第二十三話 相談
帰ってすぐに俺はガイさんと共に父親である村長にゴブリンの巣について説明した。
村での対応を話し合うためだ。
人を雇うにしても自分達で解決するにしても村全体で考えていかねばならない。
以前……といってもかなり昔のことに今ではなってしまったがこの村はゴブリンの襲撃を受けたことがある。
その時、村中の人がまとまった行動が取れずに恐慌を起こして混乱を招いて重傷者を出してしまったため、今回のような緊急時にどうしていくかは一応話し合いは行われている。
「モルト村長、どうすんだ?」
「冒険者を雇うか自分達で退治するかか……」
村長である父親は最近めっきり白髪が増えた。
カイル兄さんが出て行ってしまったからか、トマス兄さんが中々結婚をしないせいなのか……
眉間を抑えて考え込む父親を見て、老けたなぁと緊張感の無い場違いなことを思う。
緊張するべき場面なのだろうが、自宅で父親と対面していると緊張感を保つのは難しいことだと思う。
しかし話の内容が重要であることには変わりない。
隣で話を聞きながら気持ちを引き締めて、真面目に考える。
「本当に我々だけで倒せるのか?」
「俺とジンだけじゃ厳しいが相手の数はそこまで多くない。俺達だけで潰すのは今しか無理だ」
ガイさんが父の対面の椅子に座り、難しい顔で話す。
父はそれを聞いて口を結んで黙り込む。
その間に母が水を持ってきてくれたが二人とも口をつける様子はない。
ふと持ってきた母の顔を見ると、穏やかな中にも少しだけ緊張が見て取れた。
冒険者だった母には今の状況がどのようなものか理解できるのだろう。
ゴブリンは強さ的にはたいした相手ではない……らしい。
俺の相手の能力値を見る能力とガイさんとジンさんの話によるとだが。
問題はその繁殖力にある。
同族以外とも交配し、爆発的に増えていくのだ。
その行き着く先は生態系を狂わせるだけでは済まない。
小さな村などならばあっという間に飲み込まれてしまうことになる。
今回の件で問題であるのは巣を作っていることだそうだ。
巣を作らないゴブリンは厄介であるもの定着はしないため、昔の襲撃のように単発で終わる。
巣を作る条件は良く知られていないが、ゴブリンが巣を作ることは稀なことらしい。
今回はそんなケースだ。
手遅れになる前に発見できたのは不幸中の望外の幸運とでもいうべきかもしれない。
父はまだ悩んでいる。
当然かもしれない……生命の安全と金を天秤にかけねばならないのだから。
答えをじっと待っていると次第に暑くもないのに汗が流れてくる。
「何人くらい必要そうだ?」
「20人もいれば安全にいける」
相手は10匹くらいしかいないのでガイさんの意見は妥当だ。
ゴブリン一匹一匹は本気の人間より弱いのだから。
問題は俺自身も含めて闘うことに対する恐怖心に打ち勝てるかどうか……
「……わかった。有志を募る。長老たちの説得は任せておけ」
父はガイさんに重々しく頷いた。
いくら村長とはいえ、父の判断だけで命が掛かることを決めることはできない。
だが、父は長老からの信頼は高い。
まず説得が失敗することはないだろう。
俺の心には僅かな不安がよぎる。
どこかで戦う事を恐れているのだろう……冒険者任せになることを祈っていたのかもしれない。
しかし、冒険者になろうと思うのならこの恐怖もいつか通り越さなければならない。
だとすれば、今回の事件はいい機会ではないか。
とにかく危険を少しでも減らし、相手を安全に倒すために……考え込んだ俺の脳裏にクルスと組んだときに行う狩りを思い出していた。
狩りをするとき、組んで獲物を狩る場合には獲物の逃げる方向を誘導する。
その時に片方の役目は獲物を仕留めることではなく、獲物をもう一人が潜んでいる方向へと追い込むことになる。
そして、潜んでいる方が不意を討つのだ……今回の件でそれに当てはめるとすれば……
「父さん、ガイさんいい?」
「なんだ?」
「どうせなら行ける人全員で行ったほうがいいよ。逃げられたらまずい」
父は俺を何いってるんだという表情で顔を顰めて見てくる。
彼にとって俺は一風変わっていても子供は子供。
それはありがたいことではあるのだが、こういう真剣な話合いでは子供の考えと思われてしまうようだ。
幸いこの場にガイさんもいるために、彼が続きを促してくれる。
「いい、ケイト。話してみろ」
「まずは、ガイさんと僕達が先行して巣の周囲に一方向を除いた三方向に罠を張る。その上で正面からガイさんと村の人の中で強い人で突入したらどうかな。逃げても罠と数人いれば逃さずに倒せると思うんだけど」
ガイさんが一瞬きょとんとし、苦笑する。
父も何故かぽかんとしていた
何か変なことを言っただろうか。
「変かな。相手がいる場所は決まっているんだし……一番安全だと思うんだけど」
「いや、感心したんだ。俺は考えるのが苦手だからな。明日ジンにその手でいけるか確認を取ってみよう」
ぐははと大声でガイさんが笑って賛同する。
父もその笑い声で苦々しい顔をしつつも笑って了承してくれた。
その日はガイさんは家へと戻り、部屋には父と俺だけが残される。
「俺はもうお前に何といえばいいのかわからんよ」
「父さん……」
そういう父の顔は本当に複雑そうな顔をしている。
怒っているわけではないようだが、喜んでいるようにも見えない。
「出来が悪いのも困るが出来が良すぎるのも困ったものだ。無茶をしてくれた」
「心配かけてごめん」
俺は素直に謝る。
子供のころから行ってきた数々のことはきっと父を悩ませていただろう。
毎日必死に生きていたから気づかなかったが、そのことに今更気づいてしまった。
「お前には叱ることがなかったからな」
「そうかな」
よく考えるとそうかもしれない。
怒られたことがないわけではないが真剣に怒られたのは豪雨の時に川へと走ったあのときだけな気がする。
「甘えることもないしな……父親として何も出来なかった。ガイやジンに感謝するべきなのだろうが……それも素直に喜べん」
「カイル兄さんもいってたけどそんなに手がかからなかったかなぁ」
俺は左手で頭を掻いて苦笑する。
結構無茶なことも言ってそのために両親を困らせたことも結構あると思うのだが。
喜べないというのはきっと冒険にでると思っているからだろう……そしてそれは間違いではない。
「カイル兄さんにも言ったけど僕は父さんにも感謝してるよ」
「それだそれ。それが出来すぎだっていうんだ。増長もしないからなお前は」
困惑する俺に、父は苦笑いする。
そんな俺たちのぎくしゃくした会話に母は笑って、
「流石私達の自慢の息子ってことでしょ。喜びなさいよ。……今回は私も行くからね」
「母さんが?」
「私が冒険者だったって知っているでしょ。心配しなくても無理はしないわよ」
えっ……と母の穏やかな笑顔を俺は驚いて見てしまう。
勿論、言ったことはないしラキシスさんと会った後も態度は変えていない……はずだ。
「やっぱりちゃんと子供ね。母さん安心したわ」
「どうしてわかったの?」
不思議だ……俺はそんなにわかりやすいだろうか。
「親だからという理由だけではないわよ……ちゃんと考えなさい」
「うん。わかった」
理由はわからないが素直に頷く。
きっと自分で答えを探さないといけないものなのだろう。
翌日、ジンさんは集まった人数に合わせて俺の案を修正して作戦を立ててくれた。
長老も案に賛成し、殲滅作戦は罠を準備するために数日後に行われることに決まった。
この日から緊張で良く眠れない夜が続くことになる。