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プロローグ 暗闇の中




 薄暗いダンジョンの内部を俺はマイスと二人、走っていた。


 ダンジョンの内部は完全な闇ではない。真四角に石を切り取ったような人工的な物に見える通路には等間隔で頼りない光源が配置されている。この光源は人が作ったものではなく太古の昔から、ダンジョンを照らしているものらしい。

 どういう技術なのかは現在までわかっていないが……。


 しかし、その明かりだけでは心許ないので、松明やランプを用意するのがダンジョンでの冒険者の基本だ。

 もっとも、そんなものはとっくに投げ捨てている。



「いやー……ほんとクルス連れて来なくてよかったな」

「そうだね」



 俺も走りながら苦笑いして頷く。マイスも俺もまだ笑える状況だ。鍛えておいて本当に良かったと痛感している。

 今、俺達はゴブリンの群から逃げていた。俺には100m先まで敵を判別できる能力がある。普通、こんなことにはなりはしないのだが……。



「まさか、言い出しっぺのあいつらが……四人とも俺らを置いて逃げるとは」

「だから危ないっていったろ。どう見ても悪人面じゃないか!」

「ぷっ! 顔で判断かよ。おっさん達可哀想じゃねぇか?」



 マイスが四人組の冒険者にゴブリンの溜まり場があるから倒しに行こうと声を掛けられたのだ。

 その冒険者達のレベルは7と俺達より高かったが、スキルは殆ど無いに等しかった。


 敵がゴブリンくらいなら六人もいれば大丈夫だろうとの目算があったこともあり、知らない相手と組んで一度騙されるのもマイスの為と思ったのだが……ダンジョンを甘く見すぎていた。



 城塞都市には冒険者になるために様々な人がやってくる。一番多いのは農民だ。税が安い為、この都市の近郊の農家は多めの子供を養う余裕がある。だが、農地には限りがある……水やその他の権利などの問題もあり、容易に畑を増やす……というわけにもいかないのだ。するとどうなるか。


 畑を持つ事が出来ない者達は職を求めてこの街に来ることになる。

 比較的安価で農家でも読まれる紙の本の内容が、冒険を賛美するような内容の物が多いのもこの街に夢を持った者達が集まる原因の一つなのだろう。



 そうして、危険があることを知らず……知っていても自分は大丈夫と一攫千金の夢と希望を持ってこの都市に来るのだが、成功するのはごくひと握り……らしい。

 冒険者になるまで戦ったこともないような人もいるのだから、不思議ではないのだが。



「マイス! 前っ!」

「げぇ! やるっきゃないか。囲まれたらまじいな」

「巻き込む訳にはいかないよ。そこの二人……逃げろ!」



 逃げている方向にいた二人に声をかけると走っていた足を止め、懐の布袋から土の塊を取り出し、大地の下位精霊ノームを呼び出す。ノームは帽子を被った髭むくじゃらな、手のひらサイズの小人だ。

 可愛らしく見えて、意外と力が強い。

 マイスは中古の両手剣を俺の魔法の射線にはいらない場所に陣取って構えた。


 ステータスを確認し、暫し待つ。そして、ゴブリンが固まった所を狙い、



「ノーム。正面の奴らを攻撃しろっ!」



 叫んでその方向を指して叫ぶとノームの姿が消え、その姿が無数の石礫に変化し、前を走っている三体のゴブリンに向かって勢いよく飛んで頭や体に命中した。

 マイスは突っ込んで魔法で怯んだゴブリンを一瞬で切り倒していく。

 ゴブリンはキィアァァァァと甲高い断末魔の声を上げて倒れ込むと、もともと存在していないかのように姿を消して行った。



「ダンジョンの敵は死体が残らないからいいな」

「後ろは気にしなくていいよ」

「……そうこなくっちゃな。後8匹か」



 ゴブリンの群を前に、にぃっと獰猛な笑みを浮かべてマイスが剣を構えた。

 逃げるのに飽き飽きしていたんだろう。マイスが前で戦い、俺が後でサポートする。これがダンジョンに入るようになってから決まってきた戦い方だ。慣れないときは色々と失敗しながら試行錯誤したが、今ではこれが定着している。


 俺自身も前に出ないわけではない。最近では躊躇なく敵を倒せるようになっている。やはり死体が残らないことが大きいのだろう。感覚が麻痺しないか……そんな恐怖はある。


 マイスは簡単に考えているが、俺は出来れば逃げたかった。

 数の差というのは簡単な足し算ではなく、数が多ければ多いほど厄介さが跳ね上がっていくからだ。今いる場所が狭い5m程の通路でなければ、まず逃げることを提案していたと思う。


 他のゴブリン達も追いついてきたのを確認すると、俺は袋から石を二つ取り出し、両手に持ってマイスに叫ぶ。



「前二匹!」

「おう!」



 そのまま右手と左手で、前の方にいるゴブリン二匹に向かって右、左とテンポ良く投げ、命中したかどうかも確認せずに剣を構える。自分にはマイスのように力ずくで押し切ることはできない。

 ならば出来る事は彼が取り零した敵を倒すことだ。

 これ程の数を同時に相手するのは初めてで複数相手をしなければいけないかもしれないと思うと少しぞっとする。慣れてないのだ。



「キィアアアアアアアアッ!!!」



 石が当たったゴブリンを素早く仕留めているマイスの横を二匹のゴブリンが抜けてこちらへと向かってきた。暗くて見えにくいため、ステータスを表示させて位置を確認しながら先にこちらにくる方へ、体を向ける。


 ゴブリンは棍棒を中々の速度で振り下ろしてくるが焦らない。少しだけ下がってかわして首に剣を突き入れた。だが、引き抜くまでのタイムラグで次のゴブリンの攻撃が来る。

 冷汗を流しつつ、咄嗟に柄を手放してその攻撃もかろうじで避ける。拳を握って相手と対峙すると、首を刺されたゴブリンが消え去って、からんと剣が転がっていた。



「おい。マイス……きついんだけど」

「泣き言言うな。こっちはまだ後三匹もいるんだぞ」

「拙僧も手伝おう。愉快愉快。実に愉快」



 ぬっと横から子供くらいの身長の……だが、がっしりとした筋肉質で髭の生えた男が自分の身長ほどの棍棒を、俺に攻撃してきたゴブリンに一瞬で叩き込んでいた。

 そしてすぐに引き戻してガンっと床を柄で鳴らす。

 危険に巻き込まれかけたというのに、この髭の生えた男はからからと笑って次の相手を物色していた。俺も考えるのは後だと落ちている剣を拾う。

 相手を全滅させたのはこの後すぐのことだった。



 戦闘が終わるとゴブリンの死体が変化した『魔力石』を回収する。

 この魔力石こそが城塞都市カイラルにおける最大の特産物であり、ダンジョンの上に城塞都市が築かれた最大の理由である。

 ダンジョンの怪物達は外と違い死体が残らず、その代わりに魔力石が後に残る。そしてその魔力石は様々に加工することが出来、武器から生活に関わるものまでありとあらゆるものに使われているのだ。


 クルト村で使われている農具なども、一般的な農具に魔力石を加工することにより、錆びなくしたり寿命を伸ばしたりされていた。

 また、高価な魔力石はどんな傷でも癒すような薬になったり、魔法の道具にも使用されるなど、その利用の幅は広く、この街の学院では様々な研究が行われている。

 その話を聞いたとき、俺はまるで鉱山のようだと思ったものだ。



「いやー、おっさん中々やるじゃねえか」

「助かりました。ご助力有難う御座います」



 失礼な言い方をするマイスを軽く殴り、頭を下げる。目の前の小さいががっしりした髭の男は大声で笑って首を横に振った。



「まだまだおっさんと呼ばれるような歳ではないが、構わんよ。わしは人間達のいうところの亜人じゃからな。普通に扱われるだけでも有り難いもんじゃて」

「そうなのですか。貴方のお名前は?」

「拙僧は『鍛冶の神』ガランに使える神官でゼムドという。ドワーフ族じゃ」



 彼は重々しく頷くと、遠巻きにこちらを見ていた少女の方を向いた。恐らくは二人いたうちのもう一人だろう。大きな帽子を被っていて、帽子のから白い髪がちらちらと見える。



「そこにおわす方が拙僧が仕える姫じゃ。彼女が言わなんだら拙僧も助力などせんかったわい」

「あああああああ、こら! 言っちゃだめ! って誰が姫だ! あんなやつらどうでもいいの!」



 茶目っ気の篭もった笑顔のドワーフの発言で、驚きの声を上げたのは俺とマイスではない。姫と呼ばれた少女だ。走って近づいてきたかと思うと、ゼムドの胸倉を掴んで抗議の声を上げていた。背中のマントの下から飛び出した尻尾が逆立っている……獣人族のようだ。



「ありゃ……シーリアじゃねえか」

「奇遇だね……まあ、助けられたのかな?」



 未だにドワーフにくってかかっている気の強そうな白い髪の知人の少女を眺めて苦笑しながら、俺はこの城塞都市に来てから今日までの道程を振り返っていた。





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