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第二十五話 死闘




 筋肉だけで出来てきているようながっしりとした巨体を持つゴブリンが正面から満身創痍とは思えないスピードで走ってくるのを見て、周りの大人達から短い悲鳴が上がる。

 俺だって声を上げそうになったが、必死に歯を食いしばって堪えていた。


 驚いたものの相手に当てなければ自分が死んでしまうと追い詰められたことにより、完全に手の震えは止まる。

 トラバサミの一つが相手の足を捕らえて動きが鈍った瞬間、指を矢から放した。



「グアアァァァァァァァァァッッツ!!!」



 俺とクルスの矢がそれぞれ胴と肩に命中するが、相手の動きは止まらない。

 罠に足を挟まれながら罠ごと勢いを緩めず、俺たちを認識して必死の形相でこちらに走ってくる。

 ばさっ……ばきっと草や木の枝を踏みつぶしながら。



「痛覚ないのかよ!」

「くっ……!」



 クルスが大振りなナイフを抜き、俺も剣を構える。

 巨大なゴブリンは走りながら、目の前で邪魔をする俺達に向かって太い棍棒を振り下ろす。



「全員逃がさないように囲んで!」



 相手から目を逸らさずに大人達に声を掛けるが、固まったように彼らは動くことが出来ていない。

 様々な焦りが脳裏によぎる。



(この人数なら力尽くで動きを止めれるのに!)



 巨大なゴブリンの力任せの一撃は俺とクルスは後ろになんとか飛び退いてかわした。

 ずんと棍棒が地面に凄まじい勢いでぶつかり、鈍い音を立てる。

 そこでようやく、巨大なゴブリンの動きが止まった。



「アアアアァァァ!ニンゲンガアアアアア!!」

「……言葉が話せるのか?」



 巨大なゴブリンが怒り狂ったように吠え、持っている棍棒を無造作に振り回す。

 辺りの木や草を薙ぐスピードを見るに、当たればただではいられないだろう。

 現に細い木はへし折れているし、折れない木でも棍棒が当たった表面は抉れて酷いことになっている。

 俺達はそんな攻撃を地形を利用して木を盾にしながら回避していく。


 必死だった。

 攻撃そのものは単調なものの、早すぎる……!



「ケイト」



 クルスが名前だけ呼んで、巨大なゴブリンの横を取るように動く。

 彼女は後ろを出来れば取るつもりだろう。

 ならば……



「はっ!!」



 棍棒を振り下ろした手の先を狙うように剣を振る。

 咄嗟に腕を引かれたのでかすり傷しか与えられない。

 だが、敵とのリーチが違いすぎるため、不用意に近づけば一撃でやられてしまうだろう。



 手さえ落とせば、片手は折れているのだ。

 相手に一撃で致命傷を与えられなくても、少しずつ攻撃のための手段を奪って行けばいい。



 相手からすれば面倒に感じているだろう。

 そうして、自分に意識を集中させておき……



 バキッ!!!!



 後ろからクルスのナイフが相手の背中に突きこまれる。

 背丈の差から首には届かなかったようだが、刃が深く突き刺さる。

 だが、彼女の突きは鋭く威力も申し分ない……人間であればまず致命傷のはずだった。


 さらに追撃をかけようと彼女は予備の武器である使い慣れた木刀を抜こうとするが、



「ガアゥァアアアアアア!」

「……きゃっ」


 

 痛みはあったのか苦しそうな声を上げるが、傷など関係ないかのように手に持った棍棒で遠心力をつけながら横薙ぎに振る。



「クルス!」



 かろうじで木刀を盾にし、後ろに飛んで勢いを殺したものの彼女の身体はまるで軽い枝のように吹き飛ばされた。

 転がりながら吹き飛ばされた勢いで木にぶつからなかったのは不幸中の幸いか。



「……っ」



 必死にクルスは立ち上がろうとしているが、痛みが酷いのかどこか怪我をしているのか……

 そんな彼女の方にゴブリンは向き直り……



「うああああああっ!!!!!」



 何もしなければ彼女は死ぬと考えた瞬間、頭が真っ白になっていた。

 地を蹴り、力強く踏みしめて何もかもを頭から追い出して駆ける。



 ザクッッ!!!



 今までのような逃げ腰な攻撃ではない。

 捨て身といってよかった。


 彼女に止めをさそうと背中を向けた巨大なゴブリンに全力で剣を突き刺したのだ。

 体をくっつけるように相手に押し付ける。

 剣は巨大なゴブリンの前から突き出していた。


 肉をえぐる気持ちの悪い感触が手から伝わる。

 自分がえぐられたときの経験を思い出して吐き気と恐怖、そして絶望がが込み上げてくるが、それでも手は離さない。



「やってやらあああああぁぁぁぁっ!!!」



 折れそうになる心を叫びながら無理やり抑え込んだ。

 涙も鼻水も止まらない。

 だけど剣の柄だけは離さずに押し込み続ける。



「グルゥゥゥゥニン……ゲン……!」



 流石に効いているのか苦しそうに呻くがそれでも暴れ続け、手が柄から外れて投げ出されて体勢を崩してしまう。

 尻餅を付いた体勢で上を見上げると、巨大なゴブリンが怒りの形相で見下ろしていた。



 間に合わない…死ぬ!……瞬間的にそう思ったが、相手の動きが一瞬止まる。



 おかげでかろうじで咄嗟に後ろに転がるのが間に合った。

 クルスが投げてくれた木刀が、巨大なゴブリンの頭にあたってくれたからだ。


 一瞬、巨大なゴブリンは後ろを気にしたが俺に止めを刺すのを優先したらしく、こちらを見ている。

 そしてゆっくりと棍棒を振り上げるが……その瞬間を狙って木に括つけることによって魚を取る銛変わりにしていたナイフを相手の目に向けて投げた。

 普段の成果が現れて狙い通り右目に突き刺さる。



「そう簡単に死んでたまるか!」

「ギャッ!!」



 目を潰されて悲鳴をあげる相手を立ち上がって睨みつける。

 もう剣もない、弓もない、ナイフも使ってしまった。


 それでも、自分がやられればクルスが危ないと思うと気後れせずに相手を睨みつけることができた。



 手持ちの札はまだある。

 と、考えて集中を始め……その段階になって大人たちも立ち直ってくれたのか農具を持って俺達を庇うように農具を構えて前に立ってくれた。



「すまない。あ、あとは……ま、まかせ……」



 まだ怖いのだろう、震えながらも彼らが前に出る。

 巨大なゴブリンは棍棒をだらりと下げたまま動かないが、目は死んでいない。

 すぐにまた攻撃してくるだろう。


 そう考えて精霊魔法の詠唱を始めたその時、巨大なゴブリンの背中に斧が突き刺さった。



「てめー。うちの娘になにすんだ」

「……ガイさん。僕はいいの?」



 聞きなれた頼もしい力強い言葉に思わず安堵の笑みが自然と浮かんだ。

 そして、次の瞬間には巨大なゴブリンの首が落ちた。



「手こずらせてくれたわね。ケイト。大丈夫?」

「母さん……」



 革の軽鎧を身に纏った母親は、血と土で汚れながらも怪我は一つもなく、穏やかな笑みを浮かべていた。

 無駄な動作が一切ないせいで、まるで絵を見ているかのようだ。

 ガイさんの方は相当無茶をしたのか、小さな傷がそれなりにある。



「すまねえな。こいつ追い詰めた所で、残ってたゴブリン全員がこいつを逃そうとして玉砕覚悟で向かってきやがって逃がしちまった」

「間に合って本当によかった」



 ガイさんも母もほっとしたように、息を吐く。

 俺もほっとしていた……精霊魔法を使おうと思ってはいたが、あの魔法は扱いが難しく、人外のものと 意思疎通をするために伝え方を間違うと自滅することもあるからだ。

 毎日練習はしているが正直まだ自信はない。



 なまじ威力があるだけに使い方が難しい。

 余裕があるときに使うべきだった……だが、魔法というものがいざ戦闘になると完全に頭から抜けていたのだ。



 反省の余地は沢山ある。

 だが、そんなことよりまずはすることがある。



「クルス……怪我ないか?」



 膝立ちの姿勢で息を荒らげて動かない彼女に声を掛ける。



「体中痛い」

「助けてくれて……有難う」



 彼女が木刀を投げてくれなければ回避できずに、死んでいたかもしれない。

 礼を聞くと彼女は薄らと嬉しそうに笑った。



「立てるか?」

「無理。抱っこ」

「あーんじゃ……ケイトも疲れてるだろうし俺が……いや、悪いなんでもない」

「弱いわねー」



 クルスにきっ!と睨まれて、ガイさんはすごすごと明後日の方向を向き、母さんはけらけら笑った。

 しかし、もう少し頑張ってくれてもいいのではないだろうか。

 彼女を背負って山を降りるのは大変なんだけど……


 きらきらと、期待するような目で見つめてくる彼女に逆らうことはできそうになかった。



 彼女を背負いふと巨大なゴブリンの死体を見てみると、名前がわかるようになっていた。

 相手のことは倒すとわかるようになり、ステータスが見れるようになる。

 こいつも例外ではなかったらしい。



「先に戻っておけ。罠とかの回収は俺達でやっとくから」



 ガイさんの言葉に頷くと俺はクルスを背負ったまま山を降り始めた。

 まだ、何か夢の中にいるような気分で現実感に乏しく、気持ちは平坦で頭と感情がうまく働いていない。


 ただ、クルスを危険な目に合わせてしまった恐怖と後悔みたいな気持ちだけはやけに鮮明に脳裏に残っていた。




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