第一話 現状把握
様子がおかしい俺を訝しげに見る両親や兄姉達に愛想笑いで誤魔化しつつも、考えても仕方ないとぐっすり一晩寝た所、混乱は収まったようだ。
「ゆ、夢じゃなかったか……」
六畳ほどのベッドと小さな机と映りの悪い姿見だけが置かれている自分用の部屋で目が覚めた俺は改めて不条理な現実を認識していた。
「ん~っ!空気は前より美味しいな」
考えても解決しないと気分を切り替えて体をぐっと伸ばして窓を開ける。都会より冷たい田舎の風が部屋の中に吹き込んだ。
「俺の名前はケイト・アルティアか。クルト村の村長の三男。三歳。瞳が青いけどヨーロッパか?」
古い姿見を見ながら考える。
両親や兄姉と言葉は通じた。俺は外国語は勿論話せない。元々この身体が話せたという可能性もあるがどうだろう。一応元の身体の情報は俺にもあるようではある。
「三歳じゃ記憶に知識がなさすぎて判断できないか」
そうして、悩みながらわしゃわしゃと左手でくすんだ小麦色の頭をかきベッドに座っていると、ノックもなしにがちゃっ!と扉が開けて満面の笑みを浮かべた自分と同じ髪の色の少女が部屋の中へと入ってきた。
「おっはよー!!!!っ……って珍しいわね。ケイトが起きてるなんて」
「おはよう。エリー姉さん。早くに目がさめちゃったんだ」
記憶の中から名前を思い出し、頭を下げる。満開のひまわりのような彼女の笑顔に釣られてしまったのか笑顔は自然に出すことができた。
記憶の中の自分は毎朝彼女に起こしてもらっていたようだ。
「なんだかそれも寂しいわねー。ほっぺぎゅーできないじゃない。ま、いっか。兄貴達起こしてくるねっ!」
「いってらっしゃい」
ぶんぶんと大きく手を振って俺の部屋から去っていった活力が溢れる少女は4歳上の姉。
特別美人というわけではないが、他人を巻き込むくらいの元気さが魅力的な人だ。後7,8年してもあの性格だったらさぞかしもてるに違いない。
前世では姉がいなかったので新鮮だが、精神年齢的には年上なのでなんだかむずがゆい。今の自分には他にも二人の兄がいる。
長男のトマスは16歳。がっちりとした青年で俺の記憶では真面目で融通の利かない怖いお兄さんといった風に感じている。
次期村長として期待に応えようと学んでいるようだ。必死に背伸びしてるようで微笑ましい。今度本を分けてもらおう。
次男のカイルは10歳。姉のように底抜けに明るくて身軽そうなやんちゃな少年だ。
手伝いは真面目にやるが、それ以外はいたずら三昧でよく両親にしかられている。
自分にとってはよく遊んでくれる兄といった感じか。正義感が強く、弱いものいじめは大嫌い。子供たちの人望は厚い。
兄弟は二人とも自分と同じ髪の色で瞳の色も同じ。自分の将来の姿はこんな感じなんだろう。
記憶にある限り兄弟仲はいいと思う。俺は仲良くできるのか不安ではあるけど、仲良くしたい。
「ごちそうさまでした」
ぱさぱさの小さいパンとスープだけの朝食を終えて手を合わせる。
ちなみに食事前の挨拶は普通に頂きますだった。兄弟だけでなく両親も一緒だ。宗教はないんだろうか。
両親を見てみると父親は上の兄をおっさんにした感じか。
なんとなくヨーロッパ風頑固親父という言葉が思い浮かんだ。ちなみに親馬鹿である。主に姉に対して。
母親は姉と似ている。元気と言うよりおっとりとしていて優しそうな雰囲気…だが、俺は知っている。この家で一番恐ろしい存在だと。
食後の挨拶を済ませると父親は兄二人に今日の仕事を言い渡し、外へと出て行った。畑に行くのだろう。
貧しいとは言わないがそこまで裕福でもないこの村では村長も何もせずに喰えるわけではない。農具は……青銅。
「機械どころか鉄器も少ないか」
俺は昨日の時点ではヨーロッパと考えていた。が、どうにも怪しい。
食器は木製、農具は青銅。記憶の知識だと鉄は本当に少ない。
現代でないのは間違いない。なんせ領主なんてものがいるらしい。
家から出て村をよく見る。
東には豊かな森が広がっており、北には村に実りをもたらしてくれている小さな川が流れている。
川は東から西に流れており、東の森をぬけると丘になっている。住人たちのすむ家は村長の家を中心にそこそこ密集して建てられ、柵で……特に森の方は厳重に柵が張り巡らされている。
平地の多い西側の柵の外に畑は作られているようだ。柵の外にもぽつぽつと民家が見えるが倉庫のような役割のものも多いのか、ぼろぼろの家が多かった。
「牧歌的…というべきか。ど田舎というべきか…」
気持ちのいい春の暖かな風を感じながら、目を閉じる。
問題は山積みだ。わからないことがたくさんある。安心して生きるには情報が足りなすぎる。
ここはどこでどんな時代なのか。
文化と風土はどうなのか。
戦争、病気などの危険はないのか。
そしてそれよりなにより、
「暇だ」
娯楽はないのだろうか。現代人としては非常に辛いところである。
元々多趣味というわけでもないが、大学時代は勉強にサークルにバイトと暇は少なかった。
「目的もないしなぁ。静かに生きるのもいいのかね……」
現代ではない以上、日本に留学して恋人に謝る…ということも望みは薄い。絶望的だ。
後輩に二度と会えないと思うと胸が張り裂けそうなくらい痛かった。
手に入れた幸せはさらさらと零れていく……。どうすれば掴んで離さずにいられるのだろう。ただ会いたい……。だがそれもどうしょうもないことだ。
自分はもうここで生きていくしかないのだから。
「……がんばろう」
好きな人を失ったのは二度目だ。
同じように落ち込んでうじうじしてたら立ち直らせてくれた後輩に申し訳が立たないし胸を張って会えない。
前と違って楽しかった思い出はそのままの形であるのだから。
「情けないことはいってられんな」
わしゃわしゃと昔より遥かに小さくなった手でくすんだ小麦色の頭を少し掻いて、よしっと気合を入れるとぐっと拳を握り締め現状をさらに把握するべく家の中に戻ることにした。