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閑話3 ヘインの憂鬱(18話)



 暖かかった春が終わると、今年はすぐに真夏かと思わせる程に暑くなった。毎年、春の終わりには雨がまとまって降るのだが、今年はそれもなく唐突に夏がきたのかと思わせられる。書庫はこの家ではまだ風がよく入る涼しい場所にあるのだが、それでも本を捲る指に汗が滲んでしまうのが煩わしい。


 そんな暑さを恨めしく思いながら、僕は自分の観察が役に立つかもしれないことを喜んでいいのか嘆けばいいのか悩んでいた。


 僕は知っている薬草に関しては、毎年の生育について種類ごとに細かく日記らしきものをつけており、例年と全く違う薬草の生え方と育ち方から今年は異常気象になるのではないかと疑っていた。

 もし、本当にそうなるならばすごい発見ではないだろうか。

 異常気象などならないほうがいいのは間違いないが。


 最もこの話をしたのは師匠の一人であるジンさんにだけだ。不吉な予想など誰も喜ばないのだから……彼なら疑いつつも調べ、村のために対策を考えてくれるだろう。そうなれば、後は大人達の仕事だ。


 ジンさんは頼りになる師匠であり、このような点では尊敬している。しかし……、



「ヘイン君~難しい顔して……まだ調べ物?」

「う! あ、ああ。そうなんだ。エリーさん」



 後ろからひょいっと顔を近づけられて耳元で明るい声で急に呼びかけられると、一瞬で顔に血が上り、飛び上がりそうになった。

 気が付くと、後ろにいつのまにか友人のケイトの姉であるエリーさんが二人分のハーブティを用意して立っている。


 ケイトの姉である彼女は、顔立ちこそ似ているが真面目でどちらかというと口数も少ない落ち着いた弟と違って、底抜けに明るく元気で、話好きで相手まで明るくしてしまうような性格の魅力的な女性だ。


 二人分のお茶……今日はジンさんは村を回って診察しているためにいない。出かけるときにジンさんは僕に遅くなると行って出かけて行ったのだが……彼の狙いはなんとなく透けて見えている。



「そろそろ一度休憩にしましょ?」

「ああ、もう結構時間経ったのか。時間が経つのは早い」



 窓から外を見ると、昼に彼女の手料理を頂いてからそこそこの時間が立っているようだった。集中したせいか、太陽の光が目に入ると少し痛い。

 僕は彼女の方を向き直して有り難い申し出に頷くと本を読む手を止めて、彼女の後ろについてテーブルのある部屋へと歩いていった。



 テーブルを挟んで僕とエリーさんは向き合う。彼女は僕ととりとめもない話をしながらにこにこしている。僕は話が苦手だ……他の女性は誰もが敬遠する僕の面白いと言えない話でも本気で笑ってくれるのは本当に有り難い。


 はっきりいって僕は彼女のことが好きだ。


 僕と話すときに驚いたり笑ったりコロコロ変わる表情も、困っているときは見逃さない鋭さも、気遣いの出来る優しさも、可愛らしい唇も……だけど、彼女は僕に友人としての好意は持ってくれているものの、僕に対して恋愛感情は持っていない。これは断言できる。


 なぜなら彼女には好きな人がいるからだ。


 心の中で一つ溜息を吐く。その彼女の好きな相手は恐らく僕と彼女をくっ付けようといらない気を使っている。そして、僕はそのせいで余計にどれだけ彼女が彼を愛しているか……そう、もう恋ではない。

 愛しているのかを聞かされるのだ。

 さらに厄介なことにその時間でさえ楽しいので更に好きになってしまう悪循環。


 おそらく彼女は無意識なのだろうが、僕としては彼女と二人でいる時間は嬉しいが痛いという微妙な時間なのである。嬉しい気持ちのほうが強いのがまた辛い。



「……? ヘイン君どうかした?」

「あ、いやなんでも。ちょっと考え事が」



 ぼーっとしていたようだ。慌てて手を振る。



「なになに! 悩み事なら相談乗るよ? 友達だもの!」



 友達……年少のいたずらっ子のように笑う彼女には悪意はない。苦笑しながら、何か悩み事あったっけか……と記憶を探ると、一つ最近おかしいことがあったので彼女に意見を聞いてみる事にした。



「最近、ケイトは変だと思いませんか?」



 ことっ……と、木製のコップをテーブルに置き、彼女の方を見ると少し考えるような仕草をした後、頷いた。



「そうね。秋くらいから少しおかしいかも。クルスちゃんを避けてる?」

「はい。理由は知りませんが」



 避けてるのは解る。問題はその避けている理由だ。クルスに変わったところはないし、特別ケイトが何かをされたわけでもないだろう。多分。

 無口で能動的でもない彼女が普通の女の子っぽく恋人になるように迫るのとかは全く想像が出来ない。



「クルスちゃんは……うちの弟の事が好きだよね?」

「まあ、多分」

「じゃあ、好きな人に興味無いって態度とられるのは辛いよね~」



 むぅ~と可愛らしく唸る。全くもってその通りだ。本当にこの姉弟は……。

 半分飽きれつつ見ていると、エリーさんはそうだ! とぽんと手を叩いた。



「ヘイン君、弟に原因を聞いてよ! 私はクルスちゃんに聞くからさ?」

「構わないけど……男女の問題は自分達で解決するしかないのでは?」



 正直、男女関係に関わるのはごめんだ。だが、彼女は、



「それは違うよヘイン君! 確かに最後は自分達で解決しなきゃいけない。けど、もし悩んでるなら年上として、ちゃんと相談に乗ってあげないと! 自分たちの力で解決するための手助けは必要だよ? それにやっぱり心配だし……」



 勢い良く立ち上がって言いながら最後は不安そうに呟きながら椅子に座る。僕は溜息を吐くと関わる覚悟を決めた。彼女に不安そうな顔はさせたままでいたくない。

 自分は馬鹿だなと正直思うが、彼女にはやっぱり笑顔が良く似合うのだ。そのためには僕はなんだってしてあげたいのである。それが今の自分の幸せなのだから。



「わかりました。ちゃんと僕がケイトにアドバイスしておきます。いい案もありますし、すぐに解決しますよ」

「ほんとっ? 流石ヘイン君ね。賢いと違うねー。お礼に今度私の友達紹介するね?」

「それはいらないから」



 苦笑いする僕に彼女はほんとお堅いんだからーっとくすくす笑っていた。

 堅い訳ではなく、彼女にしか興味がないだけだ。と、本人に言えたらどれだけいいだろう。


 この後の小さなお茶会は穏やかな雰囲気で話をすることができた。僕にとっては一番大切な時間である……けど、こんな時間もあと何回あるのだろうか。


 彼女はきっと目標を達成する。僕にとっては辛いことだけど、彼女の幸せがそこにあるなら祝福しようと思う。あの人も流石に彼女を不幸にすることはないだろうし。


 それなら、彼女が迷わないように、僕のことは友人として良い思い出になるように……気付かれる前に僕は彼女の前からいなくなろうと思う。勿論、それは彼女の為だけでなく、僕自身の夢を叶える為でもあるのだけど。


 僕に例え自分のことを好きでなくても力づくで振り向かせて、奪い取るくらいの気概があればまた違ったのだろうか。将来……情けなさに後悔する日が来るかもしれない。

 だが、それも自分で選んだ未来だ。


 どんな手を使ってでも好きな女性を奪った未来に幸せを思い描けなかった自分に資格はないのだ。そう、思った。



 小一時間程話をした後、僕は借りていく本を選び、家に帰る準備をしていると師匠であるジンさんが丁度家に戻ってきていた。家に戻る前に挨拶をしておかなければと、調合を行う部屋へと足を運ぶ。

 彼は戻って休む間もなく、薬草の葉を擦り潰していた。



「ジンさん、お疲れ様です……何もこんな時間になるまで回らなくてもよかったのでは?」

「ああ。だが、身体の動かない人もいるからな。俺もここにずっといては身体が錆びるし、まあ、ついでという奴だ」



 ジンさんは足が片方悪いため歩くには杖がいるし、それを持っても歩きにくい。だから村人は基本的にはこちらまで歩いてくる。病気の人には自身で行かざるをえないが、薬だけであれば家族に取りに来てもらっている。


 だが、今日の場合はそこまでの必要がある人は2、3人だけだった。午前中だけでも十分終わる人数だったろうし普段はそうしているはずだ。

 彼は一度手を止めると、身体を調合台からこちらに向けると、僕の顔をみてうっすらと笑う。



「それに、若い者同士が語らうの邪魔するのも無粋だろう」

「僕達は多分そういう関係にはなりませんよ」



 頭が痛くなる。少しこめかみを抑えながら、僕は血を吐く思いで言った。だが、師匠にはそんな思いは伝わっていないようだ。



「お前なら大丈夫だ。頑張れ」

「手遅れですよ。どう考えても無理です」



 ジンさんは僕の気持ちに気付いているだろう。そして、エリーさんの気持ちもわかっている。そちらはどうも軽く見ているようだが……苦笑いする僕にジンさんは若いから大丈夫だと見当外れなことを言っていた。



 僕はジンさんは頼りになる師匠であり尊敬している……が、男女関係に関してはどうしようもなく駄目な人だと思っているし、殴りたいと思っても僕は悪くないと思うのだがどうだろうか。誰かに一度聞いてみたい。





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