第二十七話 結婚式
瞬く間に時は過ぎ、一年近くの時が流れていた。
俺とクルスは13歳となり、マイスは今年で16歳……成人を迎える。
「クルス!剣が正直すぎる!」
母さんは地面に書かれた円の中から一歩も動かずに、クルスの剣を捌いて軽く当て身を喰らわせる。
見た目は軽そうに見えるのだが実際は内臓までずしりと響く恐ろしい一撃だ。
クルスは立ち上がるのもやっとという感じで、よろよろと立ち上がる。
「しゃきっと立て!……ふん、そんなことでは誰も守れやしない。諦めろ」
「……くっ……」
歯を食いしばってクルスは少し涙を浮かべながらも立ち上がってフェイントを織り交ぜながら何度も立ち向かっていく。
母さんはそれを笑いながらギリギリまで攻撃をさせておいて、簡単に弾き飛ばすのである。
これが延々と続けられる。
致命的な怪我をしないあたり、母さんは上手く手加減をしているのだろうが……
「決意だけで、なんとかなると思うな。実力を付けろ!」
穏やかな母さんのイメージは最早ない。
家に戻れば普段通りの母さんなのだが……余計に怖く感じるのはなぜだろうか。
そういえばと思い出して父さんに聞いてみた。
「母さんと喧嘩したことある?」
「そんなこと聞かずともわかるだろう」
という答えが返ってきただけであった。
この一年は今までで最も厳しい一年となった。
俺達は猟や薬草での貢献があるため、農作業は大体免除されていたのだが三人揃って母による拷問……もとい、扱き……いや、訓練を受けていたのである。
ガイさんやジンさんの訓練も戦闘に関することは母が見るようになり、段違いの厳しさになってしまった。
三人とも何度もガイさんやジンさんに助けを求めたのだが、二人とも目を逸してしまうのだ。
普段穏やかだと思っていた母は……いや何もいうまい。
情けないが三人の結束はさらに高まったかもしれない。
ある意味日々を生き残るために。
そんな日々の中、一つの祝い事があった。
厳しい冬を乗り越えたこの春、長い付き合いをしていた一組の男女がついに結婚したのである。
村の広場では結婚式が行われ、村人が総出で彼らを祝っていた。
「ジンさんおめでとうございます」
「エリー……おめでと」
ジンさんは新調された服を着て、何時も通りの仏頂面で立っている。
一方で新婦のエリー姉さんは喜色満面といった感じでジンさんの腕を取って大はしゃぎしていて、その対比がなんだかおかしい。
姉としては子供のころからの10年弱に及ぶ執念が実った形だし、そりゃ嬉しいだろう。
どうやってあの堅物ジンさんを落としたのか興味があったので姉に聞いてみたのだが、
「女の子だけの秘密だから駄目」
と、断られてしまった。
クルスには何か熱心に説明していたようだが、変な知識を付けるのはちょっとやめて欲しいところである。
まあ二人の結婚は時間の問題ではあった。
姉は家事も万能だし、ジンさんの補佐も出来るしで彼としても手放す選択肢はもはや取れなかっただろう。
外堀を完全に埋め、内堀も埋まっていた。
どんな手段を使ったかは知らないが後は止めを刺すだけだ。
旅に出る前に大事な姉が幸せになるところを見ることができて良かったと思う。
姉とクルスが仲良く話しているのを確認して、俺とマイスは広場から抜け出していた。
賑やかに楽しんでいる人ごみに紛れて、彼女たちから距離を取り、広場の端にあるベンチに座る。
「こんなこそこそしなくてもいいじゃねえか。ばれやしないって」
「クルスは鋭いから念には念をいれておかないと」
やれやれ心配性だなあとマイスは肩を竦める。
こちらとしてはクルスは心が読めるんじゃないかくらいに俺は思ってるくらいだんだが。
「そりゃああれだ。クルスがお前しかみてないせいじゃねえか?」
「じゃあ、マイスはリイナさんには全部ばればれな訳だ」
マイスがからかうようにちゃかして来たので、俺も彼の恋人の名前を出すと少し黙って空を見て、
「違いねえ。女ってなすげーな」
と、げらげら笑った。
「それより、本当にマイスは村を離れるのか?」
「ああ、成人の儀が終わったらでるぜ」
どうやら彼は本気のようで口を引き結んで真剣な顔で頷く。
「リイナさんはどうするんだ?」
「一年で戻るつもりだから待っててくれって頼んだ。俺がいない間に好きな人が出来たり一年過ぎて戻らなかったら……他の奴探してくれって」
顔を俯けつつも、はっきりとした口調で語ったその返答を聞いて、俺は奥歯を噛んで左手で頭を掻く。
「本気か?リイナさん……もう20歳近いだろ?」
「ああ。でもこれは必要なんだ」
彼は座りながら両手を膝の上で組んだ。
ゴブリン討伐を行ったときに彼の下にも一匹ゴブリンが行ったらしく、普段通りの力を発揮できずに苦戦して悔しい思いをしたらしい。
しかもその後、俺達の戦いも聞いて決めたのだろう。
「リイナが20になってしまう……肩身を狭くさせて彼女にも悪いんだが、だからこそ今年いくしかない」
「何故一年なんだ?」
俺はマイスの方に顔を向ける。
彼にとっても単純な話ではないのか、深い悩みの色が見えた。
「俺は村に戻るつもりだ。問題があったときに解決するための力が欲しいんだよ」
「そうか。今の自分たちじゃ、厳しいか」
今はまだ母やガイさんやジンさんがいるが、いつまでも彼らに頼っている訳にも行かない。
俺たちの世代は俺たちの世代で、村を守るための強さを持っておきたいというところか。
責任感の強い彼らしい話ではあった。
「ガイさんのように何かあったら一人でも街にいけるようにもしときたいしな」
「ちゃんと考えてたんだな」
「おい!何か俺が何も考えていないみたいじゃねえか」
二人で顔を合わせて笑いあって、話題を打ち切りとりとめもない雑談に話を切り替えた。
男同士で話すのも気を使わなくていいのもあって楽しいものである。
同性にしか解らないものもあるということかもしれない。
今日の会話は自然と自分たちの師匠でもあるジンさんの話へと移っていく。
「にしても傑作だよな。あのジンさんの顔!あれ照れてんのかねえ」
「あ、おい、マイス後ろ……」
「は?ほんと、いつもいつもくそ真面目なのに、俺たちと同年代の女捕まえるなんて意外と隅におけない……よな?」
俺が顔を真っ青にしてベンチの後ろを見ているのを見て、マイスもようやく後ろに気づく。
「中々興味深い話をしているな」
「い、痛い痛い!!く、首っ!首があああああ」
いつの間にか背後に疲れたような様子のジンさんが立っていた。
ここは隅なのに……
「主役が真ん中にいなくていいんですか?」
「ああいうのは私には向いていない」
「そういうわけにもいかないでしょう……お義兄さん」
笑いながらジンさんを違う呼び方をすると彼はマイスを最後に一発殴ってから、広場の中央を向いて苦々しい笑みを浮かべる。
「お前たちは笑うが、明日は我が身だと思っておけ。クルスもリイナもあいつと同じ雰囲気……というか女の怖さを持っている」
「ジンさんがいうと説得力ありますね」
「あたた……。俺にゃわかんねえな」
楽し気に話込んでいる女性陣がいる方向を三人揃って見つめる。
料理を食べながら話している姿は無邪気で、そんな怖さは微塵も感じられない。
だからこそ怖いのかもしれないが。
「まあ、あいつが幸せなら俺はいいのかもしれん」
彼なりの惚気なのだろう。
顔の方は相変わらず苦々しいままだが。
様々な出来事を挟みながらも時は止まらずに流れていく。
俺達が旅立つ日は日、一日と近づいていた。