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第一話 城塞都市カイラル




 故郷であるクルト村から歩いて三日目、日が傾きかけた頃にようやく俺達三人は目的地である城塞都市カイラルに辿り着いていた。旅に慣れているガイさんは疲れた様子もなく笑顔で歩いているが、俺とマイスは二日間も野宿するのは初めてで、慣れないため疲労の色が濃い。



「や~っと、着いたかぁ……ほんと遠いんだなあ」

「本当にね。身体が痛いよ」

「がはは! お前らもすぐ慣れる。俺達も初めはお前らみたいな感じだったしな」



 やれやれと、俺達は溜息を吐いて硬くなった身体を伸ばしたりこきこきと動かす。

 旅をすると色々と気付くこともある。

 水に限りがある為、身体が拭けない事。靴が履き潰れるため、寝る前に確認して修理をしておく必要がある事。野生の生物と盗賊への対処を考えなければならない事。保存食が不味い事。地面で寝ると身体が痛む事……様々だ。


 このような不便な点だけではなく、本来の目的である世界を知る……という点でも歩くだけで様々なことを知ることが出来た。


 三日間の間だけで遠目に何十もの村を確認することが出来たし、城塞都市に近づくと村では考えられない規模の畑が広がっていることもわかった。広大な畑は人口二十万とも三十万とも言われているカイラルの人々を支える食料を生み出すのだろう。


 領土には王領と貴族領の二種類があり、クルト村のような、街から遠く、徴税権だけ貴族に与えられた王の領土を王領、カイラルの周辺に広がるまとまった広大な畑は貴族の固有の領地で貴族領と呼ばれているらしい。知識では知っていたが実際に見ると、その地の果てまで続いていそうな広さに圧倒されそうになる。


 貴族領の畑やその他の農業や畜産は貴族の子飼いの役人と奴隷によって行われている。

 奴隷と聞くと、この世界と異なる価値観を持つ自分は眉をひそめてしまうのだが……法律で認められている制度であるため、ただ反発するのではなく、何故奴隷制度があるのか……現状を知って考えていく必要があるのかもしれない。



「しっかし、驚いたよな。城塞都市ってくらいだから城壁の中にだけ街があるのかと思ってたぜ! しかもなんだこりゃ! 祭りか?」

「祭り……じゃなさそうだけど確かにそうだね。城壁の外にも街が広がってるなんて」



 城塞都市には『外壁』と『内壁』の二枚の城壁があり、城壁の中に入る為にはそれぞれに手続きが必要となる。しかし、城壁の中だけでなく城壁の外にも街が溢れ出たかのように小さな建物が所狭しと建てられていた。


 もちろんそんな場所が静かなはずもなく、がやがやと物を売る声や荷物を運ぶ音や旅人達の往来で活気に溢れている。他にも音楽をかき鳴らしてお金をもらおうとしている人や手品をしている人などいろんな人がいて、まるでお祭りのような騒ぎだ。

 俺達はそんな喧騒に満ちた城門の前で中に入るための手続きの順番を待っていた。



「お前ら、こんな平和な東側で驚いてたら南側に行けばもっと驚くぞ」



 にぃ~っと悪巧みするように旅のせいで無精髭の生えた大男が笑う。



「何があるんですか?」

「そりゃお前……そうだな、俺も三日くらいはここにいるんだ。一回連れてってやろうじゃないか。いや、マイスはともかく……ケイトにゃ早いか?」



 成程、そういう場所なのかと苦笑して頷く。マイスは分かってないのかきょとんとしていたが、何かを思い出したかのようにあっと声を上げた。



「そういや……これからどうするんだっけ? カイラルに来てからの事、何も考えてなかった。」



 そういって、ぽりぽりと頬を掻いてこちらを向く。少年時代に出会ったエルフのラキシスさんから、街に着いたら顔を見せるように手紙を貰っていたが、今の旅に汚れた状態で会いに行くのは気恥ずかしい。と、なると、まずは……。



「ガイさん。冒険者が使う宿は南の方にあるんですよね?」

「そうだ。今日はもう遅いから宿を探すか。冒険者の登録は明日だな」

「ええ、明日登録してラキシスさんに挨拶してから、カイル兄さん達やヘインを探そうと思います」

「おい、ケイト。なんで宿が南にあるってわかったんだ?」



 俺とガイさんの話を黙って聞いていたマイスが不思議そうな顔でこちらを見る。どう説明したらいいものか……



「ガイさんが驚くっていうほど南側には面白いところがあるんだよね」

「ああ、言ってたな」

「と、いうことはガイさん達のような冒険者がよく遊びに行ってるんだよ。それなら、そういう冒険者が泊まる場所が近い方が、南の城門の外にあるお店も儲かるよね?」

「あー。そういうことか。なるほどなぁ!」



 感心したようにマイスは笑顔で頷く。正直に冒険者の稼ぐお金目的な歓楽街は近くにありそうだから……と言おうかとも迷ったのだが。まぁ、男同士だしそれでもよかったかもしれない。



 次! と、外壁の大きな扉まで順番が進むと鎖帷子を着込んだ門番の兵士らしき若い男と、初老の男の二人が自分達三人に来るように促す。俺達の検問の番が来たようだ。

 やっとか、とガイさんは呟くと兵士に薄い金属で作られた証明書を見せるが、初老の兵士はそれ見ずにガイさんの顔を見ると、懐かしい知り合いを見るかのように楽しそうに笑った。



「ガイ・ライエル。二級冒険者だ」

「久しぶりだな! 名乗らなくても知ってるが……まあ規則だからな。そっちの子供は息子か?」

「おい、俺がそんな歳に……て、もうそんな歳になっちまったんだよな」

「あっはっは。いつまでも若くねーよ」



 少しの間、初老の兵士はガイさんと二人で笑っていたが生真面目そうな若い方の兵士に肩を叩かれるとああ、と返事を返しこちらに向いた。



「若いの。わしは東門の衛視長のミハイルじゃ。よろしくな。ここでは、名前、出身、目的、荷物の確認、犯罪者の確認を行う。ガイのように冒険者の証明書を持ってると名前だけでいいんだがね。そんじゃ……でかいのから」

「マイス・アライゼル。クルト村から来た。目的は冒険者になりに来たんだ。荷物はこれだ」

「良い体付きしてるな! ガイが連れてくる子供は毎回おもしれーな。こいつも見どころありそうじゃねえか……荷物も問題ないな。よしいいぞ!」

「え、ああ。ありがとう」



 ばんばんと、明るいミハイルさんに叩かれマイスは呆気にとられたように苦笑いを返した。マイスは終わりのようだ。次は俺の番かと、若い男の兵士に自分の荷物を渡す。



「ケイト・アルティアです。自分もクルト村出身。目的は冒険者になりに。荷物の中の草は薬草です。来る途中に採取したのでそれは売ります」

「ふむ……おい、ガイ。大丈夫なんだな?」

「ああ。そいつの薬草の知識は中々のもんだ。規制品は教えてある」



 値踏みするような目でミハイルさんは、俺を見つめる。顔は笑っているのに、目は笑っていないような……何だ?



「なるほどな、こりゃあ面白い。若いの、冒険者になっても無理だけはするなよ?」

「はい。有難う御座います」



 一体なんだったのだろうか。荷物を受け取ると外壁の中への通行を許可され、城門を潜っていく。兵士達も次の通行者を相手に仕事を行っていた。



 外壁の中に入ると、城門の外よりもしっかりした作りの家々が立ち並んでいる。住宅地といった感じか。外よりも清潔感があり、道も石畳がしっかりと引かれていて歩きやすい。



「くー! 俺達本当にカイラルに来たんだな! わくわくするぜ!」

「気が早いよ。マイス」



 さっきまで、旅で疲れていたはずのマイスが街中をきょろきょろ見回しているのを見て、苦笑する。だけど、彼が興奮する気持ちも解る……村しか見たことがない自分達にとって、これだけの人工物が立ち並んでいる光景というのは信じ難い未知の光景なのだ。



 前世の記憶に大都市の知識は一応あるが、それとも全然違う。マイスがいなければ自分が好奇心の赴くままに辺りを見回していたに違いない。



「このあたりはそこそこ街で成功したやつが住んでるな。ここに住めれば……ま、一流ってとこだろうな。んじゃ、宿とってうまいもん食って今日は休むか」

「賛成~っ! よし、今日は食うぞ。保存食は飽きたんだよっ!」



 ガイさんの提案に元気にマイスが返事する。俺も笑って頷いて、目を細めて暮れかけた空を見る。

 明日から冒険者になる。その先に何が待っているのか……俺達は未来に不安とそれ以上の希望を心に抱きながら、夢と悪意の溢れるこの街での生活を開始することになった。




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