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第九話 転機 前編



 師匠である狩人のガイさんと別れてニヶ月近くの時が流れた。


 経験を積んだお陰かレベルの方も幾らか上がり、その結果としての不自然な身体能力の急な向上には本当に驚いている。

 この世界に生きる人達の間では、これを『神の恩恵』と呼んでいて当たり前のこととして捉えており、不自然さなどは感じないようだ。


 俺達は今も二人だけで迷宮への挑戦を続けている。何度か組んで潜ったこともあるのだが、どうしても効率が悪くなってしまうのだ。

 俺達のように子供の頃から訓練をして技術を磨いてきた者は少なく、臨時で入りたいと頼んでくる相手になかなか高い能力の者がいないのだ。


 付き合っていけそうな性格なら能力はそこまで気にしないのだが、そういう一人の冒険者に限って性格に難がある者が多いこともわかってきた。

 何度子供となめられ、難癖をつけられて報酬を多く持っていかれそうになったかわからない。


 それなら一から育てればいいとも思わないでもないが、俺達より若い冒険者などそれこそ僅かしかいない。それに育てて逃げられれば丸損だ。


 じゃあ、腕のいい冒険者に仲間に入れてもらえば……と、考えても見たがそんな簡単には見つからないし、そういう冒険者は自分達のような子供には見向きもしない。


 そういうわけで、二人での探索に限界を感じながらも頭を悩ませる日々が続いている。声をかけられることは増えてきているのだが……仲間に誘われたら受けるべきだろうか?

 悩みは大きく、答えを焦って出すわけにはいかない問題だけに難しい。そんな風に悩んでいると別行動していたマイスが、俺が待っていた場所に走って戻ってきた。


 なんだか、マイスは面白いことがあった感じの笑顔を浮かべている。



「おい、ケイト。あんときの酒場のおっさんが一階に沸いた大量のゴブリン倒そうだってよ。ほら、一か月前のあのなんてったっけか。あの喧嘩売ってきた……」



 一か月前……名前は覚えてないが俺達を馬鹿にした相手か。あの後、ぎりぎり目標の金額を集めたように見せかけて、敵意をもたれないように気をつけていたのだが……。



「それでマイスは受けたのか?」

「ああ。だって倒さないと邪魔だろ。俺達がよく稼ぎに行ってる辺りのようだし。他の三人は全く知らないが、ま、なんとかなるって」



 あいつはそもそも、店で一緒に飲んでいた人間と組んでいたはず。それが知らない人間と組んでいる……どう考えても怪しすぎる。

 背中を気にしながら戦わないといけなくなるかもしれない。だが、マイスに失敗から学んでもらうこともあるだろうし……。



「マイス。あの人達は危ないかもしれないよ?」

「知ってるやつもいるんだし大丈夫だって! 心配症だな。ケイトは」



 大笑いするマイスに頭をわしゃわしゃかいて苦笑し、溜息を吐いた。


 マイスと二人で待ち合わせの地下の大広間に向かうと、粗末な革製の鎧を身につけた戦士風の男が四人、談笑しながら待っていた。


 俺達を見つけると、酒場で俺達を馬鹿にしようとした中肉中背の男……閲覧の能力で名前を確認するとリューグという名前だった……が、俺達にニヤニヤ笑いながら馴れ馴れしく近づいて肩を叩き、他の三人の方を向いて紹介する。



「こいつらが話していた優秀な新人だ! こいつらがいれば大丈夫だぜ」

「おおっ! そりゃ助かるねえ!」



 笑っている男達の対応をマイスに任せながら、紹介しているリューグと残る三人をよく観察する。武器は全員剣のようだ。狭い場所もある迷宮では剣は無難な選択ともいえる。年代は全員二十代後半といったところか。


 身体能力は俺達とあまり変わらない。レベルは7と二つほど俺達より上であることを考えると、微妙なところな気がする。そして、技能は武器のみ。それも、あまり訓練されていないように思える数字だ。


 彼等は俺達を見て、喜んでいる……ように見える。

 俺達はマイスの武器を優先したため、鎧を未だにつけていない。俺達のことを知らないはずの三人があからさまに喜ぶのはおかしくないだろうか。


 信用など出来るはずがない。



「勿論先輩方が前に出てくれるんですよね? 手本として」

「う……え、あ、ああ。当たり前じゃねえか」



 先手を打つと想定外といった感じの驚き方をされた。表情は変えずに、内心決まりだな……と思った。

 彼等は俺達を利用しようとしている。それでもいい。


 どう利用されようがこの人数がいれば、一階の敵が相手ならなんとでもなる……この時の俺はそう判断していた。はっきりいえば迷宮のことも彼らのこともなめていたのだ。



 地下に入り、四人が前に立って彼等が俺達を誘った理由である大量のゴブリンがいる地点へと移動する。帰り道を間違わないように、歩いた道を記憶しながら。



「あれだ。あの通路の向こうの広間にゴブリン共が待ち伏せしている」

「んじゃ、手っ取り早く終わらせるか。一人二匹くらいか?」



 マイスが笑みを浮かべて、大きな両手用の剣を背中の鞘から抜く。

 その剣を軽々と構えているのを見て他の四人の男達からどよめきが起こった。



「へへ、すげえじゃねえか。頼むぜ」

「任せとけ」



 全員で広間に出て剣を構える。俺は一番後ろで敵よりも男達の方を警戒していた。

 後ろから切りつけられてはたまったものじゃない……が、そういう様子はない。気にし過ぎか? 敵を排除するために利用しただけか……?



「いくぜっ!」



 マイスは剣を持って大声で吠えながら相手に突っ込んでいく。男達はそれを見た後、全力で走り出した……揃って真後ろに。



「……え?」

「けけっ! がんばんなよ。期待の新人さんよお」



 リューグが馬鹿にするように笑いながら俺の肩を叩いて走り去っていく────あまりに想定外だった出来事に俺の思考が一瞬止まった。


 だが、すぐに焦燥が沸き上がる。あそこは広間……まずいっ!



「マイスっ! 引け! あいつらは逃げたっ! 囲まれたら死ぬぞっ!」



 聞こえていることを祈りながら大声で叫ぶ。

 幸い聞こえていたのだろう。マイスは両手剣を真横に大きく振りながら後ろに飛び下がっていた。そして、ゴブリンと対峙しながらじりじりと後ろに下がる。



「逃げたってっ! 本当か!」

「ああ。ごめん、予想外だった」



 怒りで目が眩みそうになるのを抑えて、相手を確認する。

 数が多すぎる……戦うにしてもこんな広いところだと不利だ。



「マイス! 三つ大声で自分で数えて、その後、全力で背中向けて逃げろ。いくぞっ!」

「三!」



 急いでマイスの近くまで走り、ゴブリンに向けて松明を投げる。



「ニ!」

「炎の精霊サラマンダーよ!」

「一!」

「代償を糧に……爆発しろっ!」

「〇!」



 マイスが0を数えた瞬間、松明の木が大きな音を立てて爆発し、炎を纏った小さな木片がゴブリンに降り注ぐ。これで殺せはしないが、炎と音でマイスから注意が逸れた。


 その一瞬を利用して、マイスが来た道を引き返して走る。

 俺も遅れないように後ろを警戒しながら逃げ始めた。


 俺の見通しは甘かった。信用できないことはわかっていた。だが、これほどの悪意を持って……本気で殺そうとするとは……想像していなかったのだ。


 向けられた悪意と、見抜くことが出来なかった悔しさを噛み締めながら俺は足を動かし続けた。





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