第二十四話 戦闘
ゴブリンの巣の殲滅作戦の当日、村の広場には16歳から40歳までのうち、40人近くの村人が集まっていた。
集まった者には十代や二十代が多く、見知った顔も多い。
この数日間は、付け焼き刃だが闘うための訓練を厳しく施していた。
参加者は比較的独身者が多いのは気のせいかそうでないのか。
女性からの希望者に関しては父が反対したので、この場にいる女性はクルスと母だけだ。
クルスに関しても父は……そして、俺もガイさんも苦い顔をしたが、彼女は頑として参加するといって聞かなかった。
父は俺に対しても考え直すようにいったが、他のものに命を賭けさせる意見を出したものが参加しないのはありえないだろう。
他の女性には昼食を用意したり、罠の作成を手伝ってもらったりと裏方で働いてもらっている。
それぞれの手には鍬や鎌などの農具を手に持ち、興奮と緊張で顔を強ばらせている。
ひそりとも話声が聞こえて来ない。
皆一様に押し黙り、村長である父の言葉を待っていた。
「皆も知っての通り、ゴブリンの巣が南の山で発見された。現時点では出来たばかりで数が少ないが放置すれば我々の村も危険に陥る。我々は被害が出る前に自分たちの村を自分たちの手で守らねばならない」
父は一度言葉を切って深呼吸をする。
村長というのは大変な仕事だと思う。
何かあればすべての責任を負うことになるのだから。
「先行して、猟師のガイとマイス、そして10名の同士が先に罠の設置を行っている。有利な条件は整えており、ゴブリン一匹一匹は人間よりも弱い。後は皆の勇気だけが重要だ」
当初は罠の設置に慣れたものだけで先に罠を設置しに行くつもりだった。
だが、罠の量が膨大なものとなったため、当日までに数日に分けて罠を現場の近くまで運んでいた。
それでも運びきれなかったものを力の強い大人たちで荷物を運ぶ必要があり、先発隊として先に向かうことになった。
設置そのものはガイさんとマイスだけで大丈夫と判断されたため、二人で行うことになっている。
俺は俺自身の持ち場に関してはクルスと二人で出来るため、先に設置する場所は二箇所だけだからだ。
俺とクルスは村人を現地に案内することが仕事になる。
説明を行っている父が皆の顔を一度見渡す。
昨日は父は夕食を食べることが出来なかった。
朝も殆ど手をつけることが出来ていない。
だが、少しだけ痩せたように見える父の言葉には力があった。
全員を見渡した後、最後に俺の方を見る。
責任を受け止めている大人の姿がそこにはあった。
「問題ないようだな。決められた配置に付く。皆とにかく死ぬな。我々の役目は敵の足止めだ。倒す事はガイに任せていい。皆の奮闘に期待している」
父はそう締めくくった。
一番危険になる突入組にはガイさんの他に父とトマス兄さん、そして母さんも参加する。
責任者が安全な場所にいるわけにはいかない。
止めるガイさんとジンさんに不器用な父はそう話していた。
俺も突入する方に志願したが、それは認められなかった。
危険であることもあるだろうが山に詳しい者を、分散させるそれぞれの班に付けて置かなければならなかったからだ。
突入する方向の反対側にはジンさんが待機している。
一番敵が逃げてくることが想定されている方向だが彼は足が良くないため罠を多めにし、ジンさんの所に敵が来るように考えて設置されていた。
そして突入する方向から見て左右を俺とクルス、マイスとで固めている。
待ち伏せはそれぞれ10人程度、突入はそれ以外の全員で行われる予定だ。
森にクルスや他の9人の大人たちと共に配置につき、木々の中に息を殺して身を隠す。
そうすると春先で肌寒さすら感じる季節であるのに汗は止まらず、足は震え、自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえるように感じる。
自分だけでなく、他のみんなも……クルスも表情には出ていないが、緊張しているのは間違いない。
「……静か」
「だな」
俺だけに聞こえる小さな声で隣のクルスが呟き、自分も小さく答える。
後少しで合図の狼煙が上がるだろう。
そうすれば、ゴブリンとの戦いが始まる。
ステータスでの探知ができるかできないか、ぎりぎりの場所に伏せているが巣にいる敵は10匹しかいない。
外に出ている可能性はあるが……。
そして、探知できない不審な敵が1匹。
ガイさんの話ではゴブリンのリーダー格だろうとの話だった。
そのリーダーが巣の原因ではと考えられていた。
何度も確認するように背中の弓と腰に身につけた鉄製の剣の鞘を触る。
剣は母から貰った物だ。
昔使っていた予備の剣らしく、短めだがしっかりした剣で手入れはされていたのか錆一つない。
剣技だけなら遥かに俺よりクルスの方が上だった。
彼女に渡した方が俺よりも上手く使えるかもしれない。
だけど、俺は自分で使うことに決めた。
目を瞑り、小さく深呼吸して覚悟を決める。
敵を殺すという責任を投げ出すわけにはいかない。
そしてそれができないなら……村で一生過ごすのが俺にとっての最善だろう。
空を見上げると、狼煙が見えた。
すぐに突入組の隠れていた方向から鬨の声が聞こえてくる。
「はじまった」
クルスが小さく呟き、周りの大人たちを見渡すと顔が緊張で強ばる。
農具を持つ手が汗ばんでいるのがはっきりとわかった。
「一匹来るぞ」
小さく声を出し背中の弓を構えると、近くでクルスも頷いて弓を構える。
その間は俺たちを守るように大人たちが、近くで農具を構えた。
息を殺して敵が近づくのを待つ。
首尾よく罠のある方向に向かってくれるようだ。
罠はトラバサミや輪の間に足が入ると吊り上げる括り罠、後は見えにくい色で張りめぐされた紐などの足止めがメインだ。
それで止まった隙を狙い打つ。
「ギャッ!!!」
見える位置まで近づいた所でゴブリンがトラバサミに掛かる。
その瞬間俺達は弓を放った。
ビシュッと弦が鳴り、二本の内一本が足を挟まれてもがいているゴブリンの首に突き刺さり、動かなくなる。
どちらが命中したのかは放った瞬間わかった。
クルスの矢だ。
「……やった」
彼女の顔からは命中した安堵感だけが見られ、命を奪う後悔などは微塵もみられない。
それに対して、普段なら外すはずのない距離で俺は外した。
よくやったとみんなと共にクルスを褒めながら、誰にもわからないように拳を握り締める。
相手を獣だと自分を言い聞かせていたにも関わらず、二足歩行の相手を見たらこれだ。
悔しさが心に広がるのを歯を食いしばって我慢する……とその時、
「……こいつは……。もう一匹来るぞ。正面!」
ステータスが見れない敵、要するに逃してはいけない相手。
何故こいつが!
母やガイさんはやられたのだろうか。
一瞬そんな考えがよぎって血の気が引く。
直ぐに森の奥から姿が現れる。
普通のゴブリンを二回り程大きくしたような巨体。
一般的に人間よりも小さいゴブリンだが、こいつは人間でも背が高いマイスと同じくらいの背丈を持っている。
筋骨隆々な体つきをしており、手には巨大な棍棒……こいつに凄まじい怪力があることを容易に想像させた。
ただ、体は満身創痍といった感じで傷だらけで、折れているのか左腕はだらんと力無く下がっている。
逃げてきたのか……どうなのか。
逃す訳にはいかない……今度こそやるしかない……俺は相手を睨みつけるとその巨体に対して弓を引き絞った。