第三話 出会いと再会
動物の耳が付いている白い少女は、ラキシスさんを呼ぶ為に俺達を客間に案内した後、不機嫌そうな顔を隠さずに出て行った。
本当に何か嫌われるような事をしてしまったのだろうか……勧められた丸太を短く切り取ったような椅子に座りながら、彼女のことを考える。
身長は俺よりも少し低いくらい、可愛いと言われるよりは綺麗と言われそうな顔立ち。ちょっときつめに見えるつり目……獣人は身体能力が高いといわれているが、彼女もそうなのだろうか?
単にラキシスさんの所で身の回りの世話役として雇われているだけとかの可能性もある……それにしては、着ているローブの仕立てが上等そうだったが。
そもそも獣人……と一括りにしているが獣人には大雑把に二種類のタイプがある。
人間に近いタイプと、獣に近いタイプだ。
どちらに近いかで、能力的にも人間に近いか獣に近いかわかれているらしい。獣人の中でも知性のないものや低いものは魔物に分類されているなど、あまり厳密なものではないのかもしれないが。
この国では少ない方らしいが獣人に対して……いや異種族全体に対して人間優位の国では差別があるらしい。異種族はそれぞれ人間にはない力を持っていることが多いのだが、世界的に人間の人口が一番多いため、それが少数者への圧迫になっているのだろうか。
彼女が俺達を嫌っているのがそうしたものが原因だと仲良くなるのは難しいかもしれない。本気で仲良くしようと思うなら、彼女達の事を良く知って根気よく付き合う必要がありそうだ。
マイスも初めて見る獣人に何か思うところがあるのか、真剣な表情でむうと唸って重々しく口を開く。
「耳だけじゃなく、ちゃんと尻尾も付いてんだな」
「……気になったのそこだけ?」
げらげら笑うマイスをじと目で見る。
獣人への差別はそもそも村には獣人がいないからか、彼の頭にないようだ。それとも大物なんだろうか。あれだけ敵意の視線を向けられてもそんなところにだけ目が行くのは。
「ケイト、お前はいつも難しく考えすぎなんだよ! いいじゃねえか細かいことは。見た目は可愛いんだしよ……まあ、尻ひっぱたいてきそうな女っぽいけど」
ばしばしとマイスが俺の背中を叩く。確かにそうかもしれない。
俺は髪の毛をわしゃわしゃかいて、小さく笑った。まあ、そうか……無理せずとも、気が合いそうなら頑張って、無理そうなら無理しないのがいいかもしれない。
ふぅ……と息を吐く。この街に来てから物事を難しく考えすぎていたか……気が少し楽になった気がする。こういうときマイスのからっとした明るさは有り難い。
「そうだね……実は俺もちょっとあの犬っぽいふさふさな尻尾触ってみたかった」
「ぷっ! そりゃだめだろ!」
あははと声を上げて笑う。お陰で客間の空気は大分軽くなったような気がした……ガイさんはがちがちに緊張しているけど。あがり症なんだろうか。
しばらくすると先程の獣人の少女が飲み物を持ってきてくれた。さっきから二階でどたどた凄い音が鳴っていたのはこの用意だったんだろうか……そして飲み物を置くと彼女も取り付くしまもない不機嫌そうな顔のまま椅子の一つに腰を掛ける。
改めて見ると彼女はマイスやガイさんにはいないように扱っている節があり、俺だけを敵視しているように見えた。ということは個人的に俺に恨みがあるのかな?
だけど自分には心当たりがない。
「有難う御座います」
「……いえ」
お礼を言ってみたが話したくないといった感じで口をつぐんでいる。
何故かはわからないがわからないことは気にしても仕方がない……と、あまり気にしないことに決めて、たまにぴこぴこ動いている耳をぼーっと見ながらあれはどうなっているんだろうかとか人間の耳の部分はどうなっているんだろうかとか呑気に考えていた。
ニ十分くらい待っただろうか。客間の扉がゆっくりと開き、そこにいる皆が息を飲んで立ち上がる。
「お久しぶりです。ラキシスさん」
「……っ! ……久しぶりね。ケイト君」
窓から入る薄い光を浴びて輝く絹糸のような金色の髪、エメラルドグリーンの瞳……冒険者として村に来た時と違って鎧ではなく緑を基調とした色合いのドレスを着ているが、それが似合っていて自然に見える。
ともすれば冷たくみえるのは整い過ぎているからかもしれない。
数年ぶりに会うラキシスさんは、記憶にある思い出と変わらない姿でそこに立っていた。
あの日の鮮烈な思い出と感動を思い出して、沸き上がる感情を抑えながら頭を下げる。ラキシスさんはそんな自分を見ながら、楽しそうに微笑んでいた。
「本当に人間って成長が早いのね。あの時は小さかったのに」
「もう六年ですからね」
「たった……六年。私にとってはね。変わらないもの……他の子も紹介してもらえる?」
ラキシスさんは俺達全員に座るように促し、自分は俺の対面にある椅子に座った。
そして、驚いて惚けているマイスの背中を何度か叩く。はっと気づくと彼はびしっと直立してラキシスさんに頭を下げた。
「マイス……マイス・アライゼル! ケイトとは親友です! よろしくお願いしますっ!」
し、親友って……いや、俺もそう思ってるけど大声で言われると少し恥ずかしいんだが。
ラキシスさんはクスクス笑って、
「聞いていると思うけれど、私はラキシス・ゲイルスタッド。よろしく」
「は、はい!」
緊張しているマイスをぽんぽんと叩いて座るように促す。こういうところは師匠であるガイさんに何か似ているな……と苦笑する。だけど、それも愛嬌かもしれない。
そのガイさんは神妙な面持ちで立ち上がり、頭を下げる。
「ガイ・ライエルだ。こいつらの師匠をしていた。俺は村に帰るが……弟子達のこと……こんなこと言える立場じゃないが、頼む」
「ケイト君とマイス君は彼等の手に余る事に関しては私がちゃんと見ているから心配しないで? それから……貴方のことは知っているわ。娘さんから手紙を何度か頂いたから。私も送ったのよ?」
「うぇえええ! クルスが?」
ガイさんが奇声を発しているが俺も驚いた。
俺は前に会った時からこまめにラキシスさんと手紙のやり取りをしていたが、それを知っていたのは家族だけの……ああ、家族が知っているからか……。
「娘さんは……来てないのね。残念」
「あ、ああ。嫁の出産が近くてな。見てもらってんだ」
残念……というわりに、そんな風には見えない。何かを探るような感じというか……クルスは一体何を書いたんだろうか……全く想像が出来ない。そんな話を聞いたこともない。
空気がなんだか悪くなっているような気がしたので、慌てて俺は言った。
「ラキシスさん、そちらの女性は?」
「紹介するわね。彼女はシーリア・ゲイルスタッド。私の養女よ」
名前を呼ばれた獣人の少女は仕方ないといった雰囲気で立ち上がって少しだけ頭を下げる。そんな様子を見ながらラキシスさんは困ったように小さく溜息を吐いていた。
「シーリアです。よろしくお願いします」
「見ての通りい……狼系の獣人なの。悪い子じゃないから……仲良くしてあげてね?」
「狼なのか。てっきり犬かと思ったぜ……ん? なんだ? ケイトお前が犬っぽいっていったんじゃねえか」
感心した風に頷いているマイスに馬鹿! っと肘で突く。シーリアは耳と尻尾の毛を逆立てて、がたっと立ち上がると俺の側までつかつか近寄って胸ぐらを掴み、大声で叫んだ。
「誰が犬だ! 私は狼だ! 訂正しろ!」
「わ、わかったから! 悪かった!」
がくがく揺らされながら、俺は彼女と仲良くなれるのか……流石に不安に思っていた。
とりあえず第一印象が最悪なことだけは間違いがなさそうだ。