第十二話 買物
翌日、俺は……いや、俺達は命の危機に晒されていた。
目の前で椅子に座っているラキシスさんは何時も通りに穏やかに微笑んでいるのだが……全く目が笑っていない。
隣のシーリアも彼女から発せられている空気の重さを感じているのか顔を真っ青にして、耳をしゅんと寝かせている。
俺はシーリアを送ったところでやっぱり彼女を見捨てて宿に引き返そうと思ったのだが、逃げようとしたところを彼女に肩を掴まれ、
「一緒に言い訳してくれるよね?」
と、引きつった笑みで詰め寄られたのである。
……余りの迫力に俺は頷くことしかできなかった。そして今、俺は死地にいる。
「ケイト君、シーリア。何故、朝帰りしたのか……説明して欲しいのだけど」
「あーっと、えとその……」
にこにこ笑ってるラキシスさんの圧力に負けて、シーリアが口ごもる。
余計怪しくなっている気が……彼女に任せているといつまでもこの濃厚に漂う死の気配と戦うことになりそうなので、俺が説明することにした。
「昨日、偶然迷宮で一緒に探索したのでその後一緒に食事することにしたんです。それで、遅くなったので帰れないと思い、そのまま自分の部屋に泊まってもらいました。心配おかけし申し訳ありません」
「ば、馬鹿! そんな説明だと……」
事実をかいつまんで説明したつもりなんだけど、シーリアが頭を軽く叩いてきた。
おかしい説明かな? と、シーリアを見る。
「しょ、食事してそのまま宿で……確かに私は貴方達に仲良くしなさいと言ったけれども、その……ちゃんと節度を……うううう、ケイト君とし、シーリアちゃんが大人に……」
「な、なってませんっ!」
ぽかんと、顔を真っ赤にしている二人を見る。しばらく、自分の発言を思い返す……あ、これは説明が全然足りてないっ!
「違います! 俺は床で寝たんです!」
俺も慌ててしまって碌な言い訳が思い浮かばない。昨日はいろいろ考えていたのに。
それにしても、冷静で大人なラキシスさんのイメージが……。
結局ラキシスさんが誤解を解いて納得してくれるまで、十分以上の時間が掛かった。
「そういうことなのね……シーリア……冒険者になるのならそれでもいい。だけど、旅に慣れていない魔法使いが一人で生きていける程、甘くはないわ。認められない」
「はい……」
コホンと咳払いして、ラキシスさんは立ち直ると昨日一人で無茶をしようとしたシーリアを叱り、説教をした。ゼムドがいなければシーリアは本当に危なかったことを考えるとラキシスさんとしてはどれだけ怒っても足りないくらいだろう。
朝、家に戻ったとき、ラキシスさんは鎧を着込んでいた。シーリアを探すつもりだったのかもしれない。彼女には本当に心配させてしまったのだと思う。
しかし、シーリアは冒険者を諦められないに違いない。俺は少し考えて、内心先走ることをマイスに謝りつつ、顔を上げてラキシスさんの方を向いた。
「ラキシスさん、お願いがあるのですが」
「何? ケイト君」
「シーリアさんさえ良ければ、俺達と組んでもらえないかと思っているんです。出来れば彼女が冒険者になることを認めてもらいたい」
ラキシスさんが目を細める。それだけで、俺の心臓が鷲掴みにされるような緊張を感じるが、ここで目は逸らせない。彼女はシーリアを危険に晒したくないのだろう。大事にしているのはわかる……けど、どうするかはシーリア自身で選んでもらいたい。
「ケイト達はいいの? 貴方達は強いじゃない。私は……」
「シーリアさんは、目標があるんじゃないの?」
戸惑うシーリアに、問いかけると彼女はグッと口を引き締め、ピンと耳を立てて頷いた。
彼女の赤い瞳には、意思の堅い決意の光があった。
「ラキシス様。私は冒険者になります。一人前になりたいんです」
「……はぁ……何かわかりあっちゃって……仲間外れね」
ラキシスさんがため息を吐いて苦笑する。俺も苦笑いして頭をわしゃわしゃかいた。
彼女は条件として、学校はやめないことと何か危険なことがある時は自分に相談するようにという二点をシーリアに約束させていた。
「ケイト君、娘をよろしくね……あ、お付き合いは駄目よ? ケイト君には早いわ」
「そういう関係じゃないですってば」
ラキシスさんへの謝罪を終えた後、俺達は昨日の約束の通りに二人で買い物に出かけていた。向う先は第二市街の西側だ。
学院と近い第二市街の西側は多く職人達が住んでいて、彼らの作った様々な品が売られている店が軒を連ねている。
彼女が何を買うのかはわからないが、シーリアは色んな店を案内してくれている。少し前のきつい様子が嘘のように柔らかな表情で。
酒の力で溜まっていた鬱屈した気分を全部吐き出せたのかもしれない。
「こっちの方には本当に色んな店があるんだね」
「そうよ。学院と契約してる職人とかも沢山いるの。それに、北の交易所から近くて材料が集め易いから……だから西側は色んな店があるのよ」
あれは何の店、これは何の店といった感じにシーリアは楽しそうに解説する。
俺は道を覚えながら、頷いたりなるほどと相槌を打ったりしながら、売られている商品を閲覧の能力で見てみたりしていた。流行がわかったりして、中々楽しい。
シーリアは、女性物のアクセサリーを売っている店では長い時間一つ一つデザインを確認している。もしかすると……。
「シーリアさん、もしかしてラキシスさんに?」
「え? あ、うん……そうなの。でも、ちゃんと店に入るのって……ほら、初めてだからどれが良いのわからなくて。場所はわかってるんだけどね」
そう照れくさそうにシーリアは笑った。
楽しそうに解説していたシーリアの姿を思い出すと、店そのものに興味は物凄くあったのだろうということは容易に想像できる。入れなかったのはそれなりの理由があるのだろう。
それにしても、初めての報酬の使い道は親へのプレゼントか……彼女はラキシスさんを本当に大事に思っているんだなと自然に口元が綻んだ。
「それなら、しっかりと選ばないとね。ちゃんと一日付き合うから」
「あんたは、どんなのがいいのかわかるの?」
「うーん、シーリアさんが選んだのならどれでも喜ぶと思うけどね」
頭をかいて苦笑する。シーリアは頷くと、獲物を狙うような真剣な目で店に並べてあるアクセサリーと財布の中身を見比べていた。
俺も自分の分を探す。折角だからクルスに贈ろうと考えたのだ。
クルスの姿を思い浮かべながら、どれが一番似合うだろうかと探していく……と、小さな鳥をあしらった青い硝子細工の付いた首飾りが目に止まった。
これにしよう。そう決めて店の主人にお金を払う。どうやら、シーリアの方も案外早く決まったようだ。彼女は俺が買った首飾りを見ながら、
「あんたそれ……クルスって子に?」
「うん、手紙と一緒に贈ろうかなって」
「ふ、ふうん。恋人なの?」
少し悩む。が、この問いに対してはこう答えるしかない。
「違うよ。大事な人ではあるけど」
「キスしたのに?」
「……え?」
呆然とした俺を見て、シーリアが尻尾を振ってにやにやと笑っている。何故それを……。
「ラキシス様宛の手紙に書いていたの。機嫌悪くなって大変だったのよ?」
本当にクルスは何を書いているんだろう。顔に血が上って真っ赤になってしまっているのを俺は自覚していた。そんな俺を見てシーリアは声を上げて笑った。
「生意気な年下にやっと一矢報いたかな?」
「参ったよ。ほんとに……年上っぽい仕返しかはわかんないけど」
憮然とした俺に、彼女はくすくすと笑っていた。
その後、再びアクセサリーを色んな店で見ていたシーリアは気に入った物があったのか、ちらちらアクセサリーと俺を交互に見ていたが、そうだっ! と大きな声を上げると、ちょっと強ばった笑顔で、
「これから冒険一緒にする記念に何か買ってくれない? 私も買うから」
「え、うん、別にいいけど」
じゃ、これねと彼女が選んでくれたのは小さな人形のバッジだった。地の精霊、ノームをデフォルメしたものだ。迷宮で呼び出したとき、気に入ったらしい。
俺は悩んだが彼女に似合う物を考え、月の形をした銀色の硝子細工の付いた首飾りをプレゼントした。彼女が普段着ている学院のローブは黒っぽい色合いなので、彼女の髪の色に似ている銀色のアクセサリーは色合いが合っているし似合う……と思う。
喜んでくれているのかアクセサリーを笑顔で弄りながら、シーリアは尻尾をゆらゆらと振っていた。
「有難う……大事にするわ……こうやって誰かと外に出たらやってみたかったの」
「あ、うん、そうなんだ」
そんなに嬉しそうな顔をされるとこちらまで照れてしまう。普段の様子を見ていると、知らない人にはきつい感じだし、ラキシスさん以外と出かけたことが……もしかしたらないのかもしれない。まあ、喜んでるならいいかなと軽く思っていた。
「そ、そうだ。これからはケイトって呼んでいい?」
「そういやずっと『あんた』だったね。もちろんいいよ」
「私のことも呼び捨てね? け、ケイト」
「……わかった。シーリア」
照れながら笑顔で嬉しそうにぱたぱた尻尾を振っている彼女を見ていると、友人になったら心を開いてくれる人なのかな……と、そう感じていた。
買物の後も、二人で露店で売られているパンと蜂蜜を混ぜたような食べ物を買って食べたり、色々な店に売られている物を見学したりして楽しく過ごしていたのだが、そんな時間は突然終わることになる。
歩いていたとき、目の前に現れた若い二人組の男によって。
「おー。こりゃ偶然っ! シーリアちゃんじゃないか」
「冒険者に相手されないからって、ガキとデートかぁ?」
「おいおい、そんな言い方するなって嫌われたらどうすんだ。これから俺達とデートなのによ」
先程まで機嫌が良かったシーリアの表情が怒りに染まっているのが簡単に分かった。
おそらく、昨日シーリアを置いていったやつらなんだろう。俺は溜息を吐くと、シーリアの前に出て目の前の二人組と対峙した。