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第二十一話 別離




 翌日、俺達は三日に一度の休養の日だったので、全員に声を掛けて他に人の来ることのない川へと集まっていた。


 夏も終わりに近づいているために川で泳ぐには少し肌寒いが、木々はまだ色付いてはいない。

 今の時期は一年の中でも過ごしやすい季節であろう。

 今年は特に暑かったのでその思いは例年よりも強い。

 


 普段の休日は皆それぞれで好きなことをして過ごしており、今日のように全員が集まるというのは少ない。

 だが、今日ばかりは全員が集まらないわけには行かなかった。

 先日のカイル兄さんの言葉を確認しなくてはいけなかったからだ。


 確認したところでどう答えるか……それは考えていない。

 喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、送り出すのか、止めるのか。

 答えは簡単には出ずに頭を悩ませる。


 周りを見るとマイスやヘインは恐らくは俺と同じような顔をしているのではないだろうか。

 彼らも初耳な話だったはずだ。

 いや、俺よりも付き合いが古くて同世代である分、衝撃も大きいかもしれない。


 クルスだけはまるで知っていたかのように何時も通りだった。

 彼女の表情は冷静そのもので、事実を受け止めているかのような印象を受ける。

 しかし、内心が見え難いので実際にどう考えているのか。



 俺達は川辺に到着すると点在する岩に腰掛け、笑っているように見えるホルスに視線を向ける。

 木々による影が少ないため、じわりとぬるい暑さで汗が滲むが、誰も何も言わずに彼が話す事を待っていた。



「う、うーん。みんな怖いんだけど」



 よく見るとホルスの口元が引きつっている。

 そんな彼を見て溜息を一つ吐き、皆を代表して俺が答える。



「驚かすのが目的だったにしては悪趣味だったよ」

「隠すつもりは……あったけど、理由はあってのことなんだよ」



 うーと唸りながら頬を人差し指でぽりぽりと掻く様子に悪びれている雰囲気はない。

 彼は何から話すべきか整理しているように感じた。



「そうだなあ。僕がこうしようと思ったのは原因はケイトなんだ」

「は……俺?」



 全員の視線が今度はこちらに来るが余り覚えはないので首を傾げる。



「将棋を指しているときにさ、君は僕を補佐に向いてるかもっていったろ。そんなの格好悪いっていう僕に、どこの国の物語か知らない話までして」

「ああ、そういえばそんな話もしたような」



 思い出した……人の何手先まで読むせいで将棋が強すぎたので言った言葉だ。

 負けたのが悔しくて何気なく言った話だったんだが、そこまで真剣に取っているとは予想外だった。



「中途半端な僕じゃ確かに大活躍するなんて出来ない。小心者だしね……だから、主役になれる人と組むことにしたんだ。丁度あの人も悩んでたし」



 カイル兄さんは明るくて陽気で面倒みもよくて正義感にも溢れている。

 たしかに皆を惹きつける魅力を持っていた。

 しかし、ホルスの言葉だけでは俺は納得はいかないし、他の皆もそうだろう。

 予想通りマイスが憮然とした顔で言った。



「俺たちとじゃ駄目だったのかよ」

「うん、駄目なんだ」



 それをホルスは元々答えを予想していたのか、迷うこともなく一刀の下に否定する。

 うぐっとマイスが言葉に詰まり、代わりにヘインがホルスに問いかける。



「僕たちとは無理にしても、成人するまで待てなかったのか?」

「ヘイン。君も成人前に外に出るつもりだろう。僕も今じゃないと駄目なんだ」



 ヘインもそれで一度口を引き結んで黙り込む。

 何かしら理由がありそうだが……どう質問すればいいのか左手で頭を掻いて悩んでいるとクルスがぽつりと言った。



「……必要とされないと辛いから」



 動きやすい飾り気のない服装をした彼女は、すっと立つと足元に落ちている石を拾い、おもむろに川に向かって投げる。

 石はゆっくりと放物線を描いて川にぽちょんと小さな音を立てて落ちた。



「クルス?」

「答えは出てる。聞いても同じ」



 彼女にも何か思うところがあるのか声に僅かにトゲがある。

 もう一つ石を拾うと怒りをぶつけるようにもう一度投げた。

 そんな姿を見ながらホルスは苦笑いしつつ、溜息を吐く。



「僕はクルスが一番怖いよ」

「どういうことだ?」



 全く分かっていないマイスが困ったように問いかける。

 ヘインを見ると彼にはなんとなくわかったらしく、苦々しい顔をしていた。

 俺も先程のクルスの言葉を肯定したことで漸く彼の真意にある程度は気付く。

 そんな俺とヘインをホルスはちらっとだけ眺めて、マイスに真剣な表情で向き合う。



「マイス。僕たちは出来る事が似過ぎているんだ」

「はあ?どういうこった」

「正確には僕とケイトが……だね」



 俺とホルスは似ている。

 基礎能力もスキルも魔法も殆ど同じ。

 多少のスキルの差異はあるが、何年も経てばその差すらも無くなってくるに違いない。

 性格は全然違うのだが。



「僕がいなくても君達は大丈夫。それが僕には耐えられないんだ」



 言葉の内容とは裏腹に、ホルスは何時も通りの穏やかさでゆっくりと話していた。



「だから、カイルさん……いやカイルと行くよ。彼は僕にないものを持っているし僕も彼に無いものを持っているからね」

「危険は……まあ当然覚悟の上か」



 ヘインも肩を落として力なく呟く。

 俺はホルスに一つだけ聞きたいことがあった。

 どうしても聞かなければ納得できないことだ。



「カイル兄さんを煽ったのか?」

「……違うよ。二人とも迷ってたんだ。二人で決めた。」



 拳を握って力強く言い切る彼の言葉を疑う事は自分にはできなかった。

 彼を止める資格は自分にはない。



「僕は君にだけは負けたくないんだ」

「なんでさ」

「ライバルと勝手に思っているからね。だから先に行くよ」



 そこまではホルスは笑っていたが、不意に苦い顔を作る。



「それに冬が近いからね……うちは兄弟も多いし……さ」

「そっか」



 全員バツの悪そうな顔をする。

 クルト村は税がかなり安めで、恵まれている方ではあるが不作となれば飢えの危険もある。

 全員一度はひもじい思いもしたことがあるのだ。

 村での助け合いは勿論あるが、家族が多いところでは死活問題にもなり得る。

 今年の夏も雨が少なすぎたため、不作になる可能性は低くない。



「まあでも、それよりも楽しそうというのが最大の理由だよ。ケイトが来る頃には一流になっておくよ。君の兄さんの名前は有名になっているはずさ」

「街の大人とかに鴨にされるかもしれないぞ?」

「僕は子供だし油断してくれるさ。そしたら喉を噛み切ってやる」



 そうホルスは不敵に笑ったが……どことなく無理をしているように見えたのは気のせいだろうか。

 彼は顔が笑ったように見えるせいであんまり迫力はないが、成長すればその笑みが企んでいるようで恐ろしくみえるようになるのかもしれない。


 俺達は結局、再会を約束してホルスを送ることになった。

 完全に納得することはなかったが、どこかで折り合いは付けないといけないのだろう。

 マイスやヘインは先を越されたようだと、悔しそうにしており、クルスは……特に何も言わなかったが暫く機嫌が悪く、旅に出るまでホルスは冷や冷やしたことだろう。



 今年は結局不作で、収穫祭は行われず、それでもささやかに行われた成人の儀を経て、カイル兄さんは成人となり、ホルスと共に旅立っていった。



 笑顔で見送っていたうちの家族達と、罪悪感に苛まされているような苦々しい顔で泣いているホルスの両親の対比がどうにも印象に残っていた。

  



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