第十四話 好事
仲間を守る──ということは、この城塞都市では言葉ほど簡単なものではない。
迷宮の中まで街の警察のような組織……衛視はいないからだ。冒険者の不文律として、当然に迷宮の中で人を襲うことは当然に禁止されているが、俺達も殺されかけたように何があるかわからない。
ある種の無法地帯になっており、迷宮内では怪物以上に他の冒険者に注意しなければならないくらいだ。そういう理由もあり、魔力石を集めるための狩りは上や下に向かう階段から離れた場所で行っている者が殆どだ。
地下に行けば地下に行く程、その手の心配は減るだろうが……。
なんにせよシーリアを守るためには相手より強くならなければならないだろう。
昨日出会ったサイラル……あいつにせめて対抗することが出来る強さを持つ必要がある。
「なんじゃ? 拙僧の顔に何かついておるかの?」
俺達と共にゴブリンと戦ってくれたドワーフ、ゼムドはシーリアが俺達と固定で組むことを聞くと、笑って協力を申し出てくれた。
今日も彼は重そうな鎧を身に纏い、彼の低い身長より長い鉄製の棍を地面に付いてこちらを向き、人生経験を積んでいることを思わせる皺のある顔を少しだけ綻ばしている。
神官は神の様々な奇跡を限定的だが行使することが出来る。使用に条件があるらしく、可能な限りは使わないそうだが瞬間的に怪我を癒したり、毒を消したりすることが出来るらしい。
他にも危険な使い方があるそうだが、彼自身忌避しているらしく教えてもらえなかった。
ゴブリンとの戦いを見る限り戦士としての腕も申し分ない。ただ……。
「サイラルについて何か知りませんか?」
「なるほど、奴に会ったか。不愉快じゃが知り合いだの。で、奴の何が知りたい?」
ゼムドはそういって顔をしかめる。どうもいい関係ではなさそうか。特殊技能のことは聞けない。何故知っているのか理由を言えないからだ。
「彼はどれくらいの実力なんですか?」
「剣の腕はそれなりじゃ。だが、強い……レベルも高いしの。何故そんなことを聞く?」
ゼムドが不思議そうに首を傾げた。特殊技能のことは知らないのか、それとも答えてもらえないのか……俺も疑い深くなったと自嘲する。以前の自分なら彼も無条件に信じただろうに。
「シーリアが狙われているので」
「何っ! ……なるほどのぉ……拙僧が側におるからには姫に手を出させはせんよ。任せとくがいい。それが拙僧の運命じゃからの」
一瞬真剣な表情を見せた後、がっはっはと小さな体を震わせて豪快に笑う彼を見て、シーリアを守ろうと考えているのだけは信じてもいいかもしれないと俺は考えていた。
俺には人を見る目がないから正しいかはわからないが。
四人になったことにより、効率的に戦う事が出来るようになってきた俺達はゼムドの案内で迷宮の地下、奥深くへと潜ることに決めた。
地下に進めば進むほど敵が強くなり、稼ぎの効率も上がるからだ。もちろんその分、危険も増えていくのだが……早く強くなる必要もある。
何日も経つと闘う場所は地下二階、三階へと進み、新しい敵、新しい場所で戦闘を重ねていく。
戦闘ではマイスとゼムドが前にでて、俺は彼らの援護。初めての時は魔法の加減がわからなかったシーリアも倒れないように自分の魔力を調整しながら戦えるようになっていった。
「ゼムド! 左は任せるぜっ!」
「ふん、はよ片付けんとそっちのも倒すぞ!」
地下三階で新しく現れた六匹の二足歩行する蜥蜴、『リザード』と対峙しながらマイスとゼムドが競うように武器を振るう。
この蜥蜴は動きは素早く、力も強いものの武器は持っていないため彼らの大きな武器なら戦いやすいようだ。 通路での戦闘では俺は投擲用のダガーを準備しながら、他の方向から敵が来ないか警戒し、二人に近づく敵がいれば牽制の意味も兼ねて武器を投げる。
「ちっ。抜けてきたか」
「時間稼いでね。ケイト」
「了解。落ち着いて狙って大丈夫だよ。任せて」
リザードが一匹、マイスとゼムドの間を抜けてくる。人型の敵は本能だけでなく考えて動いてくるため、こうして後ろを狙ってくることも多い。慌てずに剣を抜いて、大げさに真横に振って敵を後ろに下がらせて俺も一匹を相手に対峙する。
その間にシーリアは集中して魔力を両手で持った杖を掲げて集め始める。専門家である彼女の魔法は時間は掛かるものの指先にしか魔力を集められない俺とは集まる魔力が違う。
迷宮の中が一時的に明るくなるほど彼女の杖に集まる魔力の光は強い。松明の光と薄暗い迷宮の光しかない中で銀色の髪が魔力の光を反射し、美しく輝く。
「……炎よ。矢となりて、我が敵を貫きなさい!」
シーリアの魔力によって生み出された炎がごうっ! と大きな音をたてながら俺達の頭を飛び越えて、奥のリザードへと飛んでいく。
魔法が向かった三匹の内二匹が魔法を腕で弾いてあさっての方向に飛ばし、一匹だけ相手の胸に命中して大きく燃え盛る。リザードは奇声を上げながらどさっ! と倒れた。
「ごめん、数削れなかった」
「十分じゃよ。さすがは姫っ!」
彼女の魔法は俺の使う自然の力を借りて行使する精霊魔法と違って、人が魔力を研究して作ってきたもので、魔法の篭もった道具を利用したり決まった手順で魔力を制御することにより、様々な現象を起こすものだ。
精霊魔術を『自然魔術』、人が作った魔法を『論理魔術』と呼ぶこともある。論理魔術は俺の使うような魔法と違って、決まった効果しか発動しないが使った際の効果のぶれが少ないという特徴がある。
ゼムドがはしゃぐように声を上げてリザードの頭を重い鋼鉄の棍で叩き潰す。同時にマイスも自分の前のリザードの攻撃に合わせて腹に蹴りを入れ、下がった相手を袈裟懸けに両手剣で切り払っていた。力業すぎる……まあ、向こうは二人に任せていいだろう。
「ケイト! 援護は?」
「大丈夫。いけるよ……シーリア。ありがと」
近接戦闘の腕はどんどんマイスに差をつけられている気がする……そう、苦笑いしながら自分の相手の出方を窺う。力の弱い俺はカウンターで急所を狙うのを得意にしている。
無機質な蜥蜴の顔を見ながらじりじりと距離を詰める。すると、
「キシャァァァァァァァァァ!」
奇声を上げながら一気に掴みかかろうと飛び掛ってきた。早い……が、狙い通りだ。
声を気にせず、よけられないように冷静に首の根元に真っ直ぐに剣を突き出す。リザードはしばらく暴れていたが、すぐに姿を消して魔力石に姿を変えた。
「はぁ。掴まれると危ないし緊張するね」
「ご苦労さま。よくあんなこと出来るわね」
溜息を吐くとシーリアが笑顔で俺を労ってくれた。初めはガチガチだった彼女も余裕を持って周りを見ることが出来るようになっている。前は魔法の誤爆に随分怯えさせられたものだけれども。
「なんか言いたそうね?」
「な、なんでもないよ。向こうも終わったみたいだね」
強気な性格も徐々に戻ってきているようだ。まあ、その方が明るくて元気そうでいいけど。魔力石を拾い終えたマイスとゼムドに少しだけ休憩して次に向かおうと声を掛ける。
「ゼムドもマイスもお疲れ様」
「なあに、ここの相手くらいなら余裕じゃ。でかいのにも負けんよ」
「俺だってまだまだいけるぜ!」
張り合う二人にシーリアが口に手を軽く当ててくすくす小さく声を上げて笑う。そして、俺は元気な二人に苦笑しながら頭をわしゃわしゃとかく。
生死をくぐり抜け、共に食事を食べて日々の生を喜ぶ日々を過ごすことにより俺達四人はお互いを仲間と認識できるようになっていった。
その間、心配していたサイラルも現れず、迷宮の探索を行う安定した日々が二ヶ月程続き……その順調さに、かつての俺の不安は杞憂だったかと考え始めていた……それが上辺だけの平穏だったことをすぐに理解することになるが。
一枚の手紙と、一人の仲間の様子の変化……徐々に平穏は崩れていく。
俺達は誰も気づかぬ内に、大きな流れに巻き込まれようとしていた。