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第十一話 宴会




 魔法の使いすぎで疲労したシーリアを背負いながら『雅な華亭』に戻ると、丁度夕食時で食堂の中はがやがやと賑わっていた。



「おかえ……おや……あんた、やっぱり女好きな兄貴に似ているのかい?」

「そういうのじゃないって。魔法の使いすぎです。すぐ戻るらしいですよ」



 にやにや笑っているエーデルおばさんに反論し、シーリアを下ろすと彼女はよろよろと頼りない足取りながらも自分で立って椅子に座った。

 マイスとゼムドも席に着く。周囲から妙に視線を感じるが……。



「なあに、気にすることはない……いつものことじゃ。いや、ましかの?」

「そうかもね。不快なことをいうやつもいないし」



 ゼムドが笑い、シーリアも頷いて同意する。

 彼らは……異種族はそういう中で生きているということか……と、俺がしみじみ思っているとマイスが杯を振り回して明るく声を上げた。



「まあ、細けえことはいいじゃないか。乾杯しようぜ乾杯!」

「そうだね……じゃ、シーリアさん。よろしく」

「あ、ええ! 私? あ、う、え……乾杯……」



 自信なさそうなシーリアの音頭にあわせて、かんぱーいと大きな木製のジョッキを打ち合わせる。満杯までいれられた麦酒の泡がそのせいでテーブルの上に飛んだ……もっとも俺だけ中身は果実水だが。


 それを疑問に思ったのだろう。シーリアが不思議そうに聞いてきた。



「なんであんただけ酒じゃないのよ。飲めないの?」

「俺の村だと成人は十六歳なんだ。俺は十三……いや十四だったかな。そのくらいだから」

「え……」



 シーリアの酒を飲む手が止まり、驚いた顔で見つめる。俺の顔は老けてるんだろうか。



「……年下?」

「シーリアさんの歳知らないけど、そうなの?」

「私は十七よ……信じられないわね」



 そう呻くように言って満杯に入った麦酒を勢い良く、ガッ! と飲む。

 酒に強いのだろうか……そう思ったが、これだけの量で色白な頬に朱が差しているところを見る限りそうでもなさそうだ。



「苦っ……、まずい……何でこんなの飲むのかしら」

「嫌いなら飲まなきゃいいのに」

「初めて飲むからわかんなかったのよ」



 ジョッキを置いて両肘を付き、顎に手を当てて、はぁ……と、溜息を吐く。

 そして、シーリアはそのままの姿勢でこちらを向くと恨めしそうに言った。



「あんたのせいよ。飲まないとやってられないわ」

「初めて飲むのにそれは……いや、今日のことなら本当に申し訳ない」



 シーリアに頭を下げると、しばらく彼女は黙っていたが……急に肘を机から離したと思うと片手で俺の頭を引き寄せ、反対の手で拳を作ってぐりぐりと頭を……いたたたた!



「あんた、私を馬鹿と思ってない? 年下の癖に生意気なのよっ!」

「お、思ってない思ってないって! ちょ、身体近いって!」



 頭を引き寄せているため、自然と密着する。彼女の身体はそこそこ豊かで胸が当たりそうになるのを必死で頭を上げて防いでいた。

 シーリアは気が済んだのか腕を話すと、酒が回っているのか狼の三角な耳をピンッと真っ直ぐに立てて真っ赤な顔で続ける。



「……迷宮に潜るのは初めてだったのよ。敵を前にしたとき怖くて動けなかったの」

「初めて……か。初めての時は仕方が無いよ」



 俺達と一緒のときは自分の限界を知らずに戦っていたけど、技術そのものは見事だったので彼女が役立たずと言われたことに疑問を感じていたのだ。

 今日が初挑戦だったから、上手く動けなかったということか。


 シーリアはジョッキをがたっと置いて、ぺたんと耳を伏せた。中身はいつの間にか無くなっていて、ジョッキを逆さにして足りない……と呟いている。大丈夫かな?



「あのときは本気で背中に魔法当てて殺してやろうかと思ったけど、冷静になればね」

「……」



 絶対にこれからは禁句を言わないようにしようと心に誓う……目が本気だ。



「だから、あんたは謝ったら駄目。殴りたいのと同じくらい感謝もしてるわ。狼は恩知らずじゃないのよ。あんたは年下の癖に強いし冷静だし本当に可愛げがなくてむかつくけど」

「じゃあ……どうすれば?」



 やっぱり怒りのほうが強そうなシーリアに問いかけると彼女は少しだけ考え、頷いて言った。



「あの様子じゃどうせ明日は迷宮には行けないでしょ。あんた明日は買い物に付き合いなさい。一人で街を歩くと面倒なの」

「それでいいの? 店とか……俺はあんまり知らないよ?」

「ある程度は私がわかるから大丈夫。あんたは荷物持ちすればいいのよ」



 まるでデートのようだが、彼女との関係を考えるとまずそんなことはない……となると、彼女の言葉通りの荷物持ちと人間に絡まれないための護衛のようなものか。


 シーリアがあの様子といったのはマイスとゼムドの二人のことだ。

 彼等二人は客の中にいたらしい旅の楽師の陽気な曲に合わせてジョッキの酒を飲みながら踊って他の客を笑わせて、店を盛り上げていた。


 楽しそうで、店に馴染んでいる二人をしばらく黙って眺める。

 麦酒を飲みながら彼らを見るシーリアの顔も何時もより穏やかなものに思えた。



「そういえばゼムドとはどうやって知り合ったの?」

「私は一人で潜れると思うほど自惚れてなかったから、仲間を探してたら声かけてきたのよ。で、他に人を探していたら、むかつく二人組が来たの」



 あれ? と彼女の話に少しだけ違和感を感じる。なんだろう……。

 何かを忘れているような……そんなもどかしさ。彼女が一人でいて、ゼムドが声をかけ……その後二人が来て……その二人が逃げて、ゼムドは残った……か。不自然ではない。だが……。


 解りそうと思った時、どん! とシーリアがジョッキをテーブルに叩きつけた。



「あんたらちみたいな人間ばかりなら、この街もたのしいのにー狼で何がわるいのよ!」

「ちょ! シーリアさん。暴れないで! 酒が飛ぶ!」



 シーリアの杯にはいつのまにか満杯の酒が注がれていた。もう四杯目だ。

 マイス達に目を逸していた隙にエーデルおばさんが注いでいたらしい。もう、彼女は明らかに酔っていて呂律が怪しいのに。


 目がとろんとしていて、ちらりと服から見える肌もほんのり朱色に染まって色っぽい。慌てて目を反らせる。



「初挑戦だったんだろ。こんな日くらい飲まなきゃ」

「誰がどうやって彼女を世話するんですか」

「あんたがやりな。素面だろ……ま、仲良くやんな。若いもん同士。あんたなら危険もないだろ」



 エーデルおばさんがにやりと笑って他の客の所へと歩いていく。俺だって若い男なのに。安全と言われるのはあんまり喜べない。


 そんな風に思いながら酒が入って説教するような感じになってきた彼女の……意味を理解することが難しくなってきた一方的な話……というか愚痴? を、わからないながらもうんうんと頷きながら聞く振りをずっとしていたのだが、一つ大事なことを忘れていた事を思い出していた。


 …………そういえば。



「シーリアさん! 内壁の門はいつまで開いてる? ……って」

「……」



 いつのまにかジョッキの中身は半分くらいになっており、すー……すー……と、彼女はいつのまにか幸せそうな笑顔で寝息を立てていた。

 いい夢でも見ているのか尻尾がゆっくりと左右に振られている。


 もう夜も遅く、客も徐々に少なくなってきている。いつの間にかマイスとゼムドの姿も消えていた。あいつら……酔っているように見せてそうでもなかったのか。

 シーリア起こしたとしても恐らく、内壁の門は開いていないに違いない。ラキシスさんが心配するかもしれない……しまったな。


 隣で気持ちよさそうに眠っているシーリアを揺するが、全く起きる気配はない。


 頭をわしゃわしゃかいて苦笑して、彼女を店にきたときと同じように再び背負うと自分が借りている部屋へと運び、吐いても喉を詰めないように顔を横にしてベッドで眠らせた。


 そして、エーデルさんから毛布を一枚借りて、自分は床で眠る。

 ベッドに横たえた時のシーリアの体のしなやかな柔らかさが運んだ手に残っていて頭が冴えてしまい、眠れそうにはなかったが。


 あの柔らかさ……故郷にいるはずのクルスを抱きしめた時の感触をなんとなく思い出してしまい溜息を吐く。こんなことで彼女を思い出すなんて……と。



 闇夜の中、ふとシーリアを見ると……窓から入る前世のそれよりも少し明るい月の光が彼女の白い髪が淡く反射し、ほんのりと輝いていて銀色の狼が丸まって眠っているように見えた。


 起きているときと違い、狼というには眠っている彼女の姿は可愛らしすぎたが。

 俺は思い浮かんだ表現に苦笑し、どうせ眠れないなら明日ラキシスさんにする言い訳を考えよう。そう考えて毛布を体に巻きつけて床の上で丸まった。




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