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外伝 プロローグ




「クルスさん! 俺とつきあってくれ!」

「いや」



 森での猟から帰る道で待っていた果実園を持っている同じ歳の農家の息子……カランが、私の前でがっくりと膝を付いている。大袈裟。何回目かな……こうして彼が声を掛けてくるのは。


 彼だけではない。ケイト達がいなくなってからというもの村の男達から声を掛けられるようになった。エリーがいうには、弟がいなくなったからチャンスだと思ってるんじゃない? ということらしいけれど、何故私なんだろう。


 女性らしいことは何も出来ない私で彼等は本当にいいのかな? と思う。第一私のことをよく知らないのでは? ……不思議。



「どうすれば俺を認めてくれる!」



 今日は立ち直りが早い。彼は顔を上げてきっ! と真剣な目付きでこちらを見た。いつもだと、そのまま立ち直れずに一週間は姿を消すのに。

 カランは背も高いしリイナから聞いた話では顔も良く、話も面白いらしい。尚更私を選ぶ意味がわからない。


 まあ、リイナは大袈裟に言う事が多いから話半分に聞いているけど。

 彼女の話の終わりには絶対にマイスには適わないけど……という惚気が入るし、マイスが格好いいといいたいがための踏み台として、良いように言っている可能性は高い。



「……他の子の方がいいよ?」



 彼の将来のためにも心の底からそう伝える。

 だが、彼は顔を真っ赤に染め、茶色っぽい眼を見開いてこちらの瞳をまっすぐに見て、ぐっとこちらに身を乗り出すように近づく。


 そして、手を取ろうとして……私が回避したために空に手を泳がせて、一瞬焦りを見せたが気を取り直したように私を見る。



「クルスさんじゃないと駄目なんだよ!」



 はぁ……と、心の中で息を吐く。声を掛けてくる男の中でも彼は一番しぶとい。

 それならどうしてケイトがいる時は何もしなかったのか……そう考えてしまうのは間違っているのかな。そう思いつつも、こういうときにはエリーの顔を思い浮かべてしまう。


 ケイトの姉である……そして友人でもあるエリーは普通なら有り得ない年上の男を子供のころに好きになり、最近遂に結ばれた。彼女なら仮にジンおじさんに恋人がいても……絶対に諦めなかったはず……間違いなく。


 そんなエリーは私の憧れでもある。

 ……私と違って女の子らしいし。


 そこまで考えて、カランに諦めてもらえそうな言い訳を私は閃いた。これなら間違いなく彼も諦めてくれるに違いない。どう考えても不可能だからだ。

 一つ頷いて微笑むと私は近づいてきたカランの肩を押し返し、彼に告げた。



「付き合ってもいい」

「わ、笑った……って! ほ、本当か! やった!」

「ただし条件がある。私を倒す事ができたら……ね」



 子供っぽい顔を紅潮させて喜んでいる彼には可哀想だけれども、私はまだ答えを見つけていない。曖昧なまま彼と付き合うというのも……彼が本気であればあるほど失礼だと思う。


 カランは私の顔を見てしばらくぽかんとしていたけど、ぐっと顔を引き締めると拳を握った……逃げ帰ると思ったけど……やる気かな。



「いつでも……不意打ちでもいいよ?」

「正面から倒してみせる! そして、絶対俺に惚れさせてみせるっ!」

「……そういうの、嫌いじゃない」



 十四歳にしては背が高く、身体も大きいカランは覚悟を決めたのか勢いよく殴りかかってきた……けど、返り討ちにするのに結局十五秒もかからなかった。






 収穫祭の後、ケイト達は冒険者となるためにクルト村を去ってしまった。

 ケイトもマイスもホルスもヘインもいない……ぽっかりと胸に穴が開いたような……そんな寂しさはすぐに埋まると思っていたけれども、日々寂しさは増していく。


 友人のエリーやリイナはよくしてくれているけど、彼女達のように女性らしいことは私には出来ない。二人は私も料理とか裁縫とか出来た方がいいと教えてくれるのだけれど……悪いけど退屈。


 秋のうちは良かった。猟をすることで山を駆けて走り、森の中を動物を追いかけて走り回ることで紛らわすこともできた。

 今は冬……マリアの訓練以外することがない。


 一人で城塞都市の方向を向き、ケイトからたまに来る手紙を読んで小さく溜息を吐くことが多くなった。彼らは楽しそう……ずるい。



「……獣人のシーリア……名前から考えて女の子」



 ケイトの心がすぐに変わるとは思わないけど、自分より近いところに女の子がいると思うとやっぱり不安を感じてしまう。彼の周りには多くの人が集まる。集まった人の中には私よりも好きになれる子がいるかもしれない。


 今回の手紙だと学院まで案内してもらっただけで嫌われたって書いてるけど、何がきっかけでケイトを気に入るかはわからない。彼女だけでなく街の他の女の子も。

 大きな街の子だし、きっと女の子らしい可愛い子が多いに違いない。



「ほんとずるい」



 手紙を綺麗に畳んで皺にならないように気を付け、服の中に入れて立ち上がりズボンについた草を払う。見えるわけもないのに目を細めて私は城塞都市の方角を目を細めて見ていた。


 数分だろうか、物思いに耽っていたのは……それを止めたのは背後から聴こえてきた最近聞き慣れてきた声。



「見つけたぞっ……クルスさんっ! 今日こそ勝ってみせる!」

「……今日は手加減出来ない」

「え……?」



 ぼろぼろで蹲っている懲りないカランの側でしゃがんで生きているか……いや、意識があるかを確認し、さすがにやりすぎたのでごめんと謝る。



「だ、大丈夫だ……こちらこそ悪い」

「何が?」



 何故彼が謝るのか不思議なので聞くと、俯向けに倒れていたカランが仰向けになって空を見ながら右手で顔を抑え、



「手紙を読んでたし帰ろうと思ってたんだが、辛そうだったからつい」

「普通に声を掛ければいいのに」

「あ……それもそうだ」



 はっはっはとカランが楽しそうに笑った。ぼこぼこにされたのに何が楽しいのだろう。

 行くね……と声を掛けると彼は明るく大きく、またな! と声を上げた。



 カランと『戦って勝てたら付き合う』と約束してからというもの、どこをどう伝わったからか私に挑戦してくる男が増えた。結婚している者や恋人がいる者が混ざっているのは腕試しや度胸試しの意味も不本意ながら混ざっているのかもしれない。


 流石に村中の男達を殴るのはまずいと師匠でもあるケイトの母親、マリアに相談したものの……修行中の鬼神のような彼女とは別人の料理中の穏やかな彼女は、



「マリア。面倒なことになった」

「ああ、貴女に勝てたら付き合えるってあれね。ぷっ! ああごめんごめん……いいじゃない。男は強くなくちゃね。これを機会に頑張って欲しいわ」

「……本当に困ってる」

「自分の言葉には責任を持たないと。あ、息子も貴女に勝てるかしら……」



 あらあら困ったわと頬に手を当てて笑って取り合ってくれなかった。大方、それも修行だと考えているのではないかと私は内心溜息を吐いてそう思った。



 日常は変わらないようでいて、徐々に変わっていく。

 例えケイトがいなくなっても……そんな当たり前のことを強く感じる。彼らはいなくなり、私は他の村の人と以前より不本意ながら関わるようになった。


 そして最大の変化は……



「おかえりなさい。クルス」

「おう、クルスおかえりっ!」



 家に帰ると待っているお義父さんとお母さんとの間に生まれた新しい命。

 お母さんの腕の中で眠る私の可愛い妹の存在。


 お義父さんとお母さんの結婚には私は反対しなかった。いや、むしろこちらから背中を押して二人を結婚させた……だから二人の関係は認めている……はず。


 なのに、本当に幸せそうな三人を見ると釈然としない思いに駆られる。


 お父さんとお母さんは愛し合っていたから私がいる。だけど、今はお義父さんとお母さんが愛し合っているから妹……セレナがいる。


 それが、自分とケイトの未来を暗示しているかのような思いを抱いてしまう。

 焦燥感……それがこの退屈でゆっくりと変化していく生活で私が一番持て余している感情だった。




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