第二話 冒険者ギルド
冒険者の宿には二種類の泊まり方がある。一つは一日だけ部屋を借りて泊まるやり方。もう一つは長期的に部屋を借りて泊まるやり方で、旅行する場合には前者が、長期的にこの都市に滞在する場合には後者が使われる。
先日は前者の泊まり方を利用して、体を拭き、身を清潔にして宿と一緒に経営している食堂で三人とも無心に料理を平らげた後、すぐに眠ってしまった。
余りにも疲れていたからか料理が美味しかったか不味かったかすら覚えていない。
ベッドで眠れたおかげか、起きたときには完全に疲労は抜けていて久しぶりに爽快な気分で起きることが出来た。マイスも同じ気分らしく、気分よさげに隣を歩いている。
夜の南側……冒険者の宿がある一帯の店は夜が本業といった具合で、着いた時間帯は人を呼びこむ声や行き交う人々の声、酔っ払いの大騒ぎで賑やかだった。
しかし、早朝の今は街中は静寂に包まれており、開いている店は一般的な雑貨屋や冒険者達に売っている弁当屋、薬屋といった冒険に関係している店くらいしか開いていない。
人通りもまばらで冒険者らしき鎧の人達や荷物を運ぶ商売人らしき人が歩いているくらいか。
「ここが冒険者ギルドかーって、なんか普通の家っぽいな」
「そうだね。この看板が目印なのかな?」
「まあ、本部はでかいんだがな。支部はあちこちにあるからこんなもんだ」
昨日泊まった冒険者の宿の近くにある剣と丸っこい……石(?)を持った棒人間のマークが書かれた看板の掛かった家に着き、がちゃっと扉を開けて中に入る。
そこには酒場のようなカウンターがあり、職員らしき太ったおじさんが中の椅子に座っていた。
他の職員はなにやら忙しなく紙を整理したり、何かを書いたりしているようだ。
カウンターの外にはいくつかテーブルと椅子が置かれており、飲み物はないがカフェのような趣きがある。恐らくは掲示板に貼ってある仕事を仲間と検討できるようにテーブルが置かれているんだろう。
「なんか、思ってたのと違うなあ。もっと胡散くさそうで汚くて中にいる人もいかにも! って感じのごつい奴ばっかいるものだと思ってたぜ。掃除もちゃんとされてるし綺麗じゃねえか」
「まあギルドってな元は冒険者が作ったんだが今は国が運営してるしな。他の職業のギルドは雰囲気違うぜ? 職人や商人達で管理してるから、それぞれの色があるしな。」
「なるほど、冒険者は仕事も国が管理してたりするんだね」
同職者の組合ではやっていけなくなったのか……まあ、冒険者になる人が事務をするって想像できないし、そういうものなのかな……利点もあれば欠点もありってところか。
「新規登録、二人だ。頼むぜ」
「あー。わかった。字は読める……ああ、なら後で規約は読んでくれ」
ガイさんが太ったおじさんに声を掛けると、おじさんは二枚紙を取り出して、俺達に一枚ずつ渡すと奥に引っ込んで行く。そして、水晶玉と四角い底の浅い箱のようなものを重たそうにカウンターまで持ってきた。
「右手を水晶、左手を箱の方に置いて名乗るんだ。本名でな……偽名でも登録出来るがばれたら犯罪だから気をつけてくれ。その後、紙に名前と出身地と生誕日書いとくれ」
言われた通り名乗ると箱から出てきた名前と不思議な模様が書かれた金属製の板を渡された。ガイさんも持っていたものだ。
「二人ともレベル3か……子供にしちゃやるな。まあ、精々死なないようにな」
「ふん、簡単に死んでたまるか。っと、これが冒険者の証明書か!」
レベルに関しての説明や、この魔法の道具の説明は以前にジンさんから受けている……一体どういう原理なのか気になるがレベルを調べる事ができるらしい。もっとも、能力やスキルはこの道具では調べることができないらしいが。
意外と魔法に関する技術は高度に発展しているのかもしれない。そのうち調べてみたいものだと好奇心が沸々と湧き上がってくる……が、今は我慢だ。
とりあえず、身分証明も兼ねているようだし、絶対に落とさないようにしなければ。
「仕事はここでも受けれるし、提携している宿でも受けられる。ダンジョンで取れる『魔力石』は内壁の中にある本部の方で換金するんだ。後は紙に書いてある。手続きは終わりだ」
俺はおじさんの説明を聞きながら、ついに冒険者になったんだな……と、しみじみと証明書を見つめていた。
手続きが終わると冒険者の証明書を貰った俺達は冒険者ギルドの支部を後にし、ガイさんから細かな説明をしてもらいながら内壁の中に入る為に歩き始めた。
街の中央部にはこの街のシンボルでもある巨大な神殿のような構造物が立っているのが遠目に見える。
俺もマイスも、あれがダンジョンの入口か……と、思わず一度足を止めて見つめたりした。
内壁の中には貴族や大商人の家やヘインも通っている研究施設である学院、商人、冒険者など各種のギルドの本部や神殿、領主であるカイラル家の居城、中央にはこの街の発展の要にもなっているダンジョンが存在しているなど重要施設が固まっているため、中に入るには資格か紹介状が必要となる。
中に入る手段として最も簡単なのは冒険者ギルドへの登録だが、魔法を利用した本人の確認や他国の冒険者が一定人数以上中に入る事への制限、居城のある東部への立ち入りの禁止などの他、安全のために様々な規制がある。
また、ダンジョンで手に入る加工されていない魔力石は冒険者が内壁の外へ持ち出すことは禁止されているなど、ダンジョンというある種の『鉱山』を管理しているようだ。
内壁の中に無事に入り、大きな建物や綺麗な彫刻の立ち並ぶ街並みをラキシスさんの自宅に向かって歩いていると、マイスがこちらを見て苦笑いしていた。
「何にやにやしてんだよ。ケイト」
「あ、うん……そんなにやけてるかな? でもほら、本当に楽しみなんだ」
カイル兄さん達に会うのも楽しみだし……数年ぶりにあのラキシスさんに会うのかと思うと緊張したりするが……カイル兄さんは元気だろうか。やはり、あの人は美人なままなんだろうか。本当に会えるのが嬉しい。
「うーん。俺は別行動のがいいか?」
「え、何でですか?」
「いやー……俺はお呼びじゃない気がしてなぁ」
ガイさんは自信なさ気に苦笑しながら、手紙に書いてある住所に立っている二階建ての大きな一軒家を見上げる。内壁に立っている家に住む……というのは、冒険者としてはとんでもないことらしい。この街でも何人いるかというところだとか。
他に住んでいるのが大商人や中級以上の貴族という富裕層であることからも、その金額が想像できそうな感じだ。
人間以外の異種族は人口の関係や文化の関係もあり、この国ではかなり少ないがそれでも差別を受けている。そんなエルフのラキシスさんがこんなところに住んでいるのだ。その苦労を考えると、自分もそんな凄い人に会っていいのか? と思えてくる。
「これが噂のエルフさんの家か! 冒険者ってやっぱすげえんだなぁ」
「馬鹿やろ。この人は特別だ……まあ、いい。俺も挨拶だけしとこう。弟子が世話になりそうだし……カイル達も世話になってるかもしれんしな」
「特別……かぁ」
昔会ったラキシスさんを思い出す。冷たい雰囲気で威圧感があって……それでいて、暖かい人で、寂しがりっぽくて……優しい人だった。
あの人は友達といってくれた。子供の時の約束だし、今は偉大な大先輩と全然立場は違うようになっちゃったけど、なるべく彼女とは自然体で接することにしよう。
そんなことを考えながらも心臓をばくばく言わせつつ扉を大きくノックする……と、時間をあけずに、扉が勢いよく開かれた。緊張が最高点に達し──
「……誰あなた」
扉から顔を出したのはラキシスさんではなく……少し年上だろうか……白い髪に赤い瞳を持った女性だった。予想外なことに一瞬驚いて言葉を失う。
丈の長いスカートにゆったりとした質の良さそうなローブを身に纏ったその少女は、きつそうに見える釣り上がった瞳などの特徴があったがそれ以上に目立つ特徴……髪の毛と同じく三角形の白い耳が頭に付いていた。
(獣人……?)
と、少しだけ放心してしまったが、すぐに気を持ち直して胡散くさげにこちらの見ている彼女に向きなおす。
「ラキシス様に一目会いたくて……とかいうのなら通さないわよ」
「私はケイト・アルティアと申します。ラキシスさんに招待して頂きました」
「あんたが……っ……聞いてるわ。中へどうぞ」
何故だろうか、彼女に憎悪の視線を向けられた気がする。
だが、それも一瞬だけのことで彼女はすぐに感情を消し、俺達を事務的に客間へと案内してくれた。