は落ちるけど、随分上達している。
私にはどうもこの手の女性らしい技術には才能がない上、やる気もないので一向に上手くいかない。リイナの努力と向上心は本当に凄い。
エリーにリイナは薬師としての相談があるらしく、ちょっと疎外感を感じるけど私は箱に料理を詰めてもらい、外を散歩することにした。今日は冬なのにいい天気で暖かいし。
薬師の家から村の広場に向かって歩いていると、西の方から馬が走ってきているのが見えた。多分グルードだろう。馬は村に近づくと速度を落とし、私の前で止まった。
「こんにちは、グルード。用事?」
「ああ、こんにちは……今日は休暇だ。館でゆっくり過ごすのは性にあわんのでな」
そのまま一緒に村長宅まで歩き、馬を手早く杭に繋げると私はまた散歩を続けようとした……が、グルードから声が掛かった。
「その箱は?」
「お弁当作った。食べる?」
「おお! ありがたい。何も食べてなかったのだ」
結構な量を作ったので、大丈夫のはず。私は少なくてもいいし。そう思って誘うとグルードは笑顔で大きく頷いた。
外を散歩するときは訓練が終わった後、今は村にいない仲間達といつも座って話をしていた坂の芝生に座って私は食べている。そこまで歩いている途中に朝の農作業を終えたカランも自分の弁当を持って合流し、三人で食べることになった。
グルードはカランのことも気に入ったようで、前にいい兵士になれる素質があると褒めて……多分褒めていたんだと思う。だから彼が一緒に食べるのを歓迎していた。
「む、なかなか美味いな」
「お世辞はいい。私はこういうのは下手」
パンに炒めて味付けした肉と野菜を挟んだものを、右に座ったグルードは勢い良く食べている。
私は小さめのを選び、遠くを見ながらゆっくりと口に運んだ。
左に座ったカランは黙って自分の分を食べていたけど、ふと思い出したように言った。
「そういやさ、クルス。そんな首飾り昨日までしてたっけ?」
「昨日届いた……ケイトから」
パンを置き、綺麗に指を布で拭いてから大切に青い鳥を軽く摘む。明るい日差しが硝子細工に当たって淡く輝いている。うん、綺麗。
私を見ていた二人が変な顔をする。なんだろ。
「クルス。ケイトとは誰かな?」
「私の大事な人」
何故かグルードがうっと唸る。カランの方はちょっと不機嫌そうに弁当を一心不乱に食べていたけど、それをすぐに食べ終えて立ち上がる。
「村を捨てて、クルスを置いていったやつだ。許せねえ!」
「カラン。落ち着きたまえ……落ち着いて教えてくれないか?」
カランは座り直すと大きく溜息を付いて話し始めた。エリーとリイナ以外から聞くケイトの姿は初めてなので少し楽しみ。私は食事を再開しながら黙って聞くことにした。
「あいつは……天才って言われてました。頭もいいし、強いし、努力もしてる……人間よりでかいゴブリンを倒したり勇気もある。不作のときは村のために猟をしたり、大人も顔負けのやつで……同じ歳のやつらはあいつを嫉妬と憧れで見てた」
「ふむ……そんな少年がいたのか」
重々しくグルードが頷き、私もこくこくと首を縦に動かして肯定する。
「だけど、あいつは村を捨てたんだ。何考えてるのかわかんねえよ」
「捨てたんじゃない。世界を見に行ったの」
項垂れているカランに訂正をいれる。グルードは腕を組んでうーむと唸り、
「若さからくる無鉄砲さか……単に現実の厳しさを知らずに冒険に夢を見ただけではないか?」
「ケイトは大人。全部知ってた……軽薄な人ではない」
グルードがカランを見る。彼は肯定するように頷いた。だけど、カランは私の方を怒ったように向いて続ける。
「でもなっ! あいつはもう帰って来ない! 村の外を選んじまったんだ……あいつなら……あいつならと思って諦めてたのに……あんな奴に任せられない!」
「カラン。私も答えが出たら旅に出るつもり。他を探したほうがいい」
彼は嫌いではないし、話していると穏やかな気分になる。不思議な感じ。
だけど、いつまでも私に関わっては他の出会いを見つけることが出来なくなる。
「クルス。答えとは?」
難しい顔で太い腕を組んだままグルードが私に聞いてきた。
「ケイトと約束した。お互い自分の気持ちに答えを出したらまた会おうって」
「なるほど、答えはまだ出ていないわけか」
そう、答えは出ていない……そもそも、答えとは何なのだろう。ケイトが好きというだけでは足りないのかな。わからない。
「答えってなんだろう。悩んでいる」
「私見でいいかな? ケイトとやらは真面目な人間かい?」
グルードは私やカランよりも歳上だ。そして、ケイトと同じ男性。何か参考になるようなことがわかるかもしれない。私は彼に頷く。
「恐らく彼は君がまだ子供だから恋をしていないと感じていたのではないだろうか」
「子供?」
「私は彼を知らないから推測だがね。子供の頃から一緒に過ごしたんだろうし、彼自身も恋なのかそうでないのか自信がなかったのかもしれない。二人ともそんな曖昧な考えで命の危険がある旅に連れてはいけない……とね。男女関係は旅では大変なものなんだ」
なるほど……と、私は思った。今までマイス達くらいしか同世代の男性を知らないから……ケイトは私を心配していたのかな。大人だから苦労するのわかっていたから……。
「答えというのは君自身の覚悟と本当にどうしたいのかという意思かもな」
「ありがとう。グルード。参考になった」
「いやいや、いいさ」
面白そうにグルードは大きく笑った。何が面白かったのだろう。私もカランもぽかんとして笑い続けているグルードを見ている。
「いや、申し訳ない。今ならば私にもカランにもチャンスがあると思ったのだ」
「どういうことですか? グルード様」
「カラン……つまりだ。クルスの答え……気持ちがこちらに向けば彼女が村を出る必要はなかろうということだ。ケイトとやら自身が言っているように恋人同士でもない。遠慮いらんだろう」
グルードの言っている意味はわからないけど、何と無く面倒になりそうな感じがすることだけはわかった。彼は立ち上がり、私の手を取って口付けた。
「クルス。私と結婚して欲しい」
本気の眼だ。頭が真っ白になった……嬉しいとかよりも困惑で。
何を考えているんだろう。私は眉を寄せて正直に今の気持ちを口にした。
「……正気?」
「正気だ。私は騎士なのでカランのように殴り合いをする気はないが。君の心が欲しい。強制したり急かしはしないが、考えて欲しい」
「ちょ、ちょっと待ってください。グルード様!」
困惑している私を置いて、カランが立ち上がって叫ぶ。
「なんだ、カラン」
「例えグルード様でも……もう誰にもクルスは渡さないっ!」
「うむ、男らしくて良い。私が心を得る前に勝つことだな。まずは見学させてもらおう」
はぁ……と、私は大きく溜息を吐いて立ち上がる。勝手に決めないで欲しい。
確かに私は女の子の中では背は高めだけど……そんなに上に見えるのかな。カランもどちらかというと背が高いし、成人してると勘違いしているのかもしれない。
カランのようにお付き合い……ならともかく、結婚は早すぎる気がする。
とりあえず、グルードから聞いた答えのヒントは後で検討することにして、すっかりやる気になっているカランをまずは手早く黙らせることにした。
日が暮れる前に二人と別れて家に戻ると、家にエリーが来ていた。
生活が安定していない時はよく私達を助けてくれたけど、結婚したし私たちの一家も安定したこともあって、彼女が私の家にいるのは久しぶりかもしれない。
お母さんと楽しそうに話していたエリーは会話を切り上げると、話があるからと私の部屋へと歩いていく……もしかして、リイナのことかな。
エリーは暫く黙っていたけど、ふぅ……と息を吐いた。
「エリー。どうしたの?」
「あーなんていえばいいのかな。まあ先を越されちゃったなーっていうかさ」
首を傾げる。なんだろう。エリーはらしくない乾いた笑みを浮かべて続ける。
「リイナ……その……出来ちゃってるみたいなの」
「何が?」
「子供」
「…………え?」
子供……子供……リイナに?
頭が混乱して理解を拒否しているような……そんな驚愕が私を襲っていた。