第二十二話 巣穴
収穫祭の行われない寂しい秋を終えて、厳しい不作の冬を超えた。
この地域一帯の村にとっては大きい打撃になったのではないだろうか。
国は租税という形でどれほど不作でも租税分持っていってしまうこともあり、不作の年の食糧事情は非常に厳しい。
父の構築した不作時の村人同士の協力体制と、異常な暑さによって激増した特定の薬草を上手く売り捌くことができたこと、今年の気象から食糧不足を懸念していた猟師のガイさんの指示による、燻製などの保存食を多めに作っていたことなどによる備えがなければ餓死者も出ていたかもしれない。
そんな助け合いに協力し、役目を果たして乗り越えることができたのは誇らしいことだった。
元の世界では大学生ということもあり、生活……いや、命が掛かった仕事の経験がなかったからだ。
俺もみんなも休みも返上して食料の確保をしていたが、なんとか冬を超える目処がついた後の休みではそんな苦労も笑い話にして話していた。
俺もクルスもマイスもヘインも、一様に喜んではしゃぎまわる。
苦難を乗り越え、以前よりも俺たちの結束も深まった気がした……そこにホルスがいないのは残念だが彼は彼でうまくやっている……そう信じたい。
翌年にはヘインの薬草に関する論文が認められて彼も迷宮都市へと旅立っていった。
彼の年齢で学院に入学できるのはかなり優秀な部類に入る。
薬草学以外の学問に関しては多少は協力できた……彼の知識の吸収量が高く、直ぐに役目は終わってしまったが。
薬草学に関する論文は昨年猛威を振るった暑さで激増した薬草に関してだったのは、皮肉というべきなのか、チャンスを生かしたというべきなのか。
心から信頼できた二人の親友が去っても時は流れていく。
俺とクルスは12歳、マイスは15歳になっていた。
季節は春……。
「ケイト」
「何?クルス」
うさぎ用の罠を設置していた俺にクルスが短く呼びかける。
この年頃では女の子の方が身体も心も成長するのが早い。
身長がかなり伸びて現時点では自分よりもちょっとだけ背が高く、体付きも少しではあるが大人の女性に近づいている。
元々整っている顔立ちに表情が現れることは少ないが、雰囲気は以前よりも穏やかになり、時折見せる笑顔は見慣れているはずの俺も未だにどきどきしてしまう。
将来備える美しさの片鱗が彼女には既に現れてきていた。
一方の俺は少しは背が伸びたものの成長期はまだ来ていないようだ。
体付きは鍛えているために締まっているが、痩せっぽちでまだまだ途上といったところか。
しかし、それでも今ならば普通の大人相手であれば負けることはまずないだろう。
「……何でもない」
クルスは何かを言おうとして、少し考えて言うのをやめてしまう。
意味がない言葉に思えるが、彼女が本当に意味のないことを言うことは少ない。
左手で頭を掻きながら、彼女の言いたかったことを考える。
ふと日差しの暑さを感じ、森の木々の隙間から空を見ると太陽が真上に登っていた。
「そっか。じゃあ昼にしようか。マイスは?」
「別の場所でリイナの手作り食べてる」
予想は当たっていたらしく嬉しそうにクルスは首を縦に振る。
間違っていても不機嫌になったりはしないが、解ってくれる事が嬉しいようだ。
出来れば言葉にして欲しいものである。
元々背の高かったマイスはさらに背が伸びた。
羨ましい限りだが村でも一、ニを争う背の高さで、力も強い。
かなりもてているようだが、興味はないようで背が低く、あまり家事も上手く無いらしいが穏やかで尽くすタイプな三歳年上の恋人と今でも仲良くやっているようである。
昔は、五人とガイさんで弁当を広げながらわいわいと話をしたものだった。
何気ない日常のことを話したり、今思えば何がおもしろいのかわからない話で盛り上がったりもした。
それが今ではクルスと二人きりの食事だ。
少々寂しいが、これはこれでいいのかもしれない。
何と無くふんわりと幸せそうな彼女を見ていると本当に心が暖かくなり、心からそう思った。
昼食を食べ、緩やかな山を慎重に登る。
今日は南の山での狩りを行っていたためだ。
こちらには森の方にはない薬草も生息しているため、たまにこちらを狩りの場所に選ぶのである。
斜面が多く、狩りの難易度は森よりも高くなってしまうが訓練と割り切るならば悪くもない。
今日は俺とクルスには残念ながら猟果は無しで山を降り、先に降りていたマイスと合流する。
彼は俺たちとは別の場所で猟を行っていたが、難しい顔をしていた。
猟果はなかったようだが、それはよくあることで原因は他にあるだろう。
「マイス。どうした?」
「ああ、おかしなものを見つけたんだ。一人だから深入りはしなかったが……」
「何?」
彼は俺たちに分かり易い言葉を考えているのだろう。
暫く悩んでからゆっくりとした口調で言った。
「木がまとまって切り倒されていたんだ。自然に倒れたもんじゃない」
「どんな風に?」
「説明が難しいな。切り株だけが残っていたんだ。木は運ばれてた。村の人が入るような深さの場所じゃない」
マイスの言葉を噛み砕いて考える。
何かの理由で木が切り倒されており、それが運ばれている……要するに何かに使っているわけだ。
「……なるほど。知性のある何者かが山に入り込んでいるわけか」
「調べる」
「ああ、ガイさんに相談して対処を考えよう」
三人の意見が一致し、頷きあう。
この日はあたりが暗くなる前に解散することにした。
翌日、ガイさんも含めて四人で先日にマイスが見たという切り株の後へと向かう。
彼の言うとおり、山の一角で何十本かの木が不自然に切り取られていた。
「こいつぁ……まずいな」
「ガイさん。わかりますか?」
今日は全員、軽装ではあるが弓以外にも木刀や短剣や斧などで武装している。
いつもは楽観的な猟師のガイさんの口は引き締められていた。
「予想だが、ゴブリンの巣があるな。切り口を見る限り出来たばかりなのは救いだ」
「何故わかるの?」
クルスが不思議そうに聞く。
確かに疑問だ。
以前は襲撃だけで終わって巣は確認していない……はず。
「冒険者時代にやりあったんだよ。成長した巣は数が多くて死ぬかと思ったぜ」
「街の外の依頼もあるんだ」
「そういうこった」
話しながらも彼は木を引きずった方向などを積もった葉などをどかしながら調べている。
俺達も調べ始めた。
同時に俺はステータスでの探知を使い始める。
ゴブリンなら以前見ているので使えるはずだ。
痕跡を辿って暫く歩くとガイさんの予想通りに探知に引っかかった。
土色の肌で粗末なぼろきれだけを身に纏った背の低い醜悪な人形の魔物だ。
「ゴブリンがいるね」
「相変わらず頼もしい目だな。何匹いるかわかるか?」
「10匹くらいかな。あとよくわかんないのが1匹混ざってる」
ステータスでの探知に付いて皆は深くは聞かないでいてくれている。
俺自身説明に困るので本当にありがたい。
隠すべきだとガイさんからもきつく言われてはいるが。
とにかく、俺の言葉に全員の表情に緊張が走る。
いくらガイさんがいるとはいえ4人ではかなり厳しい数だ。
俺達三人は狩りの経験はあっても戦闘は未経験というのもある。
「場所は確認した。一度撤収して人を募る」
俺達は全員頷いた。
ゴブリンの巣は村全体の問題だ。
放置すれば巣は巨大化し、手に負えなくなるし冒険者に頼んで処理することになり、安くない金額が飛ぶことになる。
幸いゴブリン一匹一匹は武器を持っているものの人間よりも弱い。
注意すればけが人は出ても死人を出さずにすむかもしれない。
冷や汗が背中を伝う。
確かに訓練はしてきたが……実際に命の奪い合いをすることが俺にできるのだろうか。
考えているのは自分だけではないだろう。マイスも……クルスだってそうかもしれない。
人型の怪物を殺したとき、自分は平静でいられるのか。
いられたとして、自分は……いやよそう。
今はできることをやるだけだ。
放っておいては村が危ないのだから。
俺達は帰り道をゴブリンと出くわさないように気をつけながら、巣の対処について話し合っていた。