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第十八話 成長



 秋の収穫祭も終わり、厳しい冬もあっという間にすぎていく。

 表面的には俺達5人の関係は変わらずに続いているが、収穫祭の一日をきっかけに僅かながら皆がそれぞれに変わっていったように思える。


 無邪気なだけの子供時代が急に終わってしまったような。

 無条件の信頼だったのがそうでなくなったような。

 寂しいようなそれでいて頼もしいような……そんな不思議な感覚を感じていた。


 俺も以前のようにクルスといてもゆっくりとした気分ではいられなくなっていたし、マイスは祭りの日以来なにかとリイナを気にかけている。

 ホルスは兄と休みの日にはよく一緒にどこかへ出かけているし、何やら悩んでいるようなヘインは休みの日もジンさんの家の書庫に篭るようになっていた。


 変わらないものはない……そうとは頭で理解していてもやはり少しだけ寂しい気がする。

 変わってないように見えるクルスとて内心はどうかわからない。


 自分の態度が他所他所しくなっても彼女は以前と変わらない。

 彼女は自分の宣言どおりに、行動しているのだろう。


 俺自身はどうすればいいのか、そう自分に対して悩むことは以前と比べ物にならないくらいに増えた。

 前向きに……そう、前向きに答えをだそう。

 そのときには手遅れになっているかもしれないが……答えは必ず出す。

 それだけは情けないと思いつつも心に決めていた。




 そんな風に日々俺達は変わっていっても日々は変わらずに過ぎていく。

 俺達は誰一人やめることなく訓練を続けていた。


 ある日、俺は一対一でヘインと話をしていた。

 調合中にはお互い話すことはないために周りに他の誰もいないのは珍しいことで、この日はたまたまクルスが風邪を引いて休んでいたのである。

 この世界でも冬は風邪を引きやすい。

 クルト村では薬師がいるので死人がでることは少ないが。



 ここ三年でヘインはめっきり口数が少なくなった。

 気弱そうな部分が表にでることが少なくなり、意識してのことなのかどうかわからないが段々と師匠で もあるジンさんに似てきている。



「最近、クルスと喧嘩したか?」



 何か話をするつもりなのか戸惑ったあとに出た第一声がこの言葉だった。

 俺は驚いて歩いていた足を止めてヘインの方を向く。

 彼は切れ長の目で俺の方をじっと見ていた。



「どうしてそう思う?」

「お前を見て思ったんじゃない。クルスを見てそう思った」



 俺にはクルスがいつもと同じように見えていたが……

 彼にとっては違ったらしい。



「まあ勘だけどな」

「当たらずも遠からずかな」



 この友人も良く見ているようだと左手で頭を掻いて苦笑する。

 付き合いの長い自分は全然わかってなかったのに。



「喧嘩じゃない……意見の違いというかなんというか」

「そうか。僕はなんであろうが早く解決してあげて欲しいと思っている」

「理由聞いていい?」



 彼は三歳上なだけあって、俺を上から見下ろすような形になる。

 だけど、彼の態度は年下に対するものでなく、対等の立場として俺を扱っている。

 彼は僅かに悩んだ後、



「うまく言えないが、見ていられないというところか」

「そんなに辛そうだった?」

「そうでもないが……自分を見ているようで嫌だ」



 心底嫌そうに呟く。

 彼はそういえば好きな人……つまりはエリー姉さんとうまく行ってない……というか望み薄だ。

 とはいえ彼自身は本当に本気なのかもしれない。



「原因はお前しかないからな。なんとかしてくれよ」

「善処するとしか言いようがないよ」



 真面目な顔で言うヘインに俺は苦笑を返した。

 彼はその返事に苦虫を噛み殺したような顔をしていたが、やがてふと思い出したように言う。



「そうだった。いい機会だから相談に乗ってくれ」

「わかった」



 再び歩き始めた俺達だったが、また歩みを止める。

 そして、座りやすい場所を選んで二人で腰を下ろした。



「実はまだ悩んでいるが、迷宮都市にある学院に入学したいと思っている」

「ええっ!すごいじゃないか」

「薬草学なら迷宮関連だから、結果を残せば金掛からないらしいし」



 彼が言っている学院は迷宮都市が管理している大学のような施設だ。

 一般の学科もあるが、迷宮に関連する人材を養成するため、迷宮に関係する学科に関してはある程度優秀でさえあれば、卒業後に何年か迷宮都市で仕事をすることを条件に学費が免除される制度を持っている。



「あそこには大量の本があるらしいから。まあ、論文を送って審査を受ける必要はあるが……。受かればすぐに行きたいと僕は思っている。時間はかかると思うけどいつか……」



 彼も将来について、本気で考えていたのだろう。

 いつの間にか大人の眼差しになっていた。

 祭りのときにベンチに座っていたのもこのことで悩んでいたのかもしれない。

 俺はエリー姉さんのことでいつもどおり悩んでいるのだと簡単に考え、全然気付いてあげることは出来なかった。


 だけど彼は自分の気持ちよりも将来を考えていたのだ。



「僕は君たちみたいに冒険するのは無理そうだからね。怖がりだし頭も固いし身体も強くないし」



そう呟いて苦笑する。



「どう思う?」

「ヘインの答えは決まってるんじゃない?」



 彼の質問にそう返すと一瞬きょとんとして違いないと笑う。

 久しぶりに見る晴れやかな笑いだった。

 だけど、俺には気になることもある。



「不躾な質問していいかな」

「いいよ」

「エリー姉さんのことはいいの?」



 彼は昔から彼女が好きだったし今でも間違いなくそうだ。

 だからこそ、彼に聞きたかった。

 彼には悪いが自分のために。



「彼女はジンさんの事が好きで多分それは変わらない。僕はそんな真っ直ぐな彼女が好きだったんだ。なら僕は彼女の幸せを応援したい」

「本当に?」

「まあ正直辛いけどね。僕は祝福してみせる。僕は乗り越えて……いつかジンさんより立派になって彼女より素敵な人を見つけるよ」



 彼は拳に力を入れて真剣な表情で、後半はいたずらっぽく笑ってそう語る。

 その笑みに無理をしている様子はなく、未来を楽しみにしていることが伺えた。



「こんなところで参考になったかい?」

「は?……あ」

「僕もたまには歳上らしいところを見せておかないとね。友人のためにも」



 いつも神経質そうに難しい顔をしている彼の表情は穏やかだった。

 彼は何も俺に相談してない。

 初めから俺の悩みを彼なりに考えた上で、わからないなりにも反対に相談に乗ってくれていたのだ。

 きっと、エリー姉さんの話を俺から切り出さなくとも自分から話していたに違いない。



「ケイトは僕とは違うんだから、なるべく早く答えだしてあげなよ。……というか、君らは本当に子供らしくないよなぁ。僕の8歳のときなんてもう思い出すのも恥ずかしいけど」



 懐かしいものを思い出すような口調でヘインは言った。

 俺は左手で頭を掻いて、



「ヘイン。有難う」

「どう致しまして。役に立てたなら嬉しいよ。僕がこんなこと考えているのも君のおかげだしね。」



 一言礼を言った。

 彼は笑ってその礼を受け取った。


 いつのまにか友人達も子供から少年へ、そして大人へとゆっくりと成長していたのだろう。

 元々年齢的には大人であったはずの自分だけが成長していないのではないか、そんな不安に駆られる。


 だが、同時に辛いはずの話を自分のためにしてくれた友人の厚意を無駄にするまいと、俺は心に誓っていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 次話で早速やらかしたよ、この主人公、クルスを突き放して逃げそう?拒絶?
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