エピローグ 故郷を後にして
幸いにして旅立ちの日は雲ひとつ無い晴天になった。
秋独特の暑さの中にも微かな冷たさが混じる風が気持ちいい。
俺達はガイさんの案内で歩いて三日ほどの距離にある、迷宮のある都市に向けて歩いていた。
冒険者として世界中回るにも力も金もいる。
その両方を得るためには迷宮で鍛えるのが手っ取り早いということらしい。
腰の剣の重さを感じる。この剣が自分の命綱となるだろう。
「おい、本当に良かったのか?」
「何が?」
「クルスだよ。クルス……別にあいつの強さなら足でまといにゃならんだろ!」
マイスは、朝頃は夢見心地といった感じでぼ~っとしていたのだが、昼ごろには自分を取り戻したのか、元気に喋っていた。
「お前の言う事何でも聞くだろうから手もかかんないんじゃね?」
「だから駄目なんだよ」
彼女の人生は彼女のものだ。
クルス自身がちゃんと考えて、自分の意思で心からやりたいことをやって欲しいと思う。
「マイスこそ、リイナさんはいいのか?」
「うぇ!あ、ああ。たぶん心配無い。たった一年だしな……」
何故かリイナさんの名前を出すとマイスは顔を赤くして慌て出した。おかしい。
「もしかして、酒飲まされて戻った後……なんかあったな?」
「な、なななななな、なんもないぞ!」
そんな不審な様子に少し前を歩いていたガイさんが堪えきれないといった感じで吹き出した。
「がははっ!ケイト!こうだこう……うまくやったな!こう聞かないとっ!!」
「が、ガイさんっ!!!」
「なるほど」
腰に手を当てて大声で笑うガイさんに、マイスは顔を赤くして抗議の声をあげていた。
「け、ケイトお前こそ……姉ちゃんがクルスとキスしてたって言ってたぞ!」
「あああ、ば、馬鹿こらっ!!」
「なぁああんだとおおおおおっ!おいケイトてめえっ!!!」
一度立ち止まり、ガイさんが俺の胸ぐらを掴んでぶんぶんと振り回す……正直痛い。
親馬鹿の前で余計なことをっ!
「……そこまでしといてうちの娘を振るとは……いい度胸じゃねえか」
「振ったわけじゃないですよ!離れて考える時間取っただけですってば!!」
どさっと宙に浮いていた俺の身体を降ろしてもらうと、げらげらと笑っていたマイスの頭をぽかっと一発はたいておく。
そんな光景を見てガイさんは感慨深げにつぶやいた。
「まああれだな。しかし、お前ら思い切ったなぁ。折角好いてくれる女がいるってのによ」
「ガイさんときはどうだったんです?」
マイスが彼に質問した。
そういえばそうだ……ジンさんと一緒に旅をしたってことと、旅の中身は良く聞いていたが、旅立ちの時の話は聞いたことがない。
ガイさんは、その質問を聞いて暫し沈黙し、
「お前らは聞かないほうがいいんじゃないか?」
と、顔を顰めて言った。
嫌がるガイさんにマイスは何も考えずに是非是非!と詰め寄っているが俺はなんだか嫌な予感が消えない。
ガイさんはあの態度から結婚前からメリーさんが好きだったと予想される。
そして、最近まで結婚していないジンさん……まさかっ!!
「マイス!やめとけっ!!」
はっ……と気付いて俺はマイスに声を上げたが、手遅れだったようでガイさんはにやーっとゴブリンと戦っていた時のような獰猛な笑みを浮かべていた。
「まあ、マイスが聞くんなら仕方ないよな。うん」
「え……」
「俺とジンのやつが旅に出たのは16の時だ。マイスと同じ年頃で……俺達にはそれぞれ好きな女がいたんだよ」
うわあああ……聞きたくないって……マイスはまだ気付いてないのかぽかんとしている。
「有名な冒険者になって男を上げて戻ってくるって若くて血の気も多かった俺達は言ったわけだ……俺達は順調に腕を上げてそこそこの冒険者にはなれた。まあ色々とあって結局村に帰ったんだが……」
ようやくこの話のオチに気づいたのだろう……マイスも顔を真っ青にしていた。
「村に戻ったら……二人とも結婚していて、すっげえ幸せになっていたんだ。がははっお前らも同じになるかもな!」
「うわああああああっ!」
ああああ、嫌な現実がっ!
ガイさんは意地悪そうに大声で笑い、俺とマイスは頭を抱えて叫んでいる。
「まあまあ、お前らも振られたらジンみたいにガキのときから自分好みに育てりゃいいじゃないか」
「それジンさんが聞いたら、殺されますよ?」
育てられたのはジンさんの方な気がするのは俺だけだろうか。
「……マイス?」
「か……帰る!!」
「あ、こら正気に戻れ!大丈夫だ。お前はガイさん達と違って一年だろっ!小まめに手紙出してれば大丈夫だ!!……たぶん」
村の方向に走ろうとするマイスを必死に止める。
しかし頭の冷静な部分で、こいつ、いつの間にか本気で惚れてたんだなと妙に感心してしまった。
「リイナ~!お願いだから待っててくれよ~!」
「情けない声で叫ぶなよ。あああ、マイスのせいで俺まで帰ってクルスに謝りたくなってきたじゃないか!」
「がはははははっ!まあがんばれお前ら!!」
俺達はこうして大騒ぎをしたりしながら冒険者として生きるために一歩を踏み出す。
新しい街、新しい生活に期待と不安を抱えながら、堅実に一歩ずつ……そして、どんなことがあっても可能な限り陽気に前向きに生きていこうと俺は考えていた。