第六話 宿とダンジョン
結局、時を忘れて話し続けて気がつけば昼になっていた。
道中に色んな薬草を拾いながら歩いてきた話をヘインにすると、薬を作る為に必要になるとのことでかなりいい値段で買い取ってくれることが決まった。
安くても良いといったのだが、必要経費でお客が出してくれるから大丈夫とのことだ。
貴族相手の仕事らしいがどうやら本当にうまくやっているらしい。ご機嫌取りなのか昼は取引相手の娘であるユーニティアと一緒に取らないといけないらしく、そこで今日のところは解散になった。
ヘインと別れた後、俺達は待ち合わせ場所に決めていた中央の巨大な神殿のような建物……中に地下のダンジョンがある建物の入り口でガイさんと合流し、取ってくれた宿に移動していた。
第二市街南部……一枚目の城壁の中の南側、昨日泊まった宿の近くに、ガイさんが取ってくれた宿……『雅な華亭』はあった。ガイさんが昔、冒険者時代に利用していた宿らしく、カイル兄さん達も最近まで利用していたらしい。
この街では一般的な二階建ての建物で一階は食堂になっている。二階の広さに比べて食堂は狭いが、奥に従業員用の生活スペースがあるのだろう。
二階はベッドと机だけがある小さな部屋が十室くらいある。部屋の中は外見のぼろぼろさに見合わず、シーツは清潔で掃除は行き届いていた。
もっとも長期間借りる場合には自分で掃除しなければならないなど、前世に大学生活の際に使っていたワンルームマンションが印象としては近いかもしれない。
宿の主人であるエーデルさんは、はきはきとしゃべる恰幅のいいおばさんでカイル兄さんのことは印象強かったらしく、自己紹介すると、
「あの悪餓鬼の弟か! あんた兄さんに本当っぜんぜん似てないねぇ!」
と、笑っていた。
おばさんの息子で、宿で働いているリックさんも似たような感想だった……何をやってたんだか。今度カイル兄さん達の事も聞いてみようと思う。
これから暫くお世話になる狭い部屋に持ってきた荷物を置くと、一階から肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。昼食を食べていないと聞いたエーデルおばさんがじゃあうちで食べなと作ってくれているのだ。
もちろん有料である。断ることが出来ない迫力だった。商魂たくましいというか……味は文句の付けようの無い出来で、自信を持って勧めれるのも頷けたが。
食堂で大きなパンをちぎって肉料理のたれに絡めて食べているとガイさんが唐突に今からちょっと散歩に行くぞといった感じの気軽さで、
「これ食ったらダンジョンに行くぞ。初回は案内してやる」
「え、今から?」
と、言ったため、思わず問い返してしまった。
「何言ってんだケイト。お前は何しに来たんだ」
呆れたようなガイさんの言葉に、今度は気をゆるめ過ぎたか……と、ひき締め直す。ガイさんは、苦笑いして続けた。
「本当は明日からでもいいんだがな。俺も明日には帰ろうかと思ってんだ。あんま心配は無さそうだしな。何かあった時にはあのおっかないエルフを頼れ」
「おお、いよいよかっ! く~っ! 楽しみだぜ」
「うん。わかった」
それと……と、ガイさんはネジの付いた丸い機械っぽい物を取り出した。これは……時計? それにしては針はあるけど文字盤が付いていない。
「こいつはケイトに預けておく。これを作ったドワーフのおっさんの話だと、ネジを一番巻いた状態を10回繰り返すと一日になるらしい。ダンジョンは薄暗くて時間がわかりにくいからな。カイル達には、俺のやつを渡したんだが……こいつはジンのやつだ。壊すなよ」
「なるほど。これは便利……ガイさん、ありがとう」
「馬鹿やろ。礼はジンにいっとけ」
よくよく見るとシンプルな構造だが、開けて中を見れるようになっていて、内部はかなり精巧であることがわかる。マイスはすげーと驚いているだけだったが、これは結構高いものではないかと俺は思った。
食事を終えて、ダンジョンに向かう準備を行う。といっても、防具などはまだ買えていないために動きやすい服装に剣と予備のナイフ、投石用の石、松明、火の精霊以外で唯一使いこなせている土の精霊を呼び出すための土などを持っていくだけだ。
狩りで使っている弓は持ってきてはいるが、大きすぎて中では使えないだろうという話だった。中に入ってこれはまた判断することにしたい。
母さんに貰った剣を鞘から僅かに抜いて、刀身に顔を映す。
自分の無力さに泣いた日から一年。かなりの訓練は積んできた。それも今日からの生活に活かすためだ……しばらく、そうしていると準備が終わったマイスが俺を呼びに来た。
「ケイト。いよいよだな! 頑張ろうぜ」
気負ったところのまるでない満面の笑顔のマイスに頷く。
この図太い大男はいつでも変わらない。ガイさんと一緒に旅をしているジンさんもそうやって安心したんだろうか。あの人も難しく考える癖がありそうだし。
「用意できたか。今日向かうのは地下一階だけだ。夕方には出るが俺は危ない時以外は手を出さない。お前達がやりたいようにやってみろ」
「だってよ。頼むぜケイト。頭使うのはお前の仕事だからな」
「何か気がついたらマイスもなんか言ってくれよ」
俺は笑うマイスに苦笑いして頭をわしゃわしゃかいた。
ダンジョンの入り口は巨大な神殿のような素材不明の建材で作られた謎の建物である。
太古の昔から劣化することもなく、この姿のまま存在していると言われている。どういった由来があるのかは最早誰も知らない。少なくとも二千年以上前からあったのは確実なようだ。
大昔から生きているエルフなら何か知っているかもしれないが……ラキシスさんの知り合いなら知っている人もいるかも? 一度聞いてみたい。
中に入ると巨大な柱が何本も立っていて、そこに背を預けるように粗末な装備の冒険者達が弁当を広げている。大抵は複数人で潜っているようだ……男性がやはり多い。
ガイさんの話では自信がない頃は、警戒して外で食べることが多かったそうだ。実力のある冒険者は効率を求めて食事も中で食べているらしいが。
今はわりと静かだが、これが朝に来ると一時的な仲間を求める冒険者の声や、冒険者に道具屋薬品を割高で売りつける冒険者ギルドの役人の声で騒がしいらしい。
どうでもいいが、他のギルドは同職者の組合で全然違和感がないのだが、冒険者ギルドだけ役所みたいなのはやはり長い年月で徐々に変異したんだろうが……違和感がある。
他の名前に変えろよと思うのだ……やってることは、役所仕事と専門的な派遣のアルバイト……みたいな感じだし。まあ、使う方もわかりやすいんだろうが。
そして、神殿っぽい建物の中央にある薄暗く大きな地下への階段。
階段の降りる場所の側面の壁には恐らくこのダンジョンを作った職人が彫ったのだろう……読むことが出来ない文字が彫られている。
「この壁は面白いぜ。手をかざしてみな」
ガイさんがいたずらする時の子供のような笑みで笑う。こういうときの彼はろくでもないことを大抵考えているのだ。だが、俺達はその文字に手をかざす。
“この中にあるものは百億の絶望とたったひとつの希望である”
急に頭の中に声が理解の出来る言葉が響いて俺達はびくっ! として壁から手をどける。そんな俺達を見て、してやったりとガイさんが大笑いしていた。
「誰がどうやって作ったかはしらねえがいい趣味じゃねえか」
「他のこういうダンジョンにもあるの?」
「ああ。らしいな……一つ一つ違うらしいぜ?」
楽しそうに、感慨深そうにガイさんが目を細める。初めての時は同じように誰かに脅かされたのかもしれない。マイスも不思議そうに壁の文字を見つめている。
この言葉には何か意味があるのだろうか。
不思議なことは……本当に楽しい。この世界は知らないことしかない。
歩けば知らないことに直面し、人の手が入っていない自然に感動し、一つ一つの物がどういった意図で作られたりされているのか……真実を知っていく。
自分の中の知識と照らし合せて、世界を理解する……生きることの大変さは痛感させられるが、そのこと自体が本当に楽しいのだ。旅をしてよかったと思う。
後は命の危険を体験してもそう思えるか。それだけだ。
思わず溢れそうになる知的好奇心を抑え、俺は現在、最も不思議な場所であるこのダンジョンの中に入るため、二人に行こうと促した。