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第八話 不気味な夢とシーリアの手料理


 それは見たこともない光景だった。



 炎を吹き上げている住み慣れた家。

 嗤う騎士と遠巻きに囁き会う、蔑んだ瞳の村人達。


 血を流し倒れる両親。

 民を護るはずの騎士達に抑えられ狂ったように悲鳴を上げる恋人。


 地面に押し付けられる感触と、炎の熱さ。

 物が燃える匂い。


 夢にしては現実感がありすぎる。



「お前達を救った俺に対する仕打ちがこれか! 貴様らなど、人では無い!」



 呪い付きは存在自体が罪。世界の為だ。人では無いのはお前達なのだ。

 捕らわれ、動けない『俺』に、騎士は顔を近付けてそう嗤う。



「こんな狂った世界なら……お前達の望み通りになってやろうじゃないか」



 口の端から血を流し、呪詛を吐き捨てる『俺』。

 俺はその経験したこともない光景を、『俺』を通して困惑しながら眺めている。当然ながら手出しは出来ない。


 ただ、見るだけだ。いつもと同じように。



「ドライド公爵に伝えろ! 貴様の一族郎党も皆殺しにしてやると!」



 同じように縄を打たれ、殴られ、嬲り殺されようとしている恋人を血の涙を流して見詰めながら青年は叫び続ける。復讐の決意を。



「貴様らこそ呪われろ! 世界が俺達を滅ぼすというのなら……俺は必ず……腐りきったこの世界を滅ぼしてやる……!」



 そして、全ての生命に向けた憎悪を。


 完全に夢のはずだ。俺の記憶にこんな体験は無い。

 ただ、夢にしてはリアルであり、過去を眺めるいつもの夢にそのあり方は似ている。捕らわれた『俺』を通して、俺は全ての物を見つめているのだ。



「どうせ死ぬなら……」



 『俺』の恋人は歯を食いしばり、此方に視線を向ける。


 夢なのに俺は悲鳴を上げそうになった。

 背中に冷や汗が流れて止まらない。


 彼の恋人はあまりにもクルスに似過ぎていた。



「止めろっ! 止めてくれ! 誰かっ!」



 彼女は『俺』に剣が振り上げられると、叫ぶことを止めて集中し、隠していた力を開放しする。彼女も呪い付きだったらしい。

 それに気付いた『俺』の感情が更なる絶望に染まる。



”魔力増幅”



 『俺』を通した視界には、『呪い付き』としての彼女の特殊能力が映っていた。



「貴方だけでも逃げて。ユダ」



 固い意思を込めた呟き。

 魔法を学んでいない彼女は、ただ闇雲に自らに眠る魔力を暴走させ……爆発、四散した。





 身体に張り付いた薄いシャツが気持ち悪い。

 俺は夢が終わるや否や飛び起きていた。



「ハァ……グッ! ゴホッ! ゴホッ!」



 酸素が上手く吸えずに咳き込む。 

 夢だ。何の根拠もない悪夢のはずだ。俺はそんな経験はしていない。


 だが、これは俺自身が経験する可能性のあった出来事ではないか?

 そんな中途半端な現実感を伴った不快感が、全身を駆け巡っている。

 


「何だこれは……」



 己の想像力の逞しさに苦笑いし、思わず呟く。

 先日、確かに俺はガランの神官であるゴーランから、昔にこの街に現れた『呪い付き』ユダ・アルザスの話を聞いた。


 だが、生い立ちまでは聞いていないし、夢に出るほど気にしていた訳でもない。


 気恥しさを感じながら、ゆっくりと深呼吸をする。

 俺が直ぐに心を平穏に戻せたのは、右手に暖かい両手が添えられていたからかもしれない。



「おはよう。大丈夫?」



 窓から差し込む朝日を気持ちよさそうに浴びていた両手の主は、太陽のように明るくて、穏やかな表情で此方を見詰めていた。

 心配をしているといった風ではない。念の為の確認といった感じか。


 多分、俺を信頼してくれているのだろう。



「ああ……おはよう。シーリアか。どうした?」

「ウルクがケイトが煩くて眠れないから見ててくれって」

「あいつは……」



 俺が苦笑いしながら頭を掻くと、ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けていたシーリアは悪戯が成功した子どものように「にしし」と笑った。



「で、今日はどうだったの?」

「馬鹿馬鹿しい夢だったよ」

「あのうなされようはそうは思えないけどねー」



 彼女はそう答えて立ち上がると腕を伸ばして欠伸をし、椅子を机に片付ける。

 シーリアは大分早くに起きたらしく、いつもは乱れがちな髪や尻尾、服装もきっちりと整えていた。朝が弱い彼女にしては珍しい。



「そうだ。シーリア。ペンを貸してくれ」



 ふと、シーリアが何気ない仕草で一枚の書類を取り上げて、真剣な表情で目を通している姿を見て、俺は夢だということを証明する方法を思い付いた。

 考え過ぎだとは思ったが……。



「何々?」

「夢で見たんだけど、見覚えあるかなって」



 ベッドから起き上がり、俺はシーリアの隣に立つと、白紙の紙に夢で見た騎士の盾に彫られていた紋章を描く。特徴的だったお蔭で、俺はそれを何とか覚えていた。



「片腕のケンタウロス……ケイト、マニアックなの知っているわね」

「え……」



 俺が描いた絵を受け取ったシーリアは、眉を寄せてその絵を睨み付けている。

 どうやら、本当に存在しているらしい。いや、まだわからない。


 緊張で痛む胸を抑えながら、俺はシーリアに続きを促す。



「どこの貴族かわかる?」



 肝心なのは紋章が存在しているかどうかではない。

 夢でははっきりと、俺には聞き覚えのない貴族の名前を出していた。



「ディラス帝国の公爵家の一つだった、ドライド公爵家の家紋よ」

「だった?」

「数十年前に既に滅んでいるわ。この家はたった一人の『呪い付き』に一族を……子どもに至るまで、容赦なく根絶やしにされたもの」



 呼吸が止まる。夢と同じ名前だった。

 あの出来事が正しければ、そうなっても確かに不思議ではない。



「お義母様は私を戒める時に、この時の話をしてくれたの。唯一の敗戦だって」



 そして、マニアックと言いながら、シーリアが詳しく事件を知っているのもおかしいことではなかった。何故なら、”彼”を倒したのは他ならぬ、彼女の義母なのだから。



「詳しいことまでは教えてくれなかったけどね」

「あのラキシスさんが一対一で負けたのか。想像できないな」

「そう思うでしょ?」



 懐かしそうに話すシーリアは机に俺が描いた紋章を置き、首を横に振った。



「ケイトのお母さんも一緒で……四対一で一度は負けたらしいの」

「信じられないね」

「上には上がいるから気をつけろって言いたかったのかな。お義母様は」



 俺は頷く。この世界には俺達には想像すら出来ない強者も存在しているのかもしれない。

 そんな奴等と闘う事だけはしたくないものだ。


 俺が思考に沈んでいると、シーリアも人差し指を唇に当てて、うむむと唸りながら考え込んでいた。当たり前だが疑問を持ったらしい。



「だけど、どうしてケイトはそんな夢を見たのかしらね。偶然っていうにはあれだし」

「何処かの神の悪戯か、また変な能力に俺が目覚めたのか……」



 しかし、その疑問には俺自身も答えることは不可能だ。


 何を意図しての夢なのかさっぱり理解出来ない。

 ただ、無駄に疲れるし、頭が痛いだけだ。



「どうせ夢で見るなら学長さんの過去の方が良かったな」

「あはは。それなら速く依頼が終わるのにね」

 


 やれやれと俺が溜息を吐くと、シーリアは笑って頷き、暗い話なんてどうでもいいといった調子で俺の腕を掴む。

 尻尾もパタパタと振られている。何だか楽しいことがあるらしい。



「さぁ、朝食を食べましょ! 嫌なことは美味しいものを食べて忘れる! 今日はアリスに教えてもらって私が作ったんだから……残したら怒るわよ!」

「なるほど、それで今日は早起きだったのか。納得した」



 大きな謎が一つ解けた。

 俺は笑って彼女に頷く。全く料理の出来ないシーリアのことだ。朝食でも作るのに相当な時間が掛かったに違いない。


 シーリアはわざとらしく怒った顔をすると、思いっきり俺の腕を引っ張った。



「失礼ね。私だって早起きくらい出来るわよ。さあ、早く早く!」

「ちょ! 自分で歩けるから! 腕を抱えると胸が……!」

「ほら、グズグズしない。今日もやることは沢山あるんだからね!」



 顔を真っ赤にしながらクスクス笑い声を漏らしているのは、わかってやっているからか。

 だけど、俺も何時もやられっぱなしでいるわけではない。


 俺は心の中で笑うと空いている手をシーリアの頭に軽く乗せ、わしゃわしゃと髪の毛を思いっきり掻き混ぜた。



「きゃっ! あ、こらっ! 待ちなさい!」

「俺は先に行くから」



 腕が離れた隙に俺は逃げるように食堂に向かって走る。

 シーリアは楽しそうな表情で俺を追い掛けていた。



 彼女の料理は劇的に不味いなどということはなく……。

 アリスに教えてもらったらしいその料理は、何処か懐かしい味がした。

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