第十七話 収穫祭 後編
辺りが暗くなると煩いほど鳴り響いていた音楽も止まり、村人全員が広場に集まってくる。
毎年この時期になると俺たちの住んでいるこの小さな村にこれほどの人間がいるのかと驚かされる。
俺達も集まった人々の一番後ろに並び、収穫祭のメインイベントが始まるのを静かに待つ。
クルスの視線も父が出てくる手はずになっている台の方に待ちきれないといった感じで視線を注いでいた。
まだ開催まで少しだけ時間があるので周りをよく見ると、近くには猟師のガイさんとクルスの母親であるメリーさんの姿や、薬師のジンさんとエリー姉さんの姿も見える。
クルスは母親似で、髪の色は当然として、目元や口元がそっくりだ。
違うのはクルスのように鋭い感じはなく、おっとりとして穏やかそうで、まあ年齢差があるので当然だが色っぽい。
猟師のガイさんは結婚を申し込む前に、荒っぽい感じを出す原因になっていたトレードマークの髭を完全に剃り、結婚して一年以上経っているのに未だに彼女の隣だと緊張しているのか直立不動で立っている。
余程彼女のことが好きだったのだろう。
一体どんな思いでこれまで彼女に関わってきたのだろうか。
なんにせよクルスの事件があって、彼らは急速に距離を縮めた。
クルスはガイさんのことは元々わかりにくいが大人として慕っていたので、プロポーズの時に彼女の方から頼まれて一緒に色々と協力したが、あのときは本当に楽し……いや苦労したものである。
不器用な大男も今日は楽しんでいるようだ。
一方、渋く着飾ったジンさんの方はなんだか苦々しい顔をしている。
にこりともせずに立っており、腕には笑顔満面のエリー姉さんがくっついていた。
どんな殺し文句で誘ったのだろうか。
十二歳になった姉は成長期なのか背がかなり伸びた。
元々、持っていた溢れんばかりの生命力は昔から少しも変わらず、それでいて最近では大人っぽい仕草をすることも増えていた。
子供と大人の間の不思議な魅力の持ち主とでもいうべきか。
家事に料理に裁縫、掃除も女性らしいスキルは万能で、生活もかなりの部分に食い込んで来ていて着々と外堀は埋まっているようだ。
冒険者仲間の反対を押し切って結婚した母に一番似ているのではないだろうか。
俺とクルスはそんなざわざわと騒がしい場所で静かに始まるのを待っている。
しばらくすると準備も終わったのか、父親である村長が台の上に登った。
皆のざわめきが一旦止む。
「あー。クルト村の村民諸君。今年も幸いにしてこの日を迎えることができた。皆のおかげだ。これから厳しい冬が来るが、今年も乗りきれるだろう。今日の収穫祭ももうすぐ終わってしまうが最後まで楽しんでいって欲しい。では、点火を。そして音楽を!」
わああああああああっと皆の拍手と歓声が上がり、明るい音楽が流れ始める。
毎年の傾向だと終わりに近づくに連れてしっとりとした音楽になってくるはずだ。
楽器を扱う人たちにとっても今日は腕の見せ所だ。
様々な趣向をこらしており、いろいろな盛り上げ方を今日のために考えているのだろう。
広場では酒や料理が振る舞われ、飲んで食べて騒いでいるものもいれば、独り身の男女が相手を探しているものもいる。
相手のいる者は二人で周りを忘れて踊り、疲れたら食べて飲んで騒いでいたりする。
広場には悲喜交々、様々な人がいた。
ちらりと周りを見るとベンチに座っているヘインと楽しそうに相手を探しているホルスが見えたが一瞬後には隣の少女の声で現実に引き戻される。
「ケイト。私たちも」
「そうだな。今日は……楽しもう!」
満天の星空の下、薄暗くなった世界で白いワンピースを着たクルスが薄らと炎に照らされる。
、都会のような光のない暗い空はその代わりとして無数の宝石のような星々が輝いていて、闇の濃さを和らげる炎の光は彼女を闇の中ではっきりと映し出して、幻想的に魅せていた。
俺はそんな彼女と手を重ねて、皆が踊っているところへと場所を移動する。
正直踊りはみんなのを見て覚えただけで全然自信が無い。
クルスの足を踏まないようにだけ気をつけようと考えていた。
だが彼女は俺とは違った。
相当練習したのか、自信に満ちた表情で俺をリードしながら軽やかに踊ってくれる。
ただ、二人無心に踊る。
言葉は必要なかった。
休み休み二時間も踊ったころ、音楽は大人用のしっとりとした音楽がメインになってきた。
俺達はそこで踊ることをやめて、静かな場所で休む為に移動する。
よく見ると、広場で踊る男女も心無しか少なくなっているように思えた。
広場から離れ、俺たちが訓練を終えた後にたまに休んで行く坂で二人並んで座る。
その辺りは背の低い芝生で覆われていて座り心地がいい。
服が汚れるのが難点だが洗えば取れるだろう。
心地のいい疲れを感じている俺の隣で座るクルスは機嫌良さそうに頭を肩に載せていた。
「楽しかった」
「こういうのもたまにはいいかもな」
いつもより陽気な彼女の言葉に俺も頷いて同意する……が。
「来年もこうしていたい。ううん……ずっと」
「ずっとは無理だよ」
自分でも信じられないくらい冷たい言葉が出てしまい、言ってからはっと我に返る。
クルスも驚きで目を見開いた。
動揺しながらも言葉を探して慌てて彼女に言い訳をする。
「あーうん。お互いほら好きな人ができるかもしれないし」
「……できないよ。私はケイトがいい」
「そうでもないさ」
クルスが少しだけ泣きそうな顔でこちらを見る。
単純にずっと一緒にいられると信じているのは子供だからなのかどうなのか。
ここで突き放すべきなのだろうか……いつまでも自分とだけ一緒では……。
「大人になったら気持ちも変わる」
「そんなことない!私はケイトを……ずっと守るって決めた!」
「変わるんだ!!」
思わず感情的に叫ぶ。
クルスは体をびくっと震わせ驚いたようにこちらを見る。
「ご、ごめん」
涙を浮かべているクルスに思わず謝る。
自分の叫びをどこか冷静なもう一人の自分が聞いていて、おかげでようやく気づいていた。
前世で自分が何一つ納得できておらず、何も自分の中で解決できていなかったことに。
子供なのは彼女ではなく自分なのかもしれない。
「でも俺は……ずっとなんて約束できないから。ごめん」
ずっと好きだった幼馴染の気持ちがあっさり変わったことは、今でも信じれていない。
後輩はゆっくりと心を癒してくれたが、自分の心を自分で解決する強い心はというと死ぬまでもつことはなかった。
そして、きっと今でもその勇気を持つ事が出来ていない。
「……初めてケイトの本当の声、聞けた気がする」
立ち上がって頭を下げる俺にクルスは怒るでもなく悲しむでもなく、微笑んでいた。
彼女もゆっくりと立ち上がる。
「ケイトが私を好きでなくなってもいいよ」
「え……?」
「私は……負けないって約束したから。ケイトが信じてくれるまで、ずっと一緒にいるから。ケイトが嫌がっても」
子供だから……という思いは完全に消えていた。
子供だろうがなんだろうが、長い付き合いから彼女は絶対に本気で言っていると確信できる。
「それでも無理だよ」
「逃がさないから。ケイトも逃げないで」
無茶を……と思う暇もなかった。
クルスが、俺の顔を両手で挟み不意打ちでキスをしたからだ。
子供っぽい口を軽くつけただけのキスだがそこに込められた感情は重い。
「私とケイトの勝負」
一言だけ呟くと彼女は艶やかに笑い、自分の家の方に走り去っていく。
顔が真っ赤だったのは炎のせいだけではあるまい……後には呆然とする俺だけが残されていた。