第十三話 レベル差と技能差
目の前にいる若い男二人は、俺を見てにやにやと笑っている。自分達が確実に強い……そう自信を持っているようだ。身に付けている防具は胸部を金属で補強したしっかりしたものであることを考えると、その自信も実力の裏打ちあってのことかもしれない。
小声でシーリアに二人の名前を確認し、危なそうなら逃げるように彼女に告げて彼等二人に向きなおす。辺りはガヤガヤと騒ぎ始めるが、助けが入る様子はない。誰でも暴力的な冒険者に巻き込まれるのは避けたいのだろう。
騒ぎから、衛視が駆けつけてくれれば一番いいのだが。
「おいおい、小僧。獣人なんてなんで庇うんだ? ゴミみてえなやつらじゃねえか。お前さんもそいつをほっときゃ怪我しないですむぜ」
「仲間だからね」
前に出てきたのは二人組のうち、筋肉質なごついハゲな男だ。もう一人の金髪の優男の方は彼の背後で愉快そうに俺達のやり取りを見ていた。
「くくっ! まるで、英雄様だな。すました顔も気にいらねえ」
「俺も気に入らないよ。このハゲ」
距離をあけるように後ろに飛び二人の能力を『見る』。茹で蛸のように赤くなっている男……ザグはレベル12……強い。武器の技能も高めだ。だが、徒手格闘の技能はない。
もう一人はサイラルって名前か。レベル15……こちらも徒手格闘の技能はない……えっ!
「なに他所見してやがんだ!」
「ケイトっ! 危ない!」
「がはっ!」
驚いて気が逸れた瞬間を、相手は見逃さなかった。
顔面に殴りかかってきたのは腕でかろうじで防いだが、追撃の蹴りを腹に食らってしまった。力の差も体重の差もあるため、軽く宙に浮くほどの衝撃が走り、無様に転がってしまう。
シーリアの悲鳴がなければもろにもらっていたかもしれない。
今のは……効いた。少し足にきていたが、立てないほどじゃない。
よろめきながら立ち上がると、筋肉質な男……ザグはにぃ……と口を歪める。
「もう一度言うぜ? 犬っころ置いてガキは帰って毛布でも被って寝てな」
「……寝言は寝てから言え。ハゲが。それからシーリアは狼だ」
「お前、早死するぜ」
優男の方は参戦する気配はない。なら、勝機はある。
武器を持っていたなら現時点では厳しい戦いになっていたかもしれないが、技能の差が大きくある素手なら。
俺は口の端の血を腕で拭い、半身に構えて相手を睨み付けて攻撃を待つ。
「死ねっ!」
ザグが右腕で殴りかかってくるのに合わせて前に出て、握った左腕を曲げ、相手の右を受け流しながら低い体勢で懐に入る。相手より小さい俺の身体は近づけば有利になる。
「なっ……!」
「はっ!」
俺は相手の攻撃の勢いに任せて体を回転させながら、右足に力を込めて地を踏みしめ、右手の拳で相手の顎を打ち抜いた。ぐらっとよろけたザグの顎をさらに左手で追撃する。
驚いた表情のままで膝を付いたザグに対して、立つ気力も残らないように念入りに蹴りを入れておく。
相手の方が格上なのだ。油断はしない。
自分よりも背が高く、体格のいい相手を倒した俺に野次馬たちから拍手が沸き上がった。
「素手で挑んだのは失敗だったな」
「よ、容赦ないわね……」
「師匠の教えを忠実に守っているんだ。良い弟子だよね……で、そっちの人はどうする?」
倒れているザグに注意しながら、優男……サイラルを見る。
彼は俺やクルスのような……特殊技能を身に付けていた。特殊スキル『結界』……詳細がわからないため、素手の技能はないとはいえ油断が出来ない。
サイラルは、余裕の表情でこちらを見て拍手をしていた。
「少年……なかなかやるな。俺の下で働かないか? その女を俺にくれたら他の女まわすぜ? 好き勝手やって楽しめるんだ。悪くないだろ? そのわんこ、気にいったんだよね」
「どうやら寝言が流行ってるみたいだね」
あまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑いするしかない。が、目の前の優男はどうやら本気だったようだ。彼はやれやれと心外そうに首を横に振って、呆れたような声を出す。
「残念だよ。所詮お遊びなこんな世界で真面目に生きてどうするんだい。もっと肩の力抜いたらどうかなと俺は思うけどね。若いんだからさぁ」
「お遊び?」
不思議なことを言う。サイラルは頷いて演劇のような大袈裟な手振りをしながら笑って答える。
それが似合うのは、見かけだけは好青年のように演じて見せているからだろうか。
「そう、俺達選ばれた人間の遊び場だよ。この糞みたいな世界は」
「新手の宗教かなんかか?」
「宗教じゃなくて事実さ……俺は野蛮なこと嫌いだから今日は行っていいよ」
世界に対する言葉には憎しみを感じたが……サイラルは本気で言っているように感じた。
どうやら、今はやり合う気はないらしい。それにしても……今日は……ね。
「その子は俺の物にする予定だから、それまで大事に預かっておいて。やっぱ犬耳いいよね。強がりも可愛いし、心が折れたときどんな声で鳴くんだろうね?」
好色そうな熱っぽい目でサイラルはシーリアを見た。俺はびくっと震えた彼女を背中に隠す。シーリアもとんだ変態に目を付けられたものだ。こいつと一時でも迷宮に潜って無事だったのは、本当に運が良かったのではないか?
それとも、何か手が出せない事情があったか……か。
「そのうち絶対手に入れるから……それじゃゼムドにもよろしく言っといて。またね」
サイラルは馴れ馴れしい口調で言った後、倒れているザグを放って去っていった。
俺達も用心しながら彼を見送った後、足早にその場を離れた。
こんな状況でシーリアを一人で歩かせるわけにはいかないので、ラキシスさんの家まで彼女を送る。家で休んでいってという彼女の言葉に俺は頷き、お言葉に甘えて少し休ませてもらっていた。
シーリアが入れてくれた果実水を飲みながら今日のことを考える。
あのサイラルという男の執着は相当強いもののように思えた。だが、ザグという男をけしかけながらも自分は動かなかった。彼の言うとおり遊んでいるのだろうか。
そして、効果のわからない特殊スキルの『結界』……彼が武器を持ち、本気でシーリアを狙ってきた場合、守りきれるのか……?
「ケイト、殴られたところ痛くない?」
「大したことないよ。殴った拳の方が痛いくらい」
心配そうな顔をしているシーリアに笑いかける。実際には蹴られた場所がずきずき痛んでいるが、我慢できないほどではない。訓練ではこの程度よくあったことだ。
「……巻き込んじゃってごめん」
「いいよ。この件は念のためラキシスさんに伝えておいてね」
果実水に口をつけながら、耳を寝かせてしゅんとしている彼女に伝えるべき言葉を探す。
「そんなことより、今日は楽しかったね」
「え、あ……うん。色んな店に入れたし、露店の食べ物は美味しかった。いつも見るだけだったから、ケイトを利用して……私なんかとで、ほ、本当に楽しかったの?」
俺は頷く。なんで彼女はそんなに自分に自信がないんだろう。強気そうなのにそうでもないし、怒りっぽいのに臆病。彼女のことがわからない。
付き合いが長くなればわかることなのかな。
「私、ケイトのこと大嫌いだったのよ。昨日まで……いつも比べられてる気がして」
「そうなんだ」
ラキシスさんがシーリアに俺の話もしていたのかもしれない。
大好きな母親が贔屓にしたのが気に入らなかったのか。
「私より先に迷宮に潜ってるし、私、ケイトに負けたくなかったの」
「それで、無茶を?」
「うん。馬鹿みたいでしょ。それであんなやつに目を付けられて迷惑かけて」
泣き笑いのような顔でシーリアが力なく呟く。
「本当は怖くて今日も難癖つけてついてきてもらって。私の勝手で連れ回して……学院の他の人みたいに友達とああやって回るのにも憧れていたから……本当にごめん」
「シーリアは楽しかった? あいつらに会うまで」
「うん、楽しかった」
「ならいいよ。俺も楽しかったし……なかなか、遊ぶ機会ってないしね」
俺とマイスだけだと、迷宮に潜るばかりで殆ど出かけたりがない。あいつ、剣振るのが趣味みたいな感じで迷宮潜るのが娯楽のようだし。
たまに出かけても実用品を見るのが殆どで、今日のような買物は全く無い。まあ、男同士でアクセサリーを見てまわるというのもぞっとしないが。
「で、でも、私のせいであいつらに……」
「大丈夫、俺は……いや、俺達は負けやしないよ。そうだろ?」
自信なさげに困惑するシーリアに苦笑して頭をわしゃわしゃ掻いて続ける。
「誰が相手でも絶対守るよ。仲間なんだから」
「ほんと、年下の癖に……ちょっと怖いし、頼りになるけど生意気ね……でも、ありがとう」
「どういたしまして」
ようやく、くすくすとシーリアは明るい様子を取り戻して笑ってくれた。